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中央輝石院の一年目は、生徒たちに基本的な教養を与えるために費やされる。
ヘリオンのように国の構造から遠く離れた辺境の出身者は少ない。魔光適性を持つ血筋はカンデラの近くへと流れていくからだ。
必然的に中央輝石院へ入学するのは都市部で生まれ育ち、親から十分な教育を受けられた子供が大多数を占める。
しかし例外はいる。
農村部でも自然発生的に適性の高い子供が生まれることは起こりえる。
輝石院は彼らを目敏く見つけてきては、両親を説得して子供を教育するのだ。
多くの場合、説得する必要もないだろう。子供の輝かしい将来のため二つ返事で入学が決まる。
輝石院への入学は、神に選ばれることなのだから。
ヘリオンはまだ準備期間があったほうだ。例外中の例外といえるヘリオンの経歴だが、入学前にロックス家で勉強することができた。
生徒の中にはなんの準備もせず、本当に魔光適性のみを評価されて輝石院を訪れる子供がいる。
アーレッタ・ポリッシュもその一人だ。
「東方都市で暮らしてたんだろう?親に教わらなかったのか?」
教師からこの国の地理についての授業を受け、その内容を半分も理解できなったヘリオンとアーレッタは、集会所の机で授業の復習をしている。
「勉強きらーい」
ふてくされて肘をつくアーレッタは、都市部に生まれ魔光適性を見込まれていながら、入学までを無為に過ごしていた。
人生の逆転をかけて輝石院を訪れる農村生まれの子供より、彼女のように卒業後の生活に大きな差がない都市部の子供は、志が低くなる傾向が強い。
ロックス家やクローラ家のような名門とされる家は、家格のために子供へかける期待も大きくなる。しかし石工の子供として生まれたアーレッタは卒業後の展望がなかった。家は他の兄弟が継ぐことが決まっている。
「宿題多すぎるよ。眠る暇もないじゃん」
「セレナに手伝ってもらえよ。あいつ頭いいだろ」
「ほら二人とも喋ってないで手を動かして」
勉強を見てくれていたローランから注意される。
セレナやローランのように、入学前に人一倍の知識を身に着けてくる子供もいれば、アーレッタのようになにもしてこない子供だっている。
そんな生徒たちの知識をある程度までは揃えようと、輝石院の一年は大量の宿題が課されるのだ。
ヘリオンは蝋板に街の名前を書き連ねてローランに渡す。
四方都市以外にも重要な町はいくつもあり、その位置関係や、どの都市との関係が強いかなど、覚えることは山ほどある。
ローランは間違っている箇所に記をつけると、なにも言わず突き返した。やり直しだ。教師へ提出する羊皮紙へ回答を書く前に、こうやって下書きを添削してもらっていた。
「輝石院に入れば魔法の道具で勉強できると思ったのになー」
「知識と文字を書く力は魔法じゃ手に入らないんだよ。アーレッタも早くしたほうがいい。明日提出するんだろ?」
「はーい」
渋々とペンを持ち、アーレッタは右目につけた眼帯の位置を直した。
セント・ミラを訪れた当初は強すぎるカンデラの光に目が眩んでいた生徒たちも、通常の生活を送れるようになった。
アーレッタも日常を問題なく過ごせているが、目の痛みが引かないという理由で片目を隠している。
いずれ取ることができなければ適性の再検査や、進級における評価に響くだろう。輝石院とはそういう場所だ。
「あ、いたいた。アーレッタさん、頼まれていたものが手に入ったよ」
上級生がヘリオンたちの机を尋ねてきた。もっていた荷物をアーレッタに手渡す。
懐から銀貨を取り出して支払いをするアーレッタは、やはり都市部の人間だ。貨幣での取引は、農村や辺境の地域では馴染みがない。
輝石院の生徒は基本的には金を使わなくても生活ができる。食事は配られ、授業に必要な教材も貸し出されるからだ。
「知り合いか?」
「南方出身の先輩だよ。輸入品を仕入れてくれるんだ」
個人の嗜好品を手に入れるにはツテを使って街の外から入手する必要がある。そのための資金を都市部出身の新入生は持たされているし、上級生にとって新しい生活をはじめた新入生はいい取引相手だ。
ヘリオンもロックス家からかなりの金額を持たされているはずだが、なにに使えばいいのかもわからない。持っていても荷物が増えるだけなのでセレナに預けていた。
アーレッタが包を解くと、中から見たことのない道具が出てきた。
側面をガラスで囲われた箱。土台の上には、毛の束が飛び出ている。
「これは……ランプかな」
「よく知ってるねローラン」
「こんな立派な物じゃないけど、僕も家では使ってたんだ」
「ランプって、明かりのことか?」
魔光灯のことではなく、火を灯して光を得る道具らしい。
そういえばヘリオンも村人の家で見かけたことがある。
目の前にあるランプはそれよりも随分と複雑な構造をしていた。
「このセント・ミラで、明かり?」
窓からはカンデラの光が降り注ぎ、どの部屋の中でも十分な明るさが確保できる。
昼と夜の区別ですら鐘の音以外では判断できないこの街で、ランプを使う必要があるのだろうか。
「目の良いヘリオンに教えてあげる」
アーレッタは火打ち石を使ってランプに火を灯す。
温められた空気の揺らめきが立ち上り、油が焦げる臭いがした。
「ちょっと臭うなぁ。最新型だって聞いてたのに!」
「よくわからないけど……」
「ふふふ。見えていないようだね」
ヘリオンの反応に満足したアーレッタはすぐに火を消した。燃料だってただではない。
そこまでして使うからには理由があるのだろう。
「眠るときは部屋に暗幕が張られるじゃない?ランプをつければ枕元で本を読むには十分なんだよ」
「魔光灯を使えばいいだろ?」
「みんな起きちゃうって。カンデラの光に目が慣れたいま、ランプの火が見えるのは私だけなんだから」
「ま、まさかアーレッタ、その眼帯……」
ローランの言葉に、ようやくヘリオンにも理屈がわかった。
高い魔光適性を持つ子供たちはカンデラの光の中で生活するうちに、魔光の中で空間を把握する能力を磨いていく。
それと引き換えに小さい火のような、魔光に由来しない光を見にくくなっているのだろう。
アーレッタが右目を隠しているのは、目の痛みだけが原因ではない。火の明かりを見失わないように守っているのだ。
ヘリオンの目には、ランプの火が透明な揺らめきにしか見えなかった。
「先生たちには内緒にしてね」
とんだ不良生徒がいたものだ。
アーレッタはランプと教本を鞄にしまっていく。勉強はここまでにして何処かへいくようだ。
「宿題はどうするんだ?」
「明日までに終わらせるって。私の夜は長いんだから。急がないと奉仕活動に遅れちゃう」
輝石院の生徒にはそれぞれ奉仕活動が割り当てられる。奉仕とはいっても生活に必要な雑務を分担するための仕組みだ。
セント・ミラの街は魔光適性を持った人間しか立ち入れない以上、使用人を外部から雇い入れることも難しい。食事や洗濯などを生徒に手伝わせることでこの街は成り立っている。
「アーレッタはなにをやってるんだっけ?」
「輝石院の厨房で仕込みの手伝いだよ。おかげでランプの燃料は簡単に手に入るんだ」
まさか厨房から油を盗むつもりだろうか。
「ヘリオンは羊飼いだよね?羊毛って余ったりしないの?」
「毛刈りの時期は俺たちの入学前に終わってるよ。いまは教会の倉庫に保管されてるんじゃないか」
「ちょっと分けてもらえないかなあ。冬に入る前に編み物したいな」
「……俺は銀貨で買えないからな」
「ケチ!」
慌ただしく去っていくアーレッタを見送り、ローランと目を合わせる。
規則違反をして罰を受けた二人にとって、彼女の自由奔放さがうらやましくもある。
「僕たちもアーレッタみたいに逞しく生きなきゃいけないのかな」
「やめろよ。俺たちは真面目にいこう」
街の名前の綴り、位置関係と力関係に間違いがないか確認してローランに見てもらう。今回は大丈夫だった。あとはこれを羊皮紙に書き写すだけだ。
ヘリオンも与えられた奉仕活動には間に合うだろう。
「ヘリオンの奉仕活動は珍しいよね。羊飼いって、たしか今年から始まったんだろ?」
「ああ。俺はもともと山羊飼いもしていたから、羊の世話は気楽でいい」
「どこも人手不足なんだね。教会の仕事は機密も多いから、四年以降にしか任されないって聞いていたよ」
「ただの羊飼いさ」
羊飼い。そんなものは名ばかりだ。
本当に羊の世話だけならどれだけ気が楽だったことか。




