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アナコンダは日本にいないでしょう

3作目の短編です。コミカルに挑戦しています。

私の妻はバカである。いや太っているのでカバであるもいける。しかし、世間的にはPTA副会長を務め、メンズファッションショップを私と一緒にきりもりするしっかりものの妻とされている。

 今はショップなどと言っているが、私の父親の時代は紳士服専門店と看板を揚げていた。メンズはレディースよりも、販売サイクルが鈍く、経営は苦しいのが実情だった。その上店構えを若者受けするように改装したものだから、その改装費の借入支払いと生活費を得るために、私は必死で働いていた。

 

 「私の子供の頃の話なのだけれど」そう前おきしながら、先ほどから妻は一人のお客と話しこんでいる。

「私の隣の家には私と同い年の男の子と二つ上の兄の兄弟がいたのよ。私はその兄弟とまた兄弟のように遊んでいてね、学校から帰ると隣にいくのよ。ある日、いつものように家をでるとね、隣の家の前の道路がてんてんと赤い花が咲いているように赤いのよ。何かと思ってね、車が来なくなった時に傍まで近寄って見に行ったの」

「何だったの」

 お客は少し興味を引かれたようだ。

「金魚。赤い金魚が車にひかれてぺっしゃんこ」

「ええっつ」

 お客は驚いていた。知ってるよ。聞いたよ。その話。隣の兄弟の弟が自分の所の金魚を道路に投げて車に轢かせたのだよな。車に轢かれたら、本当にペラペラのぺっしゃんこになるかどうか実験するために。金魚なんてどうでもいいんだよ。私はいら立っていた。改装費やら仕入れの支払いは毎月一〇日二十日三十日に銀行手形で支払いをしていた。今日は二十日。三時までには銀行に三十万の支払いをしに行かねばならない。けれど、確か今レジの中には二十数万しか入っていないはずだ。

おい、カバ。わかってるのか。私は心の中で妻をののしり続けた。しかし、妻はさらにそのお客と話こんでいた。

「でもね、それよりも凄い事を私経験したことがあるの。これは誰に言っても信じてくれないの。でも、本当のことなの」

 妻の顔が少し真顔になっている。そうだ、この話をする時の妻の顔はいつも真顔だ。

「ある日、学校から帰って来たの。家の玄関は南向き。私は道路から入り込んで玄関の手前まできたの。するとね、何だか、足もとがぐにゃっとして何かを踏んだ感触がしたの。下、見るわよね。普通」

 お客はかなり興味を引かれたように聞き入っている。

「下、見るとね。私の足の下に頭があるの。ヘビよ。ヘビの頭。私もう驚いてしまって。一目散に家の中に入ったの。それで、怖いけれど、やはり怖いもの見たさで、窓からヘビを見たの。太い、長いヘビだったわ」

 妻の話は真剣で、何やら怪談を話しているような雰囲気になってきている。

「ずるずる、ずるずる、とね、ヘビはゆっくり縁の下に入って行くの。昔の家にはたいてい縁の下に風取り穴があったのよ。当時の家でも東西の長さが十五メートルほどはあったと思うの。だから、少なくともヘビの長さは一〇メートルはあったと思うわ。だって、私は子供のころから大柄で当時もう足のサイズは二〇センチの運動靴をはいていたの。その足からはみ出で頭があったのよ」

 妻よ。カバよ。バカよ。頼むからその話はもう他人様に話すのは止めてくれ。お前の話が本当なら、そのヘビはアナコンダだよ。日本にはそんな大きなヘビはいない。アナコンダはいないんだ。私は、情けない気持ちでいっぱいだった。しかし、この話に関しては妻はいつも真剣ではあるが。

「それは、子供の頃、青大将の頭を踏んで、あまりの恐怖に大きさの感覚が錯覚を起こしたのではないかな」

 お客は分析した。そうだよ。誰が考えてもそう考えるよ。もうバカな話はいい。それより、銀行だ。もう二時半だ。お金はどうするのだ。


「すみません」

 店内にいたもう一人のお客だ。チラリと妻を見たが妻が動く気配はまったくない。

「はい」

 私は精いっぱいの笑顔でそのお客のもとへ向かった。年配の女性は主人と息子にとセーターを選び、靴下を数足買ってくれた。ああ、売れた。

「ありがとうございました」

 後、五万。どうしょうか。もうキャッシングしてこようか。恥ずかしい話だが十日十日の支払いに間に合わず、カードローンを利用することもしばしばだった。

「青大将は日本にいるからね。青大将なら大きい奴は二メートルくらいあるから。それだよ。昔は古い家には『ねずみとり』と言って家守的なヘビが必ずいると言われていたよ。それだよ」

「いいえ、そんな二メートルなんて大きさじゃない。本当に家の端から風とり穴まで入っていくのに私しばらく見ていたのだから。それにね、私その時見たのよ。隣の例の男の子がね、やっぱり家の二階から見ていたの。顔がひきつっていた。私達目と目があったけれど、怖くて言葉を交わす事もできなかったの」

妻は話続ける。後二十分で銀行が閉まる。私はカードを捜して財布をまさぐった。

「隣の弟はね、暇があると百科事典を読む子供だったの。だから彼が証拠よと思って彼に聞いたの。『見たわよね』ところが、彼は見ていないというの。知らないと。すると、何。私はまぼろしを見たというの。ヘビと隣の弟の」

 お客は困ったようにもぞもぞとしていた。

「見たのだから仕方がない。」それ、何十年か前どこかの誰かが言っていたよな。「死後の世界はあるのだから仕方がない」それと同じだよ。ああ、カードが出てきた。バカはもう放っておこう。

「まぁ、生きていれば不思議な事、怖い事、辛い事あって当然よね。ところで、新作デザインのいいコートが入っているのよ。いかが。ほら、とてもよく似合う。コートは何年もので着るものだから、奇抜なデザインは実は損なのよ。誰が見ても落ち着いた良いもので、それでいておしゃれを感じさせるデザインが一番なの。だから、これ。絶対あなたに似合う。いい買い物をしたと保障するわ。お客は突然のセールストークに驚いたようだが、そのコートを手にとって見ていた。チラリと時計を見ている。そりゃそうだ、妻ともう三十分は話し込んでいたのだ。

「じゃ、これもらうよ」

 コートは五万六千円だった。お客は早足で店を出て行く。

「ありがとうございました」

 そう声をかけながら、妻はレジを開けてお金を数え始める。

「はい、三十万。急がないと銀行しまるわ。電話いれておくからね。今向かってますからと」

 店を飛び出る私の耳にレジの音がチーンと高らかに鳴って閉まるのが聞こえた。

     


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