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39.




「カーネリアン!!!」

「ロア!!!


 宿敵を前にして、影狼と聖騎士に言葉は必要なかった。

 サニディン襲撃から連戦しているロア。羊小屋での足止めを突破してきたカーネリアン。どちらも万全の状態ではない。だがここで戦わず、痛み分けで終われるほど彼らの因縁は浅くない。


 ロアの武器はその速度、それに耐える肉体の強度だ。サニディンが操る光刃の嵐をも圧倒した猛攻でカーネリアンを襲う。


 カーネリアンは攻撃の手数で負けていなかった。両手に持った輝剣から短めの光刃を作り、高速で移動するロアの動きに肉薄する剣捌きを見せる。


 かれの戦術の最大の特徴は、体の周囲を巡回する光の小剣だ。刃の円環。サニディンの戦い方に似ている。

 小剣の数は常に増減し軌道が読めない。高速巡回して攻撃を防いでいたかと思えば、敵の行く先を読んで投擲されていた。ロアはそれを輝剣で弾き、あるいは手で防ぐ。


 体で防御したロアから血が流れる。カーネリアンはロアの光刃を捌いているが、反応を超えた速度で繰り出される剣先が、体に赤い線を入れていく。


 削り合いだった。

 天井から落ちた瓦礫が転がり、埃が落ち着くより先に周囲が血で染まっていく。


「な、なんなのあの人たちは……」


 戦いに巻き込まれないよう、セレナはヘリオンを部屋の隅にまで引きずってきてくれた。ヘリオンの体は動かない。頭が割れるように痛かった。ロアと戦っていた瞬間に訪れた、未来視の感覚。その後遺症だろう。


 部屋の入口から、集会の方から来た影狼の一人が顔を出して叫んだ。


「ロア!羊小屋の方が突破された。撤退しよう!カーネリアンが来っ」


 その言葉が終わる前に、光の小剣が喉元に突き刺さる。彼の後ろから別の影狼が壺を投げ入れた。黒煙を発生させる壺だ。カーネリアンによって空中で撃ち落されるが、黒煙が扉の間に広がっていく。


 白華の技も、魔光を吸収する煙の中では精彩を欠く。

 カーネリアンの小剣は機能しなくなり、ロアは煙の中を高速移動できなくなった。


 天井に穴を開けたせいか、黒煙の暗闇は完全ではない。

 魔光の当たる領域と煙の中を行き来しながら、影狼と聖騎士は殺し合いを続ける。流れる煙の中から姿を表した二人は、輝剣も発動させずお互いの首を締めようと組み合って手を伸ばしていた。


「………っ伏せろセレナ!」


 頭上から強烈な圧力を感じ、力をふり絞ってセレナの体に覆いかぶさる。


 直後、天井が丸ごと吹き飛ばされた。魔光の爆発。瓦礫さえも消失させ、余波によって部屋に充満していた黒煙が押し出される。


 落ちてくる小石に耐えながら上を見れば、やはり輝石院の屋根にテセラが立っていた。こんな雑な魔法の使い方をする人物をヘリオンは他に知らない。横にはリーヴベルとキアノスがいる。羊小屋から増援に来てくれたのか。


 部屋の黒煙が晴れ、ロアとカーネリアンは輝剣を発動させて対峙した。もうお互いに全力で戦う余力は残されていないだろう。


「……ここは引かせてもらう」

「おいおい冗談だろう?こんな機会めったにない。最後まで楽しんでいきなよ」

「悪いが、俺にも仲間を逃がす責任があるんだ」

「なにが仲間だ。亡命、技術提供、密輸、金を餌に集めた有象無象だろう」

「それでも、次のためには必要だからな」

「次はない!」


 カーネリアンの攻撃を、ロアは難なく避ける。


「ヘリオン、セレナ、また会おう。お前たちに順番が周ってくる前に、俺がこの国に太陽を取り戻してみせる」


 そう言ってロアは姿を消した。不可視の服などなくとも、彼一人が逃げに徹するなら追いつける騎士はいない。


「リーヴベル!彼らを守ってくれ」

「分かった、逃がすなよ!」


 カーネリアンは集会所の方へと走る。

 テセラはキアノスに抱えられて部屋の中へと降りてきた。


「ヘリオンさん大丈夫ですか?!」

「俺はいいから、サニディン卿を見てやってくれ……」

「なに言ってるんですか、あなた自分の状況が分かってますか?!」


 ヘリオンは自分の身体を確認した。

 全身に魔光障害のひび割れが入り、顔と手を焼かれ、右半身は切り傷に塗れている。血を流し過ぎたのは自業自得によるところが大きい。


 完敗だった。

 ヘリオンは確かに天賦の才を持って生まれ、それを扱うための訓練も積んできた。この歳にしては戦えるほうだと思っていても、世界にはヘリオン以上の実力者が数多くいる。


 今回の騒動で実の父であるロアが敵でなければ、情けをかけられる間もなく殺されていただろう。


 キアノスが着ていた装束を脱いでヘリオンに巻きつけた。騎士の装束にはこういうとき応急処置をするための魔法が編み込まれている。


 魔光障害の手当をテセラにしてもらうと、身体が軽くなった。しかし頭の中の砂は消えたが、左目の視界は戻らない。白飛びした空間の中、魔光の動きがはっきりと視認できる。


「この目は、灰になったのか?」

「いいえ、それが白華です」


 白華。その言葉は騎士の称号ではない。


「体と魔光を一体化させる技、その状態こそを白華と呼ぶのです。白華の騎士とは本来、魔光の極限に至った修道者により結成された騎士団の名でした」

「そうだったのか……」


 聖騎士やロアが人外じみた戦い方をできる理由もそれだろう。説明のつけられない超常的な魔法の技は、白華だからこそ成せるのだ。


「ライトラム卿、来れるか。サニディン卿が話したいと」

「は、はい!」


 リーヴベルに呼ばれてテセラがサニディンの元へと駆け寄る。


「まったく、お前は大した奴だよ」


 キアノスはヘリオンの手当を続けながら笑っていた。


「こんなことを言われても嬉しくないだろうが、昔のロアにそっくりだ」

「言わないでくださいよ。俺も思ってたんだ」


 ヘリオンとロアは似ている。自分の力の使い道を探し、正しさを渇望する生き方が。

 けれどヘリオンには目先のことしかわからない。一瞬先の未来を覗けるようになっても、遠い未来を想像する頭は持ち合わせていなかった。

 その力はセレナに受け継がれているのだろう。彼女はこの国にいることを選んだ。


「セレナは、外国に行ってみたくないのか?」

「もちろん行きたいわ。でも、今じゃない。いつか自分の足で、暗闇を歩けるようになってからでいいの」

「俺たちの目に太陽は映らない」

「だから目を凝らして、手を繋ぐのよ」


 セレナは今もヘリオンの隣にいる。選択を終えるまでセレナを守るという言葉は、なんとか果たせたようだ。


 ロアは輝石院から退いた。カーネリアンは捕まえられるだろうか。襲撃に加担した影狼と、輝石院の協力者たちはどれだけ騎士団が捕らえただろう。結局、アーレッタは逃げたのか。


 なんにせよ、ヘリオンの輝石院での戦いは終わった。

 多くの犠牲が出た。ロアの言葉が本当なら、聖騎士サニディンは白華の騎士としてもう戦えない。この部屋で戦った大騎士だって、騎士団の重鎮だったはずだ。


 輝石院に大きな穴が開いた。残された聖騎士はカーネリアンとテセラだけだ。


「ヘリオンさん、セレナさん」


 テセラが話を終えて戻ってきた。


「サニディン卿から許しが出ました。お二人を聖地に案内します」


 明かされていない秘密は、まだある。

 聖騎士が持つ役割。聖地でカンデラを破壊する方法。


「今じゃないとだめなの?」


 ヘリオンもセレナも疲れていた。学生寮に戻って眠りたいというのが本音だ。


「ロアが影狼と一緒に撤退していく今なら、安全に天の門を開けますから。サニディン卿は、お二人に後で真実を明かすより、今知ってもらうことが重要だと」

「……ヘリオン歩ける?」

「肩かしてくれ」


 もう少し頑張らなくてはいけないようだ。

 セレナに支えられて立ち上がる。三人で天の門の前に立ち、後ろはリーヴベルとキアノスによって守られた。

 テセラは門の正面、古い碑文が刻まれた部分に手をかざす。


「湖の民よ。末裔の一人が門を開きます。新たな鎖の継承者をお迎えください」


 碑文の溝が魔光によって満たされ、古の魔法が発動する。押す人もなしに巨大な石門が開き、部屋の外に広がるミラ湖と、空に浮かぶカンデラの景色が眼前に広がる。


 門の先には道の残骸が残されていた。かつては湖の上にかかる石の橋だったのだろう。いまは崩れ落ち、少し歩けば足場がなくなる。


「行きましょう」

「で、でも橋がないわ……」

「大丈夫だ、繋がってる」


 ヘリオンの目は崩れた橋の続きを見ていた。何百年も昔には存在していたのだろう。今は魔光が作り出す残滓が残るだけだ。


 テセラが前に進み、崩落した先に足を置いたと思えば、その姿は光に掻き消されて見えなくなった。


「早く行きなさい。君たちが聖地に入れば門を閉じねばならん」


 後ろのリーヴベルに急かされて、セレナも前に進んだ。二人で一緒に橋の先へと踏み出す。

 湖に吹く風。波の音。光に包まれ、どこかへ引っ張られていく。足裏の感触がなくても、前に出せば道を進んでいることが分かった。


 テセラの背中が見える。

 そこは、水面に浮かんだ石舞台だった。

 振り向けば遥か遠くに、ミラ湖の湖畔と、セント・ミラの街がある。一瞬にしてこれだけの距離を移動したのか。


「よかった、私が聖騎士としてここに人を招くのは初めてだったんです」

「まるで成功して喜んでいるように聞こえるけど」

「そうなんですよ。失敗したら湖に落っこちちゃいます」


 セレナと顔を見合わせる。本当についてきてよかったのだろうか。帰りもテセラに魔法を使ってもらわなければいけないはずだ。


「船でくればいいじゃない」

「湖上を進んでたどり着いた人は一人もいないんです。現実には存在しないって言われていますけど、本当のところは、もう誰の記憶にも残っていないので」

「そう……」


 石舞台の島は広くない。一部屋ほどの空間は柱に囲まれ、かつてあった屋根も崩れて水に落ちている。輝石院へと続いていたであろう道も同じだ。


 ここが聖地と呼ばれている場所。ロアが辿り着くことの出来なった目的地だ。


 中心には、一本の杖が刺さっている。

 木の古い杖。その持ち手には鎖が繋がっていた。


 赤い鎖。

 ロアは歪んだ鎖と言っていた。それは慣習の比喩でもなく、実在する鎖のことだったのだ。

 鎖は聖地の真上、大輝石カンデラへ伸びている。


「かつて、カンデラはミラ湖に沈んでいました」


 テセラは語る。新たな白華に真実を語るのも、聖騎士の役割だった。このやり取りが何百年と繰り返されてきたのだろう。


「世界が闇に包まれていた時代。旧暦と呼ばれる時代の話です。セレナさんは聖歌にも詳しいですよね」

「え、ええ」

「光の始まりについては?」

「闇の世界を憂いた始まりの聖人が、命と引き換えに光をもたらしたって歌?」

「そうです。事実は、沈んでいたカンデラが浮き上がり、その光でこの地が照らされたということ」

「まあ、聖歌や教会の教えが真実だなんて思ってないわ」


 ヘリオンたちカンデラ教徒は、カンデラを光の神だと考えている。その実体が巨大な輝石ということも知っている。


「本当の部分もあります。聖人が命を賭して光を守ったことです」


 テセラは杖に触れた。鎖が震えて、軋む。


「わかっています。もう少し、もう少しだけ頑張ってください」


 誰に向かって語りかけているのか。テセラの体から魔光が流れ込むと、鎖の震えは止まった。


 ヘリオンの目に、騎士の姿が見えた。女性の騎士だ。どことなくテセラに似た雰囲気を感じた。その魂は苦悶に満ち、長い時の中で耐えている。


「まさか……聖騎士の役割って……」

「そう、カンデラは今も浮上を続けています。鎖が切れたとき、空の彼方へと消えるのでしょう」


 頭上に浮かぶ巨大な輝石を繋ぎとめるのに、その鎖はあまりにも細く、頼りない。今にも切れてしまいそうだ。

 鎖の赤色は、いつか棺の部屋で同じ色を見た。光葬された死者の赤い砂だ。


「犠牲になるって、そういうことだったの?」

「鎖の魔法を使うには、体の一部だけでなく全身が白華に至る必要があります。それが聖騎士の条件。鎖が切れたとき、命を賭してカンデラを繋ぎとめることが聖騎士に課せられた……私の使命です」


 テセラは、いつか訪れる運命を受け入れていた。

 光の世界を維持するために捧げられる生贄として。鎖となり、次の鎖が継がれる日までこの場所に繋がれることを。


 どうして彼女が若すぎる年齢で聖騎士の位を与えられているのか。答えはテセラが完全な白華を成し遂げているからに他ならない。


 ヘリオンは偶発的に左目が白華に至ったが、聖騎士は全身を白華に出来る。その結果が周囲に放つ魔光の錯覚なのだろう。


 ロアはこの真実を知り、影狼となったのか。

 輝石院で白華の騎士を目指す生徒たちは知らない。国の住民たちもそうだ。生贄となるために輝石院に来るなんて思いもしなかっただろう。


「鎖は、いつ切れるんだ?」


 そのとき、カーネリアンかテセラが鎖になるのか。


「この方は四十年前に鎖となられた聖人グレア・サニディン。正確な期日は分かりませんが、あと数年のうちに役目を終えるでしょう」


 サニディンという名は、聖騎士サニディン卿の親族だろうか。

 彼は、次の鎖となる日を待ちながら、この聖地を守っていたのだ。いっそのことロアがカンデラを破壊すれば自分が鎖になることもない。しかしサニディンはこの光の世界を守るために戦い続けた。


「白華の騎士は、知っているのか?」

「鎖の真実は上級騎士のみに伝えられます。彼らには聖騎士になる可能性が残されていますから」

「聖騎士になりそうにない下級の騎士が、中央じゃなくて地方にいくのはそういうことか」

「まあ、そういう面倒事は輝石院の偉い人たちが考えたことです」


 国中から魔光適性のある人間を集め、その中で最も生贄に適した人間を選び抜く。

 聖騎士に国で最大の権限が与えられるのは、彼らには決める権利があるからだ。この光の世界をどうするか、鎖を継ぐか、破壊するか。


「これが光の国の真実です」


 聖騎士の顔には諦観と、慈しみが折り重なっている。


「安心してください。カーネリアン卿の次は私だって決まっています。それに、私の番もまだまだ先でしょう」


 それはヘリオンが聖騎士となった場合、鎖になる可能性の話だ。そんな話をされて素直に喜ぶような人間ではない。


「でも、もしも、あなたが聖騎士になって、今日みたいなことがあったら、この光を繋いでくれますか?」


 ヘリオンたちは頭上に浮かぶカンデラを見上げた。


 白華の目で見たカンデラは、大輝石と言われる全容がよく見える。眩しくて目視できない光源の中心になぜ輝石があると分かったのか。白華の騎士は見えていたのだろう。


 赤い鎖が繋いだ、空に浮かぶ白い岩。

 それはこの国に縛り付けられた魂の姿に思えた。



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