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5.




 村の広場に停められた荷馬車には、来た時より多くの荷物が積み込まれていた。


 なかなか条件の良い取引だったらしい。本当に古着一枚と山羊一頭という暴利を叩き出しているかもしれない。


 村が善意で、山賊に襲われた際の損失を埋め合わせようとしたのか、それともこの販路に見切りをつけたステアが商魂を見せたのか。


 ヘリオンにとって重要なのは、雄山羊の大きな毛皮が二枚積み込まれていたことだ。

 毛皮の下にもぐってしまえば上手く隠れられるだろう。


 しばらくの間、ヘリオンは毛皮に包まれ目を閉じてステアを待っていた。


 家で使っている薄い藁の布団よりもずっと温かい。ダスクは今日もあの硬いベッドで眠るのだろう。

 ヘリオンがいなくなってからは、二人分を遠慮なく使ってほしい。


 やがてこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 御者台の方が沈み込むように揺れる。


「……いるよね?」


 ステアが声をひそめて尋ねてきた。

 ヘリオンが返事のかわりに荷台の床面を叩いて応えると、荷馬車はすぐに動き出した。


 村人に呼び止められないだろうかと心配したが、馬車は止まることなく進み続ける。


「ヘリオン、もう出てきてもいいよ」


 暖かい毛皮によって意識が落ちそうになるところを、車輪が踏んだ小石によって下から突き上げられて起こされる。

 それを二回繰り返したとき、ステアから声がかかった。


「無事に出られたのか?」

「うん。宴会の途中で抜け出してきちゃった」


 毛布の中から顔を上げると、もう村は山の上に小さく見えるほど遠く離れていた。


 ヘリオンたちがいるのは村が使っている放牧地の近く。

 知っている村の外で一番遠い場所だった。

 ここから先には行く用事がなく、知らない土地だ。


「山賊が出たのは村の向こう側の、反対側の道だから、こっちに離れていく分には見つからないはずよ」

「そうだな……」

「お腹減ってる?お料理包んできたから食べていいよ」

「ありがとう。貰うよ」


 ステアが外套の中から布の包みを取り出した。

 ハーブで煮込んだ山羊肉をチーズと一緒に、小麦を練って作られた生地で包んで焼いた料理だ。


「あの村の食べ物だったら、それが一番美味しかったな。しばらく食べられないのは残念ね」

「………ああ、うまいな」


 ヘリオンはこの料理を食べたことがなかった。

 贅沢品だ。祝いの席に出されていたのだろうが、ヘリオンの家は呼ばれたことがない。

 これが故郷の味、なんていう感慨は湧かなかった。


 ずいぶんと良い物をご馳走されていたものだとステアに皮肉の一つでも行ってやろうか。

 しかし事情を考えれば余計に、ヘリオン自身と、ステアに執着していたあの村が哀れに思えてしまった。


「さあて、これからどうしましょうか」


 御者台ではステアが馬の手綱を握り、唄うように陽気な声を上げる。


「言っておくけど、俺はなにも考えてないよ」

「まあねぇ。いきなり連れ出しちゃったからね」

「しばらくは一緒に乗せてくれよ。行商の手伝いもするし、食い物くれるならそれで良いからさ」

「そうしてくれるならすごく助かるよ。護衛を雇うお金も馬鹿にならないし、しばらくは路銀を節約できるわ」

「他の護衛は雇わない?」

「え、なんで?ヘリオンがいるのに?」

「いや、こんなガキ一人に任せるのも不安じゃないのか」

「うーん」


 今回は村で雇える丁度いい護衛がいなかった。

 村の人間にこれ以上付き合うつもりもなかった行商人が、少しは剣の腕が立つ少年を間に合わせの護衛として連れ出すのは、わかる話だ。


 しかしこれから先の旅の安全を保証できるとは、ヘリオン自身考えていない。

 次の町につけば別の護衛を新しく雇うだろう。


 そこから一緒に旅を続けられるかはステア次第だと思っていた。

 その町で荷馬車を降りることになっても、しかたない、なにか仕事を探して生きていくつもりだった。


「私は、今回の商談で一番の買い物はあなただと思っているよ」

「どういうこと?」

「ヘリオンが自分にどれくらいの価値があるのか、あなたが気づくまでは私に付いてきてほしいってこと」

「高く買い過ぎじゃないか?」

「そんなことないわ」


 いつのまにか山道は終わり、ヘリオンたちは平原の道に下りていた。


 この国は周囲を切り立った高い山岳に囲まれ、ヘリオンの村はその山の中にひっそりと存在していた。


 山に住みたがる人は少ない。

 町は山岳の内側にひろがる平地に作られ、その町は街道という主要な道で繋がれている。

 今は一番近い町へと向かっているということだ。


「私もずっと馬車に乗って暮らしている訳じゃないのよ。その町に知り合いの商人たちと一緒に拠点を持ってるの。商会っていうには小さすぎる集まりだけどね。私が行商に出ていない時は、ヘリオンもそこで暮らすといいわ」


 荷馬車に揺られながら、町での生活や行商の旅を想像する。


 ステアと商人たちの手伝いをしながら町で暮らし、護衛として行商に同行する。そうやって国の北東地域を旅するのだ。


「とまあ、しばらくはそんな生活をしてもらうけど、何年かしたら学校に行くかもね」

「学校ぉ?」


 それはヘリオンが想像もしていなかったことだった。


 学校という場所があるのは知っている。

 都市部には勉強をするための場所があり、金持ちの子供がそこへ通っているらしい。


 辺境の村で生まれた人間には縁の無い話で、財産という財産を持たないヘリオンが学校に通うことなんて無理な話だろう。


「俺が学校なんていけるわけないだろ。そんな金ないし」

「お金は心配しなくていいわ。体が良ければ行ける学校があるのよ」

「おま、まさか身売りしろってことか!?」

「違うわよ!四方都市の一般校は入学金を払わなきゃいけないけど、セント・ミラの中央輝石院は選ばれればいけるの!」

「どういうこと?」


 国の中心都市、セント・ミラという街にある中央輝石院。

 そこは国中から能力の高い子供を集めて教育する場所だという。


「あの村にいたら知らないのも無理ないけどね」


 中央に存在する光の神カンデラの下で、選ばれた子供達が国を守るために集められる。

 年齢の制限はあるが、入学のために必要なのは一つだけ。


「魔光適性ってわかる?」

「ああ、たしか魔力の光にどれだけ耐えられるかってことだろ」

「その適性が高いことを『神様に選ばれる』なんて、そんな呼び方をするのよ」

「神様って、カンデラに?」

「そう。セント・ミラの街はカンデラのすぐ近くにあるでしょ?だから魔光適性が高くないとあの街に住むこともできないのよ」


 ヘリオンは地平線の向こうの光を眺めた。

 たしかに。考えてみればこんなに遠くても光が見えるなら、その近くにある街は常に強い光で照らされているはずだ。


 村では薄い影を作る程度だったが、その光源の近くで生活する様子は想像もできない。


「眩しくない?」

「眩しいわ」


 ステアは遠くに光るカンデラの光を見つめ、口をきつく結んだ。

 その表情は何気ない日常の景色として光を見ていたヘリオンのそれとは違う。


「私も三年間は中央にいたんだけど、辞めちゃった」

「え………ステアは中央輝石院に通ってたの?」

「卒業には六年必要。そうしたらセント・ミラでも、四方都市でも高い地位が約束されるわ。適性があるってわかって、輝石院に入れたときには、あの痛いくらいの光が誇らしかったのにね」


 過去に何があったかについてステアから話を聞いたことはなかった。


「中途半端な適性で入学しても、ダメになっちゃうことがあるのよ。私は四年に上がる試験に合格できなかった。そうして今は国の端っこをうろうろする行商人ってわけ」

「家族は?」

「もともといないの。でも身寄りもお金もなくたって、適性さえあれば輝石院は無条件に迎え入れるわ。ああ、年は若くなきゃいけないけど。ヘリオンは今何歳だっけ」

「たぶん、十一」

「十四までが期限だから、それまでにどうするか決めないとね」


 将来のこと。ヘリオンの夢は旅人になることだった。

 いきなり学校に行くなんて話をされても、まずは旅人としてその夢を十分に叶えたいとヘリオンは思っている。


「セント・ミラには行ってみたいけど、勉強をしに行くのは嫌だな。そもそも俺に適性があるかも分からないだろ?」

「それは期待してもいいよ。ヘリオンって輝剣が使えるんでしょ?村の人から聞いたわ」

「輝剣が使えると適性があるってこと?」

「あっても使えるか分からないのが輝剣なのよ。これは適性っていうより個人の得意不得意だけど、輝石院では二年までに使えるようになれば優秀って言われているの。もちろん適性がなければ絶対に使うことはできないわ。魔法ってそういうものなのよ」

「へぇ。じゃあダスクも昔は輝石院に通ってたんだな」

「………あの人は、そうねぇ」


 言うべき言葉を探し、結局見つからなかったのだろう。ステアの話は続かなかった。


 三年で輝石院を辞めた結果行商人になったステアに比べれば、年老いてから辺境の村に流れ着いた輝石を扱える老人の過去の方が、余程触れにくい事情がありそうだ。


「そういえばさ、輝剣を買うのってどのくらい働けばいいんだ?」

「あー、前から欲しいって言ってたよね。高いよぉ?小さな商会の雇われ護衛じゃ何年かかるか」

「そんなにか」

「今の相場だと非合法の横流し品かつ邸等級なら………銀貨五十枚かしら」

「山羊何頭分?」

「ふふっ、旅人になるにしても、お金のことは覚えないとね。だいたい八十頭くらいよ」

「えええったっか!?」

「しばらくは鉄の剣で我慢してね。荷台に積んであるから」

「え、ああ、うん」


 思わず腰巻に手を伸ばし、無造作に挟んであるそれを確かめた。

 もちろん高級品だと分かっていて持ち出したが、具体的な価値を聞いてしまうと一般村人でしかないヘリオンの胃はキリキリと傷んだ。


 そうだ、金を稼ごう。

 漠然と旅をしたかっただけで村を飛び出したヘリオンに新たな目的が生まれた。


 金を稼ぎ、自分用の輝剣を買う。

 そうしたら故郷の村に戻ってダスクに借りていた輝剣を返そう。

 まだまだ元気なジジイだが、そこまで長い猶予はない。早急に金を稼がなくては。


「それこそ輝石院を卒業すれば専用の輝剣が支給されるわ。お金に困った卒業生がたまに売るのよ」

「うーん、学校に通うのも悪くないか……」


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