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探偵Nの狂悪


挿絵(By みてみん)



まえがきと用語解説


 当作品のルビの多くは正しい読み方ではありません。

 ルビのふってある文字が読めない場合は辞書を引く(しらべる)か、テキストにコピーして再変換するなどして、正しい読み方を確認する事を推奨(おすすめ)します

意味が違う場合もありますので、どちらかというと辞書がお薦めです



‘名無し’

本名、年齢、性別など何も知られていないが、最初期の有名な‘ワールデェア’が、あの人にあって自分は変わったと語り、その人物に関しては市井の一市民としか伝えなかったことから伝説となった




‘ワールデェア’

人類統一を掲げているがそれ自体が目的ではなく、社会組織を‘自滅本能の奴隷’という立場から脱却させることを目的とした人々の総称

力を求めないことを信条とする故に、組織として存在しない





第三の権力


国民と国家機関とメディアという民主主義国家の三つの権力の中で最も新しく権力の行使が正しく行われるように監視する権力という意味で言う場合より、情報を操作することで国家機関や国民を支配する力という意味で行使されることのほうが多い












探偵Nの狂悪探偵Nの狂悪探偵Nの狂悪探偵Nの狂悪探偵Nの狂悪探偵Nの狂悪探









 











  ボクは探偵だ。

 世界探偵協会(レーツェル)D級探偵、九頭竜乃亜(クズル ナイア)


 なんだD級(ただのモブ)かと言われるかもしれないが、天才でない(あたりまえの)探偵の中では、これでもトップクラスの探偵だ。


 最年少最短でA級に上がってきた高校生探偵(りそうしゅぎしゃ)などのように、日本の誇りとまでは言われないにしても、純然たる(むだをはいじょした)推理だけでここまでクラスを上げてきたのだから、誇れることだ(さえたやりかた)と思う。


 ボクが探偵を志したのは一人のハッカーとの出会いが切欠であり決定打でもあった。


 ‘名無しのウィザード’。

 伝説のハッカーであり、‘ワールデェア’の理想を初めて説いたと伝えられる‘名無し’と呼ばれる無名の一市民と関係があるのではないかと言われている人だった。


 出会いといっても直接会ったわけではなく、メールを使ってのことだったが、28人連続殺傷事件の29人目の被害者となるところを助けられたのだ。


 ボクは何処にいるのかも知れない‘名無しのウィザード’に御礼と弟子入り志願のメールを書き、嘘か本当か判らない‘名無しのウィザード’は自分宛のメールを書こうとした端末を監視できるという伝説が事実だった事を知った。


 ハッカーとして人を助けたいというボクに‘名無しのウィザード’は、そんなことより現実で人を援ける人間になれと言われ、A級探偵(あいつ)と知りあいボクは世界探偵協会(レーツェル)の探偵を目指した。


 それならば、A級探偵(あいつ)が切欠だろうという人間もいたが、ボクの中では本物かどうかも判らない‘名無しのウィザード’こそが切欠だった。


 天運を招きよせるようなA級探偵(あいつ)規格外の手腕(ふざけたやりかた)はとうてい真似できるものではないし、ボクには認められるものではなかった。


 だからこそ、ボクは努力によって誰でも極められる冴えたやりかたを武器に探偵として生きてきた。

 それを知った‘名無しのウィザード’から何通ものメールを受け取り、その教えをもとにボクは冴えたやりかたを磨いてきた。


 だから、‘名無しのウィザード’がボクの師であり、切欠なのだ。


 だが、‘名無しのウィザード’もボクも理想(よけいなもの)を捨てることはできなかった。

 それがD級というボクの限界となっていたのだ。


 情けや優しさや慈しみや敬いや真心といったあやふやなものを信じ、そういったものを護ろうなどという想い。

 理想と呼ばれるそのよけいなものを弱さ(きょうふ)と一緒に捨てたことでボクは真の探偵になることができた。


 冴えたやりかたを超越した方法をボクは手に入れた。


 冴えたやり方を突き詰めて、“ たったひとつの冴えたやりかた ”へと至ったボクは、今、腐り果てた血と臓物の臭いを撒き散らす巨人の前に冷静な論理の執行者として立っていた。

 そう、愚かだったボクを探偵(ボク)として完成させた殺人者(ギルマン)の前に。


 そして、ボクとギルマンの周りにあるのは猟奇的で凄惨で醜い光景だった。


 瓦礫と血まみれの肉塊と、家具の破片と内部の汚物が漏れ出した臓物と、収まりきらない粉塵と糞尿の臭いが混じった濃密な血臭とが壊れかけた室内に散りばめられていた。


 壁や天井と床の間にいたのか百足やカマドウマにゴキブリといった虫や鼠が血塗れの床を這いまわっている。


 その中に置かれたダン・ツァーミンとオード・シャティロンの首は確かに本人のもので、恐怖の叫びを上げたままの表情で固まり、血に塗れた百足などの肉食の虫達が口の中や髪にたかっていた。


 D級探偵を恐怖によってすくみあがらせたヨシフ・ジュガシヴィリ殺害現場以上の嫌悪と恐怖を感じさせるだろう場だ。


 けれど、もうボクの心は揺れる事はない。

 いや、心などというあいまいなものは今のボクには存在しない。


 なぜならば、ボクは純然たる論理(たんてい)なのだから。


「犯人は外部から侵入したようですね」

 ボクは明らかに内部から破壊された外壁を見ながらそう言い、天井に開いた穴を見て続ける。

「あなたが開けた穴ですね。犯人を見ましたか?」


 そう言いながらもゆっくりとしたリズムで足音を刻みながらギルマンを見る。


「やはり、怪物──邪神の使いでしたか?」


「ミタ、ジャシン、ノ、ツカイ、ダ」

 べちゃべちゃとした粘膜が出す音が混じって聞き取りづらいが、犯人(ギルマン)はハッキリとそう口にした。


「そうですか、やはり」


 ボクは白々しい台詞を口にして、足元の腸の切れ端を踏んで、転ばないように気をつけながら、鍵と閂のかかったドアを調べるふりをしてから大きく開け放ち、足音を響かせ続ける。


「扉は内側から閉じられていますから、犯人は破壊した壁から侵入、ダン・ツァーミンを殺害、次いで内部の壁を破ってオード・シャティロンを殺害。 そこであなたが天井を破って現れたので逃げ出したというわけですね」


「ソウ、ダ」

 感情のない魚か何かを思わせる眼がボクを見て、言う。


「これだけの力を持った怪物です。 対抗できるのはアナタだけでしょうね」


 リズムを刻みながらボクはそう言うと、瓦礫の間に挟まってもがいていた鼠へと左手を伸ばし、死なない程度に締め上げて取り出しながら反対の手で麻酔銃を取り出す。


「ボクも毒針を撃ち出す銃は持っているので、あなたが足止めしてくれればなんとかなりますよ」


 そういってボクは友好的な笑みを浮かべながらゆっくりと銃を手の中でもがく鼠に押し付け引鉄を引く。


 バシュと圧縮空気の開放される音がして32mmの短針が鼠に打ち込まれると強く暴れだしてボクは直ぐに手を放した。


 床に落ちた鼠はももに針を刺したまま、ビクビクと痙攣しながら暴れまわりやがてぶくぶくと白い泡を吹きながら心臓の鼓動を止める。


 大の男を眠らせる量の麻酔だ。 小動物ならば即死に近い(ひとたまりもない)


「このように、死ぬまでに時間がかかるので毒が回るまでは危険ですので、アナタが頼りなんですよ ただ一度体に入れば間違いなく死に至ります」


 途絶えさせることなく刻み続けている暗示のためのリズムに合わせてゆっくりとした口調で言いながら、ボクは笑い顔のまま、ゆっくりと銃をサイドホルスターに戻し、床に落ちて血塗れになった鼠の死骸を拾ってギルマンへと渡す。


 ギルマンがそれを受け取り鼠の死を見届けたのを確認して、ボクはふと気づいたかのように開け放たれたドアの外の広間に立ち、ギルマンとボクを見ていたメアリー・ジェイン・ハーストのほうを見る。


「ああ、ミス・ハースト。 残念ながら、また被害者がでてしまいました。 シャティロン卿とダン閣下、御二方です。 ジュガシヴィリ将軍以上の酷い有様ですので御覧にならないほうがよろしいかと」


 あえてメアリー・ジェイン・ハーストには冷淡に聞こえるだろうクィーンズ・イングリッシュでそういって微笑(わら)いかけると、彼女は血の気のない白い顔を更に蒼ざめさせて逃げ出した。


 彼女にはボクとギルマンが共犯に見えたのだろう。

 

 だが、大丈夫。

 間接的にだが何千、何万人の命を弄び奪ってきた彼女も、“ 第三の権力 ”を行使できなければ、ただの無力な女だ。


 死に様までそうだったダン・ツァーミンのように直接、欲望で人を操る事もできず、オード・シャティロンのように欲望を理想として騙ることもせず、ただ無作為の悪意をばら撒く恣意的な誘惑者としてマスコミの悪徳を体現した彼女はここでは脅威ではなかった。



 未来に関しては彼女をここで排除する事は決まっている。 何の問題も無かった。

 

「だいぶ怯えていたようですね。 どうもボク達( ・ ・ ・)は信用されていないようだ。 これもボクがだらしないせいですが……一人でどこかに逃げ出そうとしないか心配ですね」


 暗示のリズムを続けながら言うと。


「ニゲダス、マズイ」

 湿った音で奇妙な怪物が出す声のように聞こえるいつもの訛った英語で答える。


「次の生贄の儀式まで殺されることはないでしょうが、怪我でもして動けなくなったら大変だ。 ボクとレーナはずっとアナタのそばにいるから安心ですが」


 こつこつと足で刻み続ける催眠暗示のリズムとともにボクはギルマンに囁き続ける。


 ボクとレーナ(けいごたいしょう) がギルマンを信用して決して逃げ出すことがないという幻想と、いつメアリー・ジェイン・ハーストが逃げ出すか判らないという事実を織り交ぜて。



 



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