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騎士の男が近づくにつれてその姿がはっきりと見えてくる。
騎竜ほどではないが、乗っている馬はやはり特別だった。
農夫や商人が荷馬車に使うような痩せた荷馬ではなく、肉付きのしっかりとした軍馬だ。
馬と騎士が纏っている衣は、先ほどの騎士達の純白よりもやや灰色がかっている。
花の意匠がなく、騎士とは別階級なのだろうとヘリオンは考えた。
「あれは騎士じゃなくて、騎士に仕える従者ね。でも従者の殆どが輝石院を優秀な成績で卒業しているわ」
あの若い騎士と初老の騎士、どちらかの部下ということだろう。
年齢は若い騎士とそう変わらない。二十を過ぎたあたりに見える。
友好的とも、敵対的ともいえない表情でヘリオンたちを観察している。
「そう警戒しないでほしい。私は君たちの所在を知りたいだけだ」
後を着けていたことを悪びれずに言ってのける。
「十分怪しいでしょう。なんの用ですか」
「なに、ただカーネリアン卿……君たちと話していた老騎士の御方が、君に興味を持ったようだ。私も実際に君を目の前にするとわかるよ。高い魔光適性。その素性に問題がなければ、中央輝石院に迎え入れるべき逸材だろう」
「彼も時期が来れば、カンデラ様の導きに従うでしょう」
「………敬虔な信徒のふりはよせ」
従者の男は馬を下り、ステアの前に立つ。
ヘリオンの目にはその体から僅かに光が漏れ出るのが見えた。
臨戦態勢とまではいかないまでも、強い疑いの現れか、彼の中で渦巻く警戒心の発露がそう見えるのか。
ヘリオンの姿もあの初老の騎士から見れば、こんな風に分かりやすく意図を発していたのだろう。
「カーネリアン卿は知らなかっただろうが、私は君を覚えているぞ。三年の終わりに輝石院を去った。名前はステアだったな。私もまだ輝石院にいた」
「………っ!」
握るステアの手が強張る。
彼女にとって中央輝石院を辞めたという過去が、どういう意味を持つのかヘリオンは知らない。
この場においてこの従者がステアを知っているというのは、それほど都合の悪いことだろうか。
山賊に追われていた時よりもいっそう血の気の引いた顔をしたステアを見れば、事態がいい方向に転がっていないのだと思うほかない。
「試験に落ち退学が決まったあと、輝石院から備品を持ち出して商人に横流ししたそうだな。よりによって影狼どもに唆されて。今では自分も闇商人の手先か」
「ち、違います、今はもう、ただの行商人で………」
この女はがっつりと悪いことをしていたらしい。
迂闊じゃないか。ダスクが悪人かどうか疑いながら、自分はしっかり過去に汚点があるとは。よく騎士の関係者と顔を合わせようとしたものだ。
いや、後ろめたいからこそステアは騎士と会いたがってはいなかった。
こうして運悪くステアを知っている従者と出会ってしまったのは、ヘリオンが無理にでも彼と話をしたがったからだ。
これでステアが捕まったら恩を仇で返すことになる。
「この人はただの貧乏商人です。もう悪い事はしてません」
「ああそうかもな。彼女の横流しが発覚したとき、取り調べによって影狼とのつながりは薄いと判断された。退学を言い渡され輝石院への忠誠が揺らいだところを、いいように利用されただけだと。処罰としては途中退学時の報償の剥奪、そして行政機関への採用不可だったか」
それがステアがこの片田舎で行商人をしている理由だろうか。
輝石院を卒業できず、退学を目前にして悪事を働いた。ステアもそれを覚えている従者とこんな場所で出会うとは思わなかっただろう。
「あの、影狼って?」
「ヘリオン、それは」
従者の男はヘリオンを睨みつけると、目線を合わせて詰め寄った。
「カーネリアン卿らしくもない。影狼に育てられた子供を輝石院に入れようなどと、いくら適性を満たしていようが許されない事だ!」
「だから影狼ってなんだよ!」
「シラを切るつもりか!」
「本当です、この子は村から出て来たばっかりで、なにも知りません!」
「だったら貴様が影狼に引き渡すのだろう。奴らも潜入者の卵は喉から手が出るほど欲しいはずだ」
「そんなことしません!」
「なんのことだよ?!」
影狼。従者の口ぶりではそれがダスクやステアに関係し、ヘリオンにとっても無関係ではない。
影狼に育てられただって?まるでダスクが影狼みたいじゃないか。
「影狼というのはな、光の神カンデラに刃を向け、この国を闇に落とそうと画策する連中だ。カーネリアン卿たちが先ほど出動する際に、私は君の保護や身辺の調査を命じられたが、ステアに連れられているのを見て確信したよ。保護する必要もない。ロックスの騎士団支部で取り調べを受けてもらう」
ヘリオンには見えた。男の体から漏れる光が増える。魔法を発動させる予兆だ。
ステアの手を引いて男との距離を空けた。
輝剣を手に取り、ヘリオンも臨戦態勢に入る。
輝剣同士の戦闘は初めてだが、やるしかない。
騎士の従者といっても、やはり腰からは輝剣を下げている。
男はローブの下から紐を取り出し、ヘリオンとステアに投げつけた。
投擲による攻撃としてはあまり威力が望めなさそうだが、ヘリオンは輝剣を発動させてそれを切り落とす。
「きゃっ!」
隣のステアは紐を避けることができなかった。
紐はステアの体に巻き付き、腕の動きを封じている。
そういう魔法の道具か。紐が燐光を放ち、意思をもっているような動きで自ら結び目を作っていた。
「貴様、その年で輝剣を?!」
男は驚愕の表情を浮かべていた。
輝石院に入っていない子供が輝剣を使うわけがないと考えていたのか。
まさか紐を切られるとは思わなかったのだろう。
「やはり影狼に育てられた危険因子だ。貴様のような存在を輝石院に入れるわけにはいかない」
「ダスクは影狼じゃない!」
「自分の祖父の名前も知らずに育てられたか」
「なんだって?」
「奴の名はディーク。十数年前の抗争で姿を消した影狼の幹部だ」
「………!」
ダスクの本当の名前をこんな形で知るとは、ヘリオンは思いもしなかった。
なにが影狼だ。カンデラや国のお偉いさんたちに刃向かう闇の組織だって?ダスクは一度もそんな名前を口にしなかった。
腹が立つ。ダスクが十一年ものあいだ秘密にしていたことを、ヘリオンたちのことをなにも知らない男がペラペラと声高に語るのだ。
それは直接、ダスクから聞くべき真実だったはずだ。
「そんな名前知らねぇよ!」
「騙されていたんだよ、貴様は!」
騎士の従者は輝剣を発動させた。
輝石から光を引き出し、剣の形へと成形する。周囲へ発散しようとする光を固定して力の密度を増していく。
その様子を見てヘリオンは舌打ちした。
奴が輝剣を出す前に切り付けておくべきだった。
ヘリオンの知らない魔法の技があるかもしれないという警戒が、判断を遅らせた。
「クソッ」
「いくぞ!」
輝剣を構えた男が踏み込んでくる。
ヘリオンには見えていた。村でダスクを相手取っていたときよりも数段鮮明に攻撃の軌道が見える。
違う。ダスクはこんなに明白な意図をヘリオンに読み取らせなかった。
これまでの人生を、達人級の腕前を持つダスクとの研鑽に費やしてきたヘリオンにとって、この男は分かりやすすぎる。
「雑な剣作りやがって!」
「なっ?!」
輝剣が放つ光の刃。ヘリオンと男が持つそれがぶつかり合った。
わざと刃を交差させた。それは輝剣を使った戦闘において慎重な判断の上で行うべき行動だ。
鉄製の剣であれば刃で刃を受け止め、鍔迫り合いができるだろう。
そして腕力による押し合いへ移行する。
しかし光刃同士の鍔迫り合いを決するのは腕力ではない。
魔力の密度、光の揺ぎ無さ、刃の完成度。それらがある程度拮抗しているなら光刃は反発しあい、光で光を受け止めることができる。
だが一方の輝剣が未熟なら、完成度の低い光刃は容易く散らされる。
ダスクがヘリオンに輝剣の扱いを教えるとき、どんな状態でも刃の完成度を落とすなと厳しく修行を付けた。
今ならわかる。半端な輝剣で戦うことの危うさが。
ぶつかり合う光刃。それらは反発することなく、ヘリオンの刃がもう一方を搔き消した。
武器を失ったらどうするか。また光刃を発動させればいいが、それもこの男には難しい。
発動が遅かった。輝剣の発動手順が目で追えるような速度で、この男は光刃を作る。
五年ほど前、ヘリオンが輝剣の発動を習得してからそう時間がたっていない時点の練度とかわらない。
実戦では相手の輝剣に光刃を散らされようと、再び輝剣を発動するまで待ってもらうことなどできない。
男が輝剣を発動していた瞬間、変な警戒をせずに先手を仕掛けていれば勝負は決したはずだ。
ヘリオンは光刃を失った男に向けて剣を振る。
相手が避けられる程度に。相手がヘリオンの剣に意識を集中するように、当たれば即死の一撃を次々と繰り出す。
そして躱すことに集中した男が姿勢を崩した瞬間に、その鳩尾を蹴り上げた。
身長と体重で劣る子供相手であろうと、不意に食らった衝撃に動きが止まった。
足払い。うつ伏せに地面へ倒れた男の背中を踏みつけ、首元に輝剣をあてがう。
「動くな!」
殺すつもりはなかった。
ヘリオンは男のローブの中をまさぐり、目当ての物を見つける。さっき投げつけてきた魔法の道具。白い毛を撚って作られた頑丈な紐が二本残っていた。
「どうやって使うんだこれ」
「お、おい貴様、よせ!」
魔法の道具はそれを使うイメージが大切だ。
輝剣は魔力の光を、刃の形に留めるための道具。
この紐は、魔力で動かし、物を締め上げるための道具だ。絶対にほどけない硬く絞った結び目を想像して、男の足に投げつける。
道具は無事に発動し、紐がひとりでに男の両足を縛った。縛る力が強すぎるらしく、紐が肉に食い込んでいき男が呻き声をあげる。
残る一本はさっきよりも弱めの意思で、胴体に向けて紐を投げた。
魔法の紐は器用に男の両腕を巻き込み、後ろ手になるよう固定した。便利な道具だ。きっと高級品だろう。
男の手から輝剣をもぎ取り、踏みつけていた足を退ける。紐で巻かれて身動きの取れなくなった男が体をくねらせながら顔を赤くして喚いた。
「貴様、こんなことをして許されると思うなよ!」
反論の余地もない。
実際そうだ。ヘリオンがしたことは明らかに犯罪だった。よりによって騎士というこの国の正義の象徴というべき連中に刃向かってしまった。
「どうすんのよ、これ」
戦闘を見守っていたステアも呆然としている。
彼女の上半身を縛る紐を切るため、輝剣を発動させて小さめの光刃を作る。輝剣はその作る刃のイメージによって形を変えることができた。
「どうするって、ごめん。上手く逃げてくれ」
ヘリオンはやり過ぎた。
あのまま捕まっていれば、少なくともステアの置かれた状況は悪化しなかった。
彼女の商売がどこまで違法に足を踏み込んでいるか分からないが、騎士団に対しての反逆という罪は被らなかったはずだ。
「逃げてくれって、ヘリオンは………?」
「村に、ダスクのところに行くよ」
都合のいい事に、一頭馬の空が出来たところだ。
「この輝剣はステアに。持っていくか、こいつに返すかは任せる」
「待って、ヘリオンがいくら強くても、あの騎士の二人には勝てないよ」
「うん。そう思う」
「じゃあどうして……?」
「勝ちにいくんじゃなくて、逃げるためだから。できれば俺もステアと一緒がいいけど、俺と一緒だと分が悪いからさ」
これが旅の終わりか。村を出る時には想像もしていなかった結末だ。
まさか別の町にすらたどり着けないなんて。
結局ヘリオンは、山羊飼いにも、衛兵にも、村人にも、旅人にもなれなかった。
従者の男が乗っていた馬に乗り込み、村へと走り出す。
荷馬車も繋がず、子供一人を乗せた強健な軍馬なら、一日もかからずに村へ着くだろう。
それまでにあの騎士たちが村にたどり着いていなければいいが。
「ごめんなステア。大損させちまった」
「待って、馬鹿!絶対帰ってきなさい!」
それでも待ってくれようとするステアの存在が、ただ有難かった。




