一言物語『帰り道の出会い』
「じゃーね」
「また明日。頑張ろうね。」
僕は彼らに手を振って列車を降りた。列車の涼しい空気から一転して、外は秋にしてはジメジメとした空気が広がっている。
何人も降りてきた人達の流れに乗りながら僕は階段を降りる。
この時間帯は人が多い。早く改札の中では早く歩くことも出来無いし遅く歩くことも出来無い。本当はゆっくりと行きたいけれど人の流れには逆らえず普通より少し速いくらいのスピードで歩く。
階段を下りきって改札。ピッという音と同時に出る。何台か並ぶ自動改札機は忙しそうにピッという音を繰り返していた。
改札を出ると大きな柱がある。太い、というよりも直径二メートルくらいの巨大な円型の柱だ。実際の柱は一メートルくらいでその周りをガラスが囲むような、いわゆるギャラリーみたいな作りになっている。
改札側は何も無いが反対側の壁側にはベンチが数個並んでいる。その内、改札から見て柱を挟んだ正反対側のベンチに荷物を置いた。とはいえ、とある行事の準備だった今日の荷物はほとんどなかった。
再び改札側に出る。先程とは一転して人は疎らだ。きっと列車が来てないからだろう。
唯一人が数人並んでいる列の後ろに並ぶ。この駅は規模に対して自動販売機がここ一台しかないのでいつも並んでいる。
本当は校則で下校時の飲食物の購入は禁止されている。今自販機の前に並んでるということは勿論飲み物を買うためであって、この校則を破ることになる。が、この駅が最寄り駅の学校の友達はいないので問題はない。
カコン、という音がしたのを確認してぼくは『ミルクとコーヒー』という某社の飲み物を取り出す。つまりは
「コーヒー牛乳だろう」
と買うたびにに心の中で突っ込んでいるが、未だにこの気持ちは収まらない。が、正直今の疲れ切った体ではそんなことを言う気力は無かった。
ベンチに座り、一応バックの中身を確認。盗難などにあってないか確認した。
・・・大丈夫だった。
ミルクとコーヒーのプルタブを開ける。プシュッという音と共に缶が開いた。ここでシュワーッといってカンパーイなどとやるのが筋何だろうが、あいにく未成年なうえ手に持っているのはただのコーヒー牛乳、しかも一人でそんなことが出来るわけが無い。
『ミルクとコーヒー』を飲む。特に特徴の無いごくごく普通のコーヒー牛乳だったが、僕はこの味が好きだった。それも幼稚園の頃から。あれからずっと変わらない味が。
僕の一週間に一回のささやかな楽しみだった。
五分ほどかけてゆっくり飲んでいるとダダンダダン・・・という音が駅全体に響き渡った。少し経って柱の向こう、つまり反対側の改札の方からたくさんの人の気配がする。『ミルクとコーヒー』は飲み終わったが、僕は座ったまま動かない。同じ学校の人がいるかもしれないからだ。まあ、この駅を使う上級生も下級生もこの自販機を使っている人が多いし実際に見たこともあるから大丈夫だが、やっぱり『校則を破る』という本能的な罪悪感からか、見られたいとは思わなかった。
降りてくる人が少なくなったのを気配で感じた。右側の出口、左側の出口をみて出て行く人が少くなったのを確認する。柱のせいで改札や改札内は見えないが、左右の出口を出る人が少くなっているからだいたいの人は出終わっただろう。僕の家は右側の出口から出る。
立ち上がってバックを肩にかけ、飲みおわった缶を持って柱の表に出る。
「あ・・・」
「・・・」
改札から出て来たのは・・・名前はわからない。ただ、同じ学校で同じ学年で別のクラスの人だった。
彼女の手に握られてるのは、携帯電話。学校への携帯の持ち込みは校則で禁止されてたはずだ。最も、守っている人の方が少ないが。
そして僕が手に握っているのは『ミルクとコーヒー』の缶。こちらも校則に違反している。
お互い立ち止まる。僕は何処を見てよいのかわからずに視線を落とす。ふと見ると、彼女も俯いているようだった。
気まずい空気が流れる。
「ちょっと、アンタら邪魔や。改札のど真ん中でなにやってんねん。」
はっきり言ってヘタな関西弁の人に怒鳴られた。僕は「すいません」と言ってその場を離れ、自販機の方に向かう。缶を捨てるために。
ちらりと後ろを向くと、彼女が携帯をしまいながら右側の出口から出て行くのが見えた。それを見て、僕は左側の出口に向かう。家は右側の出口の方だけど、今行ったら彼女と同じ方向になってしまう。気まずくなるのは明らかだった。お互いに。
階段を下る。その先の出口を出たすぐそこにはバス停が見えた。列車の高架下には大きな幹線道路。前後に信号は見当たらない。この駅自体が歩道橋として使われているからだろう。エスカレーターやエレベーター付きの豪華な歩道橋だ。
駅を見上げる。普使っている駅のはずなのに、初めて見るような感覚に襲われた。見慣れた駅も、反対側から見ると全然違う駅に見えた。
そんな駅の高架下越し、つまりは道路を挟んだ向こう側にさっきの彼女が見えた。広い道路なのでよく見えなかったが、彼女もこちらを見ている様ようだった。
僕は目の前にあったバス停の看板に近づき、貼ってあった時刻表を見た。ここのバス停は○○駅に行くのか・・・などと思いながら気を紛らす。
ちらりと道路の向こう側を見て見ると、彼女は一本目の交差点を曲がって行くのが見えた。よりによって僕の家の方面だ。
いち、にぃ、さん。心の中でカウントして先ほどおりてきた駅の階段を登った。エスカレーターもあったが、会わないように時間を稼ぐためにワザと階段を使って遅く上る。
改札の前を通る。今は列車も来ていないようで、ベンチ周りと自販機付近以外に人の気配は少なかった。その場所を通り過ぎて右側の出口に向かう。こちらにもエスカレーターがあったが、時間を稼ぐためにゆっくりと階段を下る。
これで少なくても離れているだろう。安心して階段を下りきる。彼女の家は何処なのか、小学校は同じじゃなかったから隣の学区か、そんなことを考えながら一つ目の交差点を曲がる。
「あ・・・」
「え・・・?」
思わず立ち止まってしまう。曲がってすぐそこにいたのは、自転車を止めてギアを覗き込んでいた彼女だった。
彼女が顔を上げる。同時にお互いの間に気まずいく重い空気が流れる。軽いのは僕の荷物と道路を吹いていった秋風だけだった。
数秒ほど立った。そのまま立ち去るわけにもいかないので声をかける。
「えっと・・・どうした?」
えっと、という弱々しい単語が入ったが、一部を除く同学年女子と滅多に話さない僕にとってはしょうがないことだった。
「いや、これのチェーンが外れたみたいで・・・」
これ、の所で自転車を指差す。
僕は「ちょっといい?」といってその自転車を見た。
俗に言うママチャリだった。車体汚れや傷の状態、それでいてきちんと整備されているブレーキなどを見ると、長く大切に使いこなしているのがわかった。
「綺麗に整備されてるね。」
見ながら言うと、彼女は「うん・・・」と答えた。
「家が△△小の方なんだけど、さっき乗ったら急に外れて・・・歩いて帰るには遠すぎるし・・・」
△△小学校といえば、僕が通っていた○○小学校の隣のさらに隣の学校。確かに歩いて行くのには遠すぎだった。バスで行くのが普通だが、自転車があるのでは無理だろう。
それはさておき、長く使っているということは、その自転車も、単刀直入に言うと古いということ。最近のママチャリは安全のためかチェーン部分がカバーに覆われているのだが、この自転車はカバーが無かった。
「ちょっと待っててもらっていい?」
彼女が頷くのを見てバックを置き、走る。追い抜き際に彼女の「え?」という声が聞こえた。
100mくらい走った。道沿いに何本もある街路樹の内、一際大きな木があった。
かがみながら、大きめの枝が落ちていないかを探す。ここまできて彼女が自転車で通学しているということに気づいた。そして、僕が彼女と話す抵抗が薄まっていることにも。
『盗難などにあっても責任がとれない』という理由で校則にて自転車通学も禁止されている。が、缶やら携帯やらという一件があった今では僕にとって関係なかった。そのせいで話しにくくなっていたのが、逆に話しやすくなったのだから不思議な話だ。
2、3本の細くもなく太くもない枝を見つけ、走ってさっきの所に戻る。
「もう一回見るよ?」と聞く。彼女は首をかしげながら「いいよ」と言った。
ペダルを手で回してみる。一回転もしないうちに抵抗が大きくなり、止まる。
ここか。心の中でつぶやいてギアとチェーンの間に持ってきた枝を挟む。そして、再びペダルを思いっきり回し、同時に枝を動かす。
ガチャン、という音と共に外れていたチェーンがギアに戻る。
再度ペダルを回す。特記することが無いくらいにすんなりと回った。
「あ・・・ありがと!」
一瞬呆気に取られていたらしい彼女は笑顔を浮かべて言った。
僕は「あ・・・うん」と言ってバックを持って家の方に走った。
それだけ、彼女の笑顔は印象的に心に映った。
こんなことが初恋の始まりだということに、僕は気づいていなかった。
秋の乾いた風を背中に受けながら、僕は走っていた。
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登場人物
・僕
語り手。とある私立中学に通うものの、目立った動きの無いどこにでもいそうな中学生。実は自転車好きで、休みなどにはよく自転車旅行に行ってるとか。
・彼女
三人称代名詞という意味での彼女。『僕』の隣のクラス。クラスで行事委員という一風変わった委員会に所属する。自転車好き初心者らしい。
・彼ら
『僕』の友達二人。話の冒頭のみ登場。
条件
・実際に体験した出来事を元にする
・上記の条件に多くの+αした出来事を入れる
・心情描写と情景描写を可能な限り詳しく入れる