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 影狼に襲撃されたと報告を受け、羊小屋にカーネリアンがやってきた。


 長く影狼と戦ってきた聖騎士でさえ、不可視の服の存在は知らなかった。

 魔法に長けたテセラの目で見ても、不可視の効果は魔法によるものではないらしい。


「ん~、これは……厄介なことになったね。セント・ミラの移動に騎竜を義務付けようかな?」


 こんなときでも軽口を忘れないカーネリアンだったが、その眼差しを見れば彼が楽観的に考えているとは思えなかった。


 輝石院が管理する騎竜の数には限りがあり、移動を制限して住民を建物に閉じ込めるわけにもいかない。


 見えない敵は確かに恐ろしい。だが騎士たちが本当に恐れているのは、不可視の服を作り出した影狼の知識だった。


 魔法を超える技術。セント・ミラでは馴染みのある素材が使われていることが、技術力の高さを決定づけている。影狼とは、この国の体制に不満を持ったならず者の集まりではなかったのか。


「これからは私も羊小屋でライトラム卿の護衛に入ろう。騎士キアノス、ここの羊と教会の人たちを別の場所に移すことはできるかい?」

「放牧地の小屋なら可能です。そちらの護衛は出していただけますな?」

「もちろんだ。ここが本命だろうし、非戦闘員は少ない方がいい」

「……あの、ちょっと待ってください。なんでテセラが狙われるんですか」


 ヘリオンはずっと疑問に思っていた。

 影狼の目的はカンデラの破壊だと聞いている。騎士団のトップである聖騎士がその障害になることは確かだが、テセラは違う。


 影狼の奇襲を間一髪で退けた魔法の技。たしかに聖騎士の位を持っているだけのことはある。しかしヘリオンにしてみればテセラは普通の少女だった。


 命を狙われることに恐怖し震えている、戦いの中に身を置いてこなかった子供だ。


「カンデラが狙いなら、直接壊しに行けばいい。十二年前はそうしたんでしょう?」


 ディークとロアが共謀した反乱。そのときは天の門を開けてカンデラを破壊しに行った。


「奴らには天の門を開ける手段がないのだよ。あの門を開けるには、正式な手順を踏んだ上級騎士が必要だ。除名されたロアには門を開けられないのさ」

「また、だれか協力者がいたら……」

「今のところは大丈夫だろう。奴らが聖騎士と戦おうとしているうちは、白華の騎士に裏切者はいないと見て良い」


 不可視の服は、存在が知られていない最初の一回こそ最も効果的だ。それをカンデラの襲撃に使わなかったということは、影狼が門を開けないという状況証拠にもなる。


「詳しい理由は話せないが、カンデラの維持には聖騎士にしか成せない。今いる聖騎士を抹殺すれば、いずれ光の加護は崩壊する」

「だったら輝石院で三人固まっていればいいじゃない」


 セレナのいう通りだった。聖騎士が一か所に集まっていれば、影狼も手を出せない。


 三人の聖騎士の中で最も力をもたないのがテセラであることは間違いない。カーネリアンは歴戦の騎士であり、サニディンも騎士として長年経験を積み、相応の実力を持っているだろう。


 影狼にとってテセラは一番狙いやすい獲物なのだ。


「おいおい、輝石院を戦場にするわけにはいかないだろう。君たちと同い年の子供だっているんだ。彼らを巻き込むのかい?」

「でも、ここで戦うのは、テセラを囮にしてるだけじゃないですか!」

「その通りだとも!」


 戦う力をもたない聖騎士。群れから子羊を離して、狼をおびき寄せる餌にしているだけだ。ヘリオンはおまけでやってきた羊飼いであり、白華の騎士は、狼を狙う狩人だった。


「それを知らずライトラム卿が大聖堂を離れたと思っているのかね?」

「ヘリオンさん、羊飼いの活動は、私が提案したんです」

「テセラが?」

「こんなに早く影狼から命を狙われるなんて……。ヘリオンさんと、セレナさんを巻き込んでしまいました……ごめんなさい」

「テセラちゃんが謝ることじゃないわ!」


 見込みが甘かったのは騎士団も同じだ。影狼の動向が掴めるまでの一時的な避難のはずが、すでに喉元へ刃を差し込まれている。


 危険の段階は上がった。その上でカーネリアンはテセラを餌に影狼を迎え撃つという選択を取ると言うのだ。


 羊小屋は騎士団の本部がある輝石院から継続的な支援が得られる距離にあり、影狼との戦闘に住民を巻き込む心配のない好条件が揃っている。


 聖騎士カーネリアンは、影狼と戦うために全てを利用する男だ。

 テセラはどんな気持ちで白華の騎士に協力しているのだろう。ここまで利用され、命を危険に晒される恐怖に耐える理由があるのだろうか。

 彼女の境遇は、誰かに利用されることが救いになり得るものだったのか。


「君たちはどうする?羊飼いをやめて学生寮に戻るか、ここで狩りに参加するかだ」


 引き下がるわけにはいかない。テセラにも守ると約束したのだから。


「ここに残ります」

「よろしい。しばらくはキアノスの指揮下で護衛を続けなさい。交替要員の確保が出来たら輝石院の授業にも参加できるだろう」


 授業に穴を開けることになるが仕方がないだろう。勉強はいくらでも取り返せる。


「カーネリアン卿、セレナを護衛に参加させることは認められません」

「なぜだキアノス?」

「ヘリオンはまだ未熟な部分も多いが、十分に奴らと渡り合えるでしょう。しかしセレナは騎士課程の生徒でもないのです。戦いに身を置くのは早すぎる」

「早いも遅いもないさ。大切なのは、本人に戦う意思があるか、そして戦場に求められるかだ」


 セレナは下を向いて考えていた。その表情は、自分の実力不足を指摘されて悔しいのか。違うだろう。自分に何ができるか探しているはずだ。セレナが戦いに向かないのは、彼女自身がよくわかっている。


「私は学生寮に戻ります」

「セレナ……」

「私がいることで騎士団やテセラの負担になりたくないわ。ただ、ロア・ロックスをおびき出す材料としてこの場所に私を置きたいなら、そう命令してくれて構いませんよ、カーネリアン卿」

「いくら私でも娘の前で父親を切るつもりはないさ」

「ヘリオンには戦わせるつもりなのに?」

「彼は戦うために育てられたからね」

「………」

 

 ヘリオンが影狼の祖父に戦い方を訓練されたことは、セレナも知っていることだ。その力の正しさを証明するために騎士を目指していることも。


 セレナの目に怒りの色が浮かぶ。

 ヘリオンが騎士団に利用されることを受け入れても、彼女は認めたくないだろう。セレナの怒りはいつも家族のためのものだった。


「そこまで言うなら、貴方がロアを倒してヘリオンを自由にしてくれるんでしょう?」

「自由、か……私たちには縁のない言葉だ」


 影狼を滅ぼすために戦うカーネリアン。聖騎士の役割を果たそうとするテセラ。

 白華の騎士は、自由のために戦う者たちのことではない。力を与えられ、騎士になる道を選んだヘリオンも同じだ。


「セレナ、俺たちなら大丈夫だから心配すんなって」

「心配なんてしてないわ。ただ……見てられないだけよ」


 セレナは輝石院に戻っていく騎士に連れられて、学生寮へと帰っていった。


 それから羊小屋からは羊がいなくなり、テセラを護衛するために増員された騎士と従者が交替で警護するようになる。


 ヘリオンの羊飼いという奉仕活動は名前だけの形式的なものとなり、実際の扱いは従者の見習いになった。


 騎士課程の上級生から信頼の置ける生徒が選ばれ、羊小屋の活動に参加するようになるまでは、ヘリオンは学生寮にも帰らなかった。


 騎竜の目を頼りに、石垣の内外に影狼がいないか探す日々が続く。

 最初の奇襲のあとは、影狼たちの襲撃は散発的に続いている。決まって夜の鐘が鳴った後、セント・ミラに隠れていた影狼が羊小屋の近くまでやってきた。


 偵察をしているようだが、聖騎士カーネリアンがいることによる抑止力は絶大だ。

 彼が数日姿を見せなければ影狼は活発に羊小屋に近づくようになり、いざ捕獲しようと姿を見せればセント・ミラの街中へと撤退していく。


 カーネリアンがいるおかげで本格的な戦闘を回避できていることも事実だが、影狼が彼を恐れるあまり、この状況は長引いている。


 ヘリオンが警戒中、騎竜が見つけた影狼を追いかけ街中で見失うことも一度や二度ではなかった。おかげで騎竜の扱い方もだいぶ上達した。


 騎士課程の上級生と交替し、授業に復帰するようキアノスから言われたときには、ヘリオンは思わず笑ってしまった。敵が隠れ潜んでいる街に帰って休息しろというのは不気味でしかたない。


「セント・ミラよりここの方が安全なんじゃ……」

「そうはいっても、もう長いこと授業をサボってるから。影狼の連中も無暗に住民を襲うようなことはしていないみたいだし」

「無事に帰ってきてくださいね」


 既に学生寮で暮らしていた日数よりも、羊飼いの活動が始まり、羊小屋で生活している日数が長くなっている。輝石院がただの学校だと思っていたわけではないが、まさか授業に参加しなくなるとは予想していなかった。


 久々に帰ってきた学生寮では、入り口に騎竜を連れた従者が警備していた。セント・ミラの街中も、輝石院が導入できるだけの騎竜を使って巡回が行われている。


「ヘリオン!無事だったのか?!君が帰ってこなくなってから街が警戒態勢に入ったから、事件に巻き込まれたんだってみんな噂してたんだぞ」

「それよりローラン、これは?」

「君が溜め込んでいる課題だよ」

「そうだった……」


 ヘリオンの寝台には紙の束が置かれている。山を崩して一番古そうなものを探すと、提出期限はとっくに過ぎていた。


「大変みたいだね」

「街がこんな状態になってて輝石院はなんて言ってるんだ?」

「影狼が街に侵入してるってことだけ。それを言われれば僕らも納得するしかないし、聞いてもなにも教えてくれないんだ」


 不可視の服について輝石院は公表していない。住民同士が疑心暗鬼になるのを防ぐには仕方のないことだった。


 その日は輝石院の授業を受けた。教師はヘリオンが授業を欠席していたことを輝石院から言い含められているのだろう。黙って追加の課題を手渡してきた。


 教師が言う外国の暦については話の半分も理解できない。

 集会所で授業の復習をすることになり、相変わらず勉強を怠けているアーレッタと二人でローランに面倒を見てもらうことになった。


「そういえばセレナは?教室にいなかったよな」

「ときどきサボってるよ。なんか今年中の範囲は終わらせて先に提出したんだって。ずるいと思わない?私たちはちゃんと授業に出てるのに!」

「なにをしてるんだあいつ……」


 課題を先に終わらせたことでも、授業に出てないことでもない。ヘリオンは、セレナが授業の代わりになにをしているかが心配だった。


 騎士団と影狼が羊小屋を中心に攻防を繰り広げていることや、不可視の服の存在。セレナは普通の生徒より多くのことを知っている。まさか隠れている影狼を探したりしていないだろうか。


「あれ、セレナじゃない?」


 走って集会所に入ってきたセレナは、慌てた様子で見張りの騎士へと駆け寄ろうとした。しかし机に座るヘリオンと目が合うと、騎士ではなくヘリオンの方へと転じた。


「帰ってきてたのね、ちょうどよかったわ!」

「どうしたんだよ。それに、なんだその格好」


 セレナの制服は煤のようなもので黒く汚れていた。煙突の中にでも潜っていたようだ。

 周りに人がいないことを確認し、小声でヘリオンに耳打ちする。


「いいから倉庫に来て。騎士団に報告しようと思ったけど、あなたがいるなら話してほしいの」

「話すって?」

「……影狼を捕まえたわ」


 ローランとアーレッタ、そして周囲の騎士団にも聞こえないようセレナは注意を払っていた。

 輝石院の中で影狼を捕まえたなんて、何よりも先に騎士へ伝えるべきことだ。それを差し置いてヘリオンに会わせる理由なんてあるのだろうか。


 まさか、ロア・ロックスを捕まえた?

 白華の騎士でも適わないと目される男を、セレナが捕まえたとでもいうのだろうか。


「ステアって女の人……ヘリオンの知り合いなんでしょ?」



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