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悪物語  作者: ディーキ
1/3

1―1

悪とは果たして何なのだろうか。


○○○○は死刑台の上で首に縄を掛けられながらそんな事を考えていた。が、やがて首を捻った。


「……うーん。この期に及んでもやっぱり分かりませんね」


いくら考えても答えが出ないのだ。○○○○は物心ついた時からこの事を考えているのだが、それでも答えは出なかった。


「うー……モヤモヤしますねぇ。最後だからスッキリしたかったんですが」


○○○○は顔を歪める。しかしそれは死に対する恐怖からでは無く、考えても出ない答えに対するもどかしさ故だ。しかし○○○○はそんなもどかしい悪が好きだった。言葉もそうだが、なにより悪と定義される行いをする事が。


恐喝、詐偽、傷害、放火、強姦……果ては殺人までも。それこそ小さなモノから大きなモノまで、例を上げたら数え程に様々な悪行を行ってきた。故にこうして死刑台の上に立たされている訳なのだが、○○○○の顔に良心の呵責などは一切見られない。むしろ無精髭に覆われた口元には笑みさえも見られる。


「いやー……残念。これで終わりかぁ。もっと殺したかったんですが」


○○○○は自らの首に掛けられた縄を弄びながら切なそうに一人ごちた。悪行を繰り返しながらも後悔の念が一分も無い○○○○には心残りが2つ程あった。


まず1つ目は悪とは何なのかが結局分からずじまいだった事。そして2つ目はもうこれ以上悪行を……特に大好きな殺人を行う事が出来ないと言う事だ。


「あぁ残念だなー……もっと色々な殺し方を試してみたかったんですがねぇ」


感傷に浸る○○○○は目を瞑り、これまでに行ってきた殺人を反芻する。その表情は恍惚の色に染まり切っていた。少なくとも死を目前に控えた人間の表情では無い。


そんな中、死刑執行室内に備え付けられたスピーカーからくぐもった声が漏れてきた。


『○○○○。お前はこれまで許されざる罪を数え切れない程に犯してきた。その事について何か言う事は無いか』


執行室内は鏡ばりで、周囲を見回してみても縄に繋がれた己が見えるばかり。声の主は見えない。しかし向こうからは○○○○が見えている筈。所謂マジックミラーと言う奴だろう。


「そうだなー……楽しませてくれてありがとう、ですかねぇ?」


『狂人め……』


○○○○の狂気じみた発言に対し、スピーカーから流れる声には嫌悪の色が混じった。しかし○○○○は動じない。むしろ朗らかに笑みを浮かべる。


「あははは。ありがとうございます」


狂人。それは悪が大好きな○○○○にとっては褒め言葉でしか無いからだ。


『……質問を変えよう』


「はーい。お次はなんですかぁ?」


スピーカーから流れる声に○○○○はどんな質問が来るのか考えながら耳を傾け続ける。


『お前が陵辱して殺してきた人達の中には私の妻と娘がいる。その事について何か言う事は無いか』


「……それはそれは」


○○○○は過去を振り返ってみる。が、いかんせん殺してきた人数が多すぎる。犯して殺した人間などはそれこそ掃いて捨てる程にいるのだ。それ故に○○○○は思い出せなかった。


「うーん。やっぱり楽しませてくれてありがとう、ですかね?……あ、この場合は気持ち良くしてくれて、かなぁ?」


『……そうか』


○○○○の答えに対し、スピーカーから流れる声は相槌を打っただけ。それ以上何も言わなかった。


その後しばらく静寂が包み込んだが、やがてそれは破られた。


『それでは刑を執行する……』


○○○○の足元は観音開きになる仕組みになっている。何時開くかは執行官次第だが、一度開くと身体が下に落下し、首に掛けられた縄が己の体重で絞まると言う寸法だ。


「痛いのは嫌ですが……まぁ首の骨が折れるらしいからなぁ。苦しいのは一瞬なんですかね?」


自分の末路を考えてみても○○○○の顔に恐怖は浮かばない。


『……この国の最高刑は絞首刑だ。それが残念で仕方が無い。お前はもっと苦しんで死ぬべきだ』


ブーと辺りにブザーが鳴り響く。どうやらその瞬間が近付いてきたらしい。そして足元がキシキシと音を立て始めた。


しかし○○○○は焦らない。恐怖しない。興味があるのだ。自分の死に……


「死後の世界で悪行を重ねるのもまた一興で……ぐげぅ」


足元が開き、○○○○の身体が宙吊りになる。そして意識が遠退いていき……やがて途切れた。

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