探偵Nの狂観
当作品のルビの多くは正しい読み方ではありません。
ルビのふってある文字が読めない場合は辞書を引くか、テキストにコピーして再変換するなどして、正しい読み方を確認する事を推奨します
意味が違う場合もありますので、どちらかというと辞書がお薦めです
PSY
いわゆる超能力だが、念力のような物理的に作用するものは確認されていない
専門家はESPと呼ぶものも多い
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探偵という言葉は、世界探偵協会が生まれる前と後で、その意味を大きく変えた。
過去の私立探偵とは、その名の通りに個人経営の調査組織で、民間の情報組織のようなものだった。
国によっては銃器の携帯が認められていたが、大半は浮気調査などの訴訟の証拠集めなどで、できるだけ金を稼ごうという褒められた仕事ではなかった。
犯罪捜査や裏組織の犯罪の対処は警察の領分で、探偵がそこに介入するのは小説やTVの中だけだった。
それが、変わったのは‘ワールデェア’と呼ばれる人々の活動が盛んになると同時に、PSYと呼ばれる超能力めいた力が実証されてからだった。
アメリカのレアメタルを探査できる能力者でその有用性から生きた国家機密に指定された事実がきっかけで、何人かのPSYがメディアに登場した。
そして、その中の一人が軍産複合体の非合法組織に拉致され、人体実験を受けるという事件が‘名無しのウィザード’と呼ばれるハッカーによって暴かれ、‘ワールデェア’や‘人類統一戦線’に、国家の犯罪に対処できるような人類全体の利益を第一とする国際的組織の必要性を訴える声が生まれた。
そうして生まれたのが世界探偵協会だ。
探偵協会に所属すること自体は簡単だ。
特定の国家や組織よりも人類全体の利益を優先させる事を誓えばいい。
そうやって所属した人間はF級として活動するが多くはここどまりで、彼らは過去の探偵と同じような仕事を良心的に行っているだけだ。
調査時間の割り増し請求などをした探偵は除名され、以後探偵協会の名を騙れば詐欺師として捕まる事になる。
E級探偵は刑事事件などを解決する事で昇格する。
フィクションで活躍する素人探偵のようなものだ。
D級にはそういった事件を何件か解決することで上がれる。
フィクションの刑事もので活躍する刑事のようなものといえる。
C級以上はフィクションの名探偵のような警察が迷宮入りにするような難事件を解決することで昇格し、以後は相対評価でA級やB級となり、この階級は事件解決数とその難度で当然変動する。
B級は一般にはシャーロック・ホームズのような超人的名探偵、A級はフィクションのヒーローのような存在と認識されていた。
そう思われて当然だろう。
PSYと公表はしていないが、A級探偵や他のA級も、そうとしか思えない事をやってのけるのだから。
そのうえのS級はといえば功績の累積で任命され、以後降級する事はなくなるが、ここまでくると一人で国家レベルの陰謀を解決できるスーパーヒーローのような存在だ。
A級探偵が、その最初の一人になるのではと言われていたが、そんな肩書きとは別に、ボクは今その領域に達しようとしていた。
ボクは探偵、九頭竜乃亜。
唯一、真の探偵だ。
「探偵さん──探偵さん、探偵さん!」
レーナの呼び声に、ボクは思索から現実に引き戻される。
「ああ、少し考えに没頭してたようだね。 どうした?」
「…………探偵さん、本当に大丈夫?」
愚かな事に用件より感情を優先したレーナは、ボクを心配するなどという意味のない真似で時間を浪費する。
「もちろん。 ────ただ計画を考えていただけだよ」
「でも、さっきからボクは探偵だって──何度も……」
「自己暗示だよ。 やるべきことを間違えないためのね」
間違えない──その台詞を口にしたとき、何かが引っ掛かった。
以前、ボクがその言葉を口にしたのは何時だろう。
「それより、どうかした?」
ボクはその心の棘を無視して聞く。
そんな些細な事を気にしている暇はない。
ギルマンにつけた盗聴発信機からは、半狂乱で許しを乞うメアリー・ジェイン・ハーストの声が、生きたまま解体される断末魔の叫喚へと変わっているのだから。
「……うん、メアリーさんは大丈夫かなって?」
まだ、ボクの様子を気にしているようだったが、レーナはやっと本題を切り出した。
しかし、その内容もまた愚かな事だ。
それでも、時間稼ぎの為に、この瞬間に死んで貰っているところだというわけには行かない。
優しさや愛や慈しみなどという理想を信じているレーナに死の必要性を説けば、時間を無駄に浪費する事になる。
「判らない。 ボクを信じてくれればよかったんだが……」
だから、ボクは当然のように嘘ではないが虚構を口にする。
実際、叫び声を聞いただけで死体を確認しただけではないし、最初からボクを彼ら3人が信じていれば、別の方法もあった。
しかし、その方法は不可能になり、残ったのは時間が決め手となるこの策だけだ。
殺人儀式のタイムリミット寸前まで逃げ続けなければ計画は水の泡になる。
ギルマンは精神異常の邪神崇拝者だ。
彼が信仰する邪神はこの島で祭られていた水底に潜む神で、信者は半水棲の魚人だったが、生贄の儀式を繰り返したので討伐され、結果、神は眠りについた。
七人の生贄を定められた時に定められた数捧げれば、邪神が蘇る。
それがギルマンの信じた偏執だった。
いくら暗示でボク達が仲間のようなものと信じ込ませても、この妄想だけはどうしようもない。
時間があればどうにでもなるのだが、瞬時に人を操り誘導する事など、ギルマンが信じる邪神の同類だという顔のない邪神が本当に存在でもしない限り、無理だろう。
もっともギルマンはその神が生贄に相応しい邪悪な存在をこの島に集めたと信じていたが……。
他の5人はともかく、ボクとレーナがその生贄に入っているのは奇妙な話なのだが、ギルマンの頭の中ではレーナは人に不老という禁忌を授ける魔女で、ボクに至っては、顔のない邪神の千の異なる顕現の一つで自覚のないまま悪意を振り撒く存在なのだそうだ。
ボクに言わせれば、その配役は、無貌の悪意であるマスコミの象徴、メアリー・ジェイン・ハーストにこそ相応しいと思うのだが、狂信者の考えることは既知外だ。
「とにかく、急いで森へ──30分の間、ギルマンに見つかるわけにはいかないからね」
そう、ギルマンが自分の命まで捧げて望んだ妄執だ。
星辰が正しく重なる刻が過ぎ去るギリギリまで待てば、暗示の効果は確実に発揮されるだろう。
ボクとレーアが毒で死んで直ぐ自分の命を捧げねば、邪神を復活させる事はできない。
ボクの麻酔銃は毒で撃たれれば必ず死に至る。
ボク達はギルマンと同じように邪神復活を望んでいる。
ボクが仕掛けた暗示は、その三つだ。
ギルマンが誘導暗示にかかっているのは間違いない。
それでも、時間があればボク達の死体を損壊させようとするのは間違いないので、その為の時間稼ぎが30分。
ボク達は発信機が示すギルマンを示す点の位置を見ながら、視界に入らないように距離を取り、その30分を過ごした。
「いいかい、麻酔銃で君を撃つ事になるけど、逃げたりしないようにね。 逃げればきっとギルマンは君を殺そうとする。 この麻酔銃では彼が眠る前にボク達は殺されてしまう」
「……うん、わかった。 それしか二人で助かる方法はないんだね」
口ではわかったと言っているくせに、レーナの幼い顔は、まるで覚悟を決めた殉教者のようだった。
「だいじょうぶ。 眼が覚めたときは恐い事は全部終わっている」
そう約束するボクをレーナが泣きそうな顔で見返した。
「そうだね。 でも探偵さん、そのときは……」
そして、何かを言いかけてやめると思い直したように言う。
「ううん。 いいよ……行こう、探偵さん」
「ああ、行こう──何も心配は要らない。 もう直ぐ全部終わる」
そう、何も心配する必要はないんだ。
大の男を昏倒させる程度の麻酔だ。 鼠を殺せても子供は殺せない。
心臓のそばに撃ちこまなければ万一のショック死もないだろう。
せいぜい、脳に障害が残る程度だ。
運が悪くても片麻痺で車椅子が必要になるくらいだ。
生物学の天才でも感情を排除できない子供だ。
銃で撃たれるのが怖いのだろうが、それが“ たったひとつの冴えたやりかた ”だという事は流石に判るらしい。
感情を排除できなくても天才少女ではあるという事か。
ボク達はそうして、全てを終わらせるためにギルマンのもとへ向かった。