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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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天恵の意志~血塗られた天使と人間の道~

掲載日:2026/05/29

オープンチャット発祥。High_Dragoonさんの設定を参考に書いた作品です。

 サァァァー。

 小川のせせらぎのような心地よい音が、真夜中の砂漠を包み込んだ。


 サァァァー。サァァァー。

 バンッ。 バンッ。


 音が鳴るたびに、共に戦う仲間の肩口が、脇腹が、頭部が、風船のように弾け抉れる。

 辺りの砂が、たちまち赤黒く染まった。


「総員退却だぁッ! たいきゃ──」


 サァァァー。

 バンッ。


 その妙に清々しい音は、敵──自らを”天使”と名乗る彼らの手元から発せられているようだった。


「何なんだあの武器ぁ、気味悪ぃ音させやがって」


 砂面から顔を出している、直径五手幅ほどの角ばった岩石。

 その裏に隠れながら、タリクは毒づいた。


「何だろうな……鉄砲でもないだろうし」


 アラムは岩陰から半分だけ顔を出して、敵軍の様子を見た。

 霧にぼやされた月明かりの下で、”天使”たちは、人間とさほど変わらないように見えた。


 ただ違うのは装備である。


 サーベルと単発銃を主とするアル=ナフィール軍に対し、”天使”勢はうっすらと鈍い銀色に光る不思議な武器を携えていた。

 それをこちらに向けるや否や、例の爽やかな音と共に仲間の身体が弾け飛ぶ。

 そんな理不尽な戦いを、彼らは既に三日も続けていた。


『我らは”天使”! ”神”の使いなり!』


 辺り一帯に、男性とも女性ともとれぬ高い声が響いた。


『迷える子羊らへ告ぐ! 武器を捨て、降伏せよ!』


 タリクはアラムの方をちらと見て、うつむき、舌打ちをした。


「チッ……これで終わりか」

「仕方ない。隊長もやられちまったし、水も尽きた」


 アラムは空の水筒を逆さにして、力無く笑った。


「そうだなぁ。むしろよく三日持ったもんだぜ」


 こうして人間たちは、科学とも魔術とも分からぬ”天使”の力に屈し、彼らの支配下に下ったのである。


 それから実に二年の月日が流れた。


 オアシスとして砂漠に栄えた貿易の要衝アル=ナフィールの国も、今や”天使”たちの支配する地獄の様相を呈している。

 人間たちは、城下町の隅に造られた”保護区”に押し込められ、濁った水をすすり暮らしていた。


「タリクさん……ジーラの分隊がやられました」


 日干し煉瓦の壁に枝屋根を葺いた、小さな小屋。

 裂き布を編んで当てがった木椅子に座っているのは、先の戦争で第一線歩兵隊副隊長を務めたタリク。

 彼の目の前には一人の屈強な男が、砂土むき出しの床に膝をついてがっくりとうなだれていた。


「ジーラ……チッ」


 タリクは悔しそうに舌打ちをした。


「早まって行動を起こすなと、さんざん言ったんだがなぁ」


 民草の権利を失った国で、隅っこの方へゴミのように掃いて集められた人間たち。

 ほとんどの者は自殺するか、絶望に濁った眼で下を向いて暮らしている。

 しかしその中にも、いまだ目の奥に灯った炎を絶やさない者たちがいた。

 若い男、特に元兵士を中心とする血の気の多い連中である。

 兵士時代から同年代からの信頼厚かったタリクは、彼らのリーダー的存在となっていた。


 タリクの務めは、今すぐに戦いを起こす事ではない。

 いつか来るその日に備える事。

 むしろ、時を待てずして無謀にも立ち上がる血気盛んな同胞たちを抑え込む事こそ、タリクの日々の仕事であった。


「ジーラはキレやすいからなぁ……。最近は俺の言うことも聞かなかったし」


 タリクは左手をグーにして額に当て、亡き戦友(とも)のために祈った。

 ひざまづいている男も同じように祈ってから、ふと顔を上げた。


「そういやタリクさん、今日の探索は」

「あぁ、今から西の方を見に行く。最近ずっとあの辺りに鳥の群れがいるんだ。苔が生えてるのを見たという情報もあった。もしかしたら少しでもマシな水が手に入るかもしれねえ」

市場(スーク)の方はどうします? 喧嘩の仲裁を頼まれてるんですが……」

「あぁ」


 タリクは、脇に控えるアラムを一瞥した。


「頼めるか?」

「おう。任せろ」


 タリクとアラム、仲間たちは、日よけのターバンを素早く巻き付けると各々の目的地へと旅立った。


 ”保護区”のほぼ中央に、申し訳程度に造られた市場(スーク)

 立ち並ぶ店の前に、アラムはいた。


 話を聞くと、争っているのは売春宿の店長どうし。

 客の取り合いで喧嘩になり、片方の店長がもう片方を突き飛ばし、ついでに木戸を破壊してしまったらしい。

 算盤が立って話し上手のアラムは、こういった揉め事の仲裁人として呼ばれる事が多かった。

 ただでさえ殺気立った世の中。商売人も皆必死なのだ。


 上手いこと両者をなだめて判決を言い渡し、木戸の修理人員を何人か貸して、アラムは一息ついた。

 市場(スーク)の上の方で風になびいているのは、ところどころ穴の空いた日よけの天幕。

 その下、建物から建物へとかけられた無数のロープに、洗濯物やら店の宣伝看板やらが煩雑に掛けられている。

 昔はそこかしこに掲げられていた誇り高きアル=ナフィール国旗は、一枚も見当たらない。


「……ふう」


 アラムは水筒の水を口に含み、しばらくして口に残った砂利をぺっと吐き出した。


 その時。

 ふと、見慣れぬ店が目に映った。


『天使の輪』


 このご時世に、挑発的な店名だ。

 ”天使”の連中に媚びを売っているのかもしれないな。

 そんな事を考えながら、アラムは木珠(きだま)暖簾(のれん)を押し分けて、店の中を覗いてみた。


「いらっしゃい。何かお探しで」


 アラムは首元のスカーフを緩め、カウンターにちょこんと座っている店主を見た。

 声から察するに、老いた男性であろう。

 ローブの頭巾を深くかぶっていて目元は伺えない。

 その下に、鎌の刃のように笑う口元だけが覗いていた。


「いや、知らない店だったもんで、ちょっと挨拶に」


 前に通った時、こんな店あっただろうか。

 アラムは左右に目をやって隈なく調べた。

 食器、花瓶、壺、絨毯、水晶、絵画……ただの雑貨屋のようだ。


「おぬし」


 しわがれた声。


「良い目をしておるのう」


 アラムは面食らった。

 この老人は俺の目など見ていないではないか。


「あ、ああ……そうかな」

「そうだとも、そうだとも。”神”の世にあっても希望を失わぬ、闇を打ち払う素晴らしい目だ」


 老人はなにやら足元の方をごそごそやってから、アラムに向けて右手を差し出した。


「ほれ。これをやろう」


 痩せさらばえた老人の手には、鈍い銀色に光る石のペンダントが握られていた。


「それは”天啓の石”と言ってな。身に付ければ、”天使”の姿に変身できる」


 ”天使”の統治下になって分かった事だが、彼らの容姿は人間たちとはまるで違った。

 白肌、白髪、白眼。

 肌も髪も、瞳までもが白磁のような純白だったのだ。


 人間か”天使”かは一目で見分けがついてしまう。

 そのせいで、人間たちは”保護区”から出ればすぐに見つかってしまうのだった。


「変身できるって……本当か?」

「本当じゃとも。試してみるがよい」


 アラムがペンダントを首に掛けようとした時、外から「アラムさーん」と呼ぶ声が聞こえた。


「もちろんタダじゃからな。己が正しいと思う事に使いなされ」

「ありがとう」


 アラムは短く礼を言い、左拳を一瞬だけ額に当てると店を出た。

 老人は楽しげに笑った。


 次の日。

 初めて見る”天使”の町に、アラムは震えるのを必死に押し殺していた。


 ”天啓の石”は本物だった。

 首にかけた途端、肌も髪も瞳も色が抜けて真っ白になったのだ。


 夜のうちに”保護区”を抜け出して変身し、”天使”の服──といっても少し変な紋様が付いただけの普通の布のローブ──を民家の軒先から拝借して着替え、街を探索しているのだった。


 タリクや親しい仲間には置手紙をして来た。

 あいつらの事だ。余計な詮索はせずに、俺を信じて放っておいてくれるはず。

 俺は俺のなすべき事をなすだけだ。

 ローブの内側、腹には短刀を巻き付けてあった。


 それにしたって、行き交う人が、白、白、白。

 前を向いて歩いているだけで、アラムの目は眩みそうだった。


 歩いていると、当然知っている道もある。

 街は戦場にならなかったため、建物はあらかたそのまま残っていた。

 見覚えのある通りや街灯をアラムは懐かしんだが、何世代も前から国民たちが築き上げてきた街を、”天使”に使われているのは腹立たしかった。


 アラムは、”天使”たちの──もとは人間の王族のものであった──城へと潜り込んだ。


 ”保護区”にいる時に得た情報によれば、ここにはヤツらの信仰する”神”なる存在がいるらしい。

 主たる目的は、そいつを始末する事。

 これが革命への一歩だ。


 冷静に考えれば現実的ではないが、一体どんなやつなのかせめて一目見てやりたい。

 アラムは怨念と好奇心を半々に抱いていた。


 城の中には祈祷室がある。

 かつては多くの人間が、彼らの信じる神を一心に想っていた場所。


 そこでは今、一人の”天使”がひざまづいて祈りの言葉を唱えている。

 他の”天使”と同じ、純白の髪。

 その髪は長く、石造りの床に垂れて放射状に広がっていた。


「あっ」


 彼女はアラムの視線に気付いて振り返った。

 白銀の髪がなびく。

 どこを向いているのかもよくわからない真っ白な瞳と、アラムの目が合った。

 思わずため息をついた。


 美しい。


 そう思ってしまったのだ。

 身体じゅうが痺れたようにアラムは硬直したが、すぐに気を取り直し、腹に括った短刀の存在をローブの上から確認した。


「あなたも、祈りにいらしたのですか?」


 撫でるような柔らかい声。


「ああ……いえ」


 「はい」と答えるべきだっただろうか。

 しかし”天使”の祈りの作法など知らない。

 アラムの額を嫌な汗が伝った。


「大丈夫」


 すっくと立ちあがった彼女は、アラムをまっすぐに見た。


「神は誰をもお救いになります。祈り方を教えましょう」


 彼女は白い目を細めた。


 その女神官は、名をスートラと言った。

 スートラはアラムを城の下働き志望だと思ったらしく、神官見習いとして祈祷室に迎え入れてくれた。


 彼女をはじめとする神官たちは皆優しくアラムを迎え入れ、部屋と食事を与え、祈りの作法を教えた。

 アラムはその恩恵に預かりながらも、革命の時を今か今かと待ち続けていた。


「今日も頑張りましたね、アラム」

「はい、スートラ様……」


 数多の祈祷者と触れ合い、祈りの言葉を唱える度に、戦いに疲れていたアラムの心は不思議と癒されていった。

 ここにいる”天使”たちは、人間となんら変わらない。

 見た目と信条が違うだけの、同じ生き物なのだ。


 アラムはいつしか、革命の事などすっかり忘れていた。


 城の祈祷室で数月を過ごした、ある日の事。

 アラムはスートラに呼ばれた。


「スートラ様」


 白い緞帳が下りた部屋で、灰色の椅子に腰かけていたスートラは、あの日と同じように髪をなびかせて振り返った。


「アラム。あなたは本当によく頑張っていますね」


 彼女に褒められた事が嬉しくて、アラムの頬に薄い桃色が浮かんだ。


「ありがとうございます」

「”神”に会いたいですか?」


 アラムははっとして顔を上げた。

 スートラは微笑む。


「あなたの熱心な祈りに、私は心を打たれたのです。あなたが望めば、”神”に会う事を許可しましょう」


 アラムは床に平伏した。

 胸に掲げた銀色の宝珠が視界に入る。

 彼の目に再び、復讐の炎が灯った。


 準備すると言って部屋に戻り、慌てて荷物をひっくり返す。

 一番奥底に、忘れかけていた短刀があった。

 麻紐で腹に縛り付け、ローブを着て隠す。


 それから道具袋を開けて、火薬と灌木(ハルタックス)の枝葉を取り出した。

 いつ仕入れたのかすら覚えていなかったが、運の良いことに湿ってはいなかったようだ。

 アラムは枝を縛って束ねたものに火をつけると、壁の切り窓から外へ放り投げた。


 数秒もしないうちに、濃い煙がもうもうと立ち昇る。

 タリクたちへの合図。

 革命の狼煙だ。


 スートラに率いられ、アラムは祈祷室を出た。

 その後ろに、柔らかい笑顔を浮かべた神官たちが二列になって続く。


 一行は長い廊下を抜けて、階段を下りた。

 また廊下を進んで、階段を下り、厳重な扉をくぐると、今度現れた長い螺旋階段をひたすらに下りた。


 地球の中心へ到達してしまうのではと思うほど深く下りた頃。

 目の前に、アラムの身の丈の三倍はある巨大な扉が現れた。


「着きましたよ、アラム」


 左右の壁に架けられた火が照らし出すのは、朱塗りに黄金で縁どられた荘厳な扉。

 珊瑚石の装飾があちこちに嵌められている。

 神官たちがガチャガチャと何かやった後、扉は想像よりもスムーズに開いた。


 アラムは導かれるままに、その中へ入った。


 そこは巨大な祭壇であった。

 左右の壁には黒い緞帳が隙間なくかかり、その手前に無数の燭台が列になって並んでいる。

 敷かれた赤い絨毯にも、黒い紋様が細部までびっしりと描き込まれている。

 アラムは久しぶりに黒という色を見て、事の異質さを感じ取った。


「おいで」


 暗がりから、何かの声がした。

 少年とも少女ともとれぬ、妙に甲高い声。


 燭台の並んだ幅広の階段の先、高い位置に設えられた玉座に、”何か”がいる。

 アラムは総毛立った。

 全身の神経が危険信号を発していた。


 アラムは一歩進んだ。また一歩。

 段を一段上がり、目を凝らす。


 人影だ。

 暗がりの玉座にいるのは、小さな子供の影のように見えた。

 アラムの肩から力が抜けた。


 兵士として訓練を積んだ自分でも、子供は殺せない。

 子供を殺す必要は無い。

 幾度となく唱えてきた祈りの言葉を無意識に呟きそうになり、アラムはかぶりをふった。


 サァァァァァァァー。


 ふと、神聖な音がした。

 まるで小川の流れるような。


 サァァァァァァァァァァァァァー。


 音は強くなる。

 その音に呼応するように、子供の影は歪に引きつり、弾けた。

 ぐじゃりと輪郭が闇に溶け、蛹から蝶が孵るように、”何か”がその中から這い出てきた。


 ビタ。ビタ。ビタ。


 血と膿のような臭い。

 濡れたような重い足音が、アラムの方へ迫ってきた。


 アラムは吐きそうになるのをこらえながら、背後へ向き直り走った。

 黄金に飾られた荘厳な扉。

 その前には、二十を超える神官たちが立ち塞がっている。


「どこへ行くのです、アラム」


 中央へ進み出たスートラが、優しく語り掛ける。


「どこって……アレは何です!?」

「何って、”神”ですよ。あなたが熱心に祈っていた”神”です」

「あ、あんなモノが、神のわけないだろうが!!!!」


 ビタ。


 足音はすぐ後ろまで迫っていた。

 無数の燭台が描き出した”神”の影が、アラムの影を覆い、スートラや神官たちをも覆い尽くし、目の前の扉に映ってうようよと蠢いた。

 短刀で戦える大きさじゃない。

 アラムは絶望した。


「俺は……なんてものに祈っていたんだ……!」


 ”神”の腕とも触手ともいえぬ肉塊が、恐怖に硬直し振り向けないでいるアラムの頭部へと伸びる。


 その時。


 目の前の扉が、外側から強引にこじ開けられた。

 すかさず、武器を手にした大勢の男たちがなだれ込む。


「怯むな! 俺に続けぇ!」


 先陣を切って駆け込んできたのは、懐かしき戦友(とも)の姿。


「タリク……!」


 恐怖が和らいだ。

 腹の底から力が湧き上がってくる。


「バケモノぁ後だ! まずはザコから片付けろ!」


 タリクは勇ましくサーベルを振るい、周囲の神官たちを薙ぎ払った。

 アラムは思わず手を伸ばした。

 タリクと目が合う。


「ああ、タリク──」


 ズバンッ。


 一太刀。

 アラムの真っ白な肌が、赤く染まった。


 忘れていた。

 白い身体に神官の服を着ていては、タリクにアラムが分かるはずもない。


 すれ違いざまにアラムの胸から腹へかけて斬り裂くと、タリクは急いで次の敵へ取り掛かった。

 アラムの口から、ごぼりと温かい血液が溢れ出た。


「タリ……ク……」


 立っていられなくなり、石床へ倒れ伏す。

 かつての仲間たちの勇士を目に焼き付けながら、アラムは意識を失っていった。


──ああ。スートラ様。


 最後に脳裏に浮かんだのは、何も持たない自分を受け入れてくれた、あの白い笑顔だった。

 胸元の”天啓の石”が、鈍く銀色に光った。


 それから戦いは少しばかり続いた。

 が、一刻も経たぬうちに、祭壇は静まり返った。


 後に残ったのは、新鮮な血肉を吸い尽くされた男たちの残骸。

 暗がりの玉座の上には、小さな子供の姿をした”神”が君臨している。

 ”神”は満足げに、唇をぺろりと舐めた。


「おもしろかったぞ」


 少年とも少女ともとれぬ、甲高い声。

 続いて、しわがれた老人の声が、祭壇の入り口辺りに起こった。


「ご満足いただけたようで、なによりですじゃ」


 頭巾を深くかぶった老人の口元が、鎌の刃のようにニタリと歪んだ。

High_Dragoonさんの設定を参考に書いた作品です。ありがとうございました!

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