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7.




 馬が疲れるまで走った。

 途中、道のくぼみに車輪が落ちて荷台が大きく揺れたとき、乗せていたチーズが一つ転がり落ちた。


 ステアにそれを言っても、速度を緩めることはない。結局馬の息が上がって動かなくなってから休憩を取ることにした。


 目的地の町がはっきりと見えるところにまで近づいている。


「ステア、あいつらは何だったんだ」

「いやあ怖かったね」


 馬に水を飲ませながらステアは、笑っていた。


「ステア」

「私たちには後ろめたいことなんてないけど、騎士に捕まったらろくなことにならないからさ、ヘリオンも覚えておいた方がいいよ」

「その騎士ってのは何者だよ」

「まあ滅多に会うものじゃないから」

「ダスクは………」


 走っている間ずっと考えていた不安。最悪の可能性がある。


「村から出ようとしなかったのは、騎士みたいな連中に捕まりたくなかったんだろ?あの騎士は、この輝剣の持ち主を知っていた。もしダスクが村にいるって分かったら、捕まえに行くんじゃないか?」

「ヘリオン………」

「そしたらあの岩陰にいたやつみたいに、ダスクも殺されるんじゃ……?」

「ねえ、聞いてヘリオン」


 ステアは、遠く離れた村の方角を見るヘリオンの肩を掴み、自分の方へと振り向かせた。

 これから行く町の方へ、少年が夢見ていた旅の目的地へと。


「騎士って言うのは、中央輝石院を卒業した中でも特別に優秀な人だけがなれる特権階級。光の神カンデラを守る人たちのことよ。彼らが追ってるのは普通の悪党じゃなくて、神に抵抗する人たちなの」

「なんだよそれ……」

「とにかく、騎士が相手にするのはすごい悪い人ってこと。ダスクさんがそんな人に見える?」

「いや、流石にあのジジイがそんな極悪人だとは」

「だったらいいじゃない。それに山奥の村ってだけでじゃ、騎士たちはたどり着けないわ」


 心配し過ぎよ、そう言ってステアに抱きしめられれば、ヘリオンには言い返す言葉はなかった。


 ステアの言う通りだ。あの男たちがこの瞬間にも村へと騎竜で駆けていって、ダスクを捕らえるなんていうのは、祖父の過去を信用していなさすぎる。


 仮にダスクが罪を犯していたとしても十年以上も昔のことだ。

 今になって、その罪を問われるだろうか。


「行きましょう?ヘリオンはもう、村を出て旅に出たじゃない」

「ああ……」


 馬の息を整えて、二人を乗せた荷馬車は町に向かう。


 草原は終わり、町の畑が周囲に広がる。

 山の村では見たことのない家と人の数を前に、ヘリオンはただぼんやりと、遠くまで来たのだと感じていた。


 今なら、村からこの町までの道を思い出せる。


 村を旅立つとき、ダスクがその後の村でどうなるかを考えなかった訳じゃない。


 偏屈な老人として、村の人間と対立し、その生涯を慎ましく終えるのだろう。


 山羊飼いの端くれにもなれず、収穫祭や謝肉祭に呼ばれない。自業自得だ。

 そこには、孫を自分の都合で剣士に育てた祖父への恨みがあった。


 あの日、ダスクと最後に剣を交えたときにヘリオンは尋ねた。

 なんのために剣の修行をさせたのか。それに対してダスクはなんと答えただろう。


 剣を振るしか役に立たない。


 それはダスクの口から何度か聞いたことのある言葉だ。そのたびにヘリオンは自分のことを言われているのだと思い、傷ついた。

 けれど、あれはダスク自身を表していた言葉だ。


 山奥の村で必要もないのに剣を振り、そこから出ていく事もできない。


「ねえ、ステア」


 旅人になるという夢を捨てるつもりはない。


 自分の人生だ。ダスクに言われるまま村に留まり、剣を振るだけ、あるいは山羊を追うだけの人生をヘリオンは選べない。


 けれどダスクは、村人で居続ける選択をした。


 ダスクにとって最高の選択かなんて知ったことではないけれど、彼自身が選択した人生を送ってほしいと思う。馬


 鹿な孫がうっかり騎士と出会ったばかりに、その選択が無駄になるのは嫌だった。


「俺は一度村に戻るよ。ダスクにさっきのことを伝えてくる」

「心配し過ぎよ。戻ってもヘリオンが村の人から責められるだけでしょ」

「またこの町に戻ってくるさ。ただ、ダスクが昔なにをしたか聞いてくる。しょぼい子悪党が田舎に隠れてるだけなら、俺も心置きなく旅に出れるし」

「私は……協力できないよ。もうあの村に行く理由がないわ」

「ああ、一人でいい。それに………疑われてるのは俺だけだと思う」

「疑うって……?」


 ヘリオンたちが休憩を終えて町へと動き出したあたりから、一定の距離を置いてついてくる人影がいた。


 騎竜ではなく馬だが、やはり白い衣を被せ、乗っている人間も白い装いをしている。

 遠目には判断できないが、あの騎士達の仲間だろう。


「嘘、ついてきてるの?」

「さっきからずっと感じるんだ。あの人に見られている」


 騎士が言っていた魔法を見る技術。


 至近距離で騎士を見ていたヘリオンには、その体から魔力の光が漏れ出ているのが見えた。

 それはダスクとの訓練で習得した、行動を先読みする感覚にも似ている。


 技術や感覚ともいえない不確定なものだが、あの緊張感で得た気付きが、ヘリオンの感度をこれまで以上に高めていた。

 でなければこの距離で追ってくる馬上の人間から、視線を感じることはないだろう。


「町に入ったら撒きましょう」

「は?なんで」

「なんでって、私たちの拠点には連れていけないわ」

「俺たちに後ろめたいことはないんじゃなかったのかよ」

「そ、そうだけど、仲間になんて言われるか………」

「やっぱステアにもなんかあるんじゃないか?騎士のこと怖がってたし」

「そんなことないわよ!ただ、小さい商人が生き残るためには表に出せない商品を扱うことだってあるの!騎士の関係者に見つかったらどうするの!」

「バッチリ後ろめたいじゃねぇか」


 ヘリオンは荷馬車から飛び降りた。ステアには申し訳ないけど、水筒と干し肉をいくらか貰っていく。町の魚料理は名残惜しいが、また今度の楽しみにとっておこう。


「待ってヘリオン!行かないで!」


 道の真ん中に荷馬車を停め、ステアは御者台から下りてヘリオンに駆け寄った。


「歩いて行くつもり!?村に戻るなら私も一緒にいくから!」

「ステアは、なんで俺を気にかけてくれるんだ?俺に適性があるから?」

「そんなこと言わないでよ……!私はヘリオンが心配で」

「大丈夫だよ。ステアには恩があるし感謝してる。ただ俺が気になって、不安なだけなんだ。俺とダスクの関係で、ステアの商売を騎士に邪魔されるわけにはいかないだろ」

「もし……本当に……」


 ステアは今まであえて言わなかったことを切り出した。


「ダスクさんが騎士に追われるような罪を犯していたら、どうするの?」


 関わるべきじゃない。これからヘリオンが旅人としてこの国で生きていくなら、騎士に咎められる過去は捨てていくべきだ。


 輝剣も売って金にしてしまえばいい。ヘリオンとダスクを結びつける物はこれだけだ。


 これしかヘリオンは持ち出さなかった。これまでの人生をそのまま村に置いて、これからの人生を新しく始めるためにヘリオンは村を出た。


 考えなしの愚か者だ。

 そのまま残そうとしたものが、自分の知らないうちに壊れるかもしれない。そう思ったとたんに惜しくなったのだから。


「本当に極悪人なら、またどこかに逃げてもらおうかな。俺にとってはただのジジイだし、捕まってほしくないよ」

「ダスクさんを許せる?」

「なにを許すとかって話じゃないよ」


 ヘリオンにとってダスクはただ一人の肉親だ。


 剣の腕以外は何も持っていない老いぼれであり、いままでの十一年間でその持てる技をヘリオンに受け継がせようと躍起になって修行を着けた。ダスクにとって出来ることをしたまでだ。


 恨む気持ちはあるけれど、祖父を捨てて旅に出る孫が言える立場じゃない。


 ダスクと同じように、ヘリオンは自分に出来ることを望んだ。それだけだ。

 お互いの選択は同じだけの価値を持っていてほしい。


 だからこそ、ヘリオンはダスクがこれまでと同じようにあの村で生活するため、せめて自分に出来ることをしたい。

 騎士に見つかる可能性があることを伝えなくてはいけない。


 道の向こうから馬に乗った騎士が近づいてくる。


 立ち止まったヘリオンたちに合わせて露骨に距離を保つことはしなかった。

 見つかっても構わないと思っているのか。それとも見つかっていると気付いているのか。


「ステアは町に入って。俺は、あの騎士と話してみる」


 近づいてくる騎士が馬を小走りに変えた。彼もこちらと話す気があるのだろう。


「はぁ……私も一緒にいるわ」

「大丈夫なのか?ステアも騎士に関わりたくないんだろ?」

「言ったでしょ、村で手に入れた一番はあなただって。これからしばらくは私の路銀を浮かせてくれなきゃ困るの。それに、いつか輝石院を卒業した後のために恩を売っておかないと」

「……ありがとう」


 ステアがヘリオンの手を握る。

 それが商人の金勘定に基づいた打算による行動だといわれようと、ヘリオンにとって彼女は恩人だ。


 返しきれない借りが出来てしまうだろう。

 山羊飼いにも衛兵にも、そして旅人にすら未だなれないヘリオンにとって、ステアが側にいてくれるだけで心強かった。


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