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3.




 ヘリオンと山羊飼いたちが村に戻った時、ステアと村人たちが広場に集まっていた。

 いつもなら敷物の上に商品を並べて商談をしているところ、今日は取引の前に、話しておくことがあった。


 敷物の上には地図が広げられ、ステアがどこで山賊に襲われたかを説明していた。

 話している相手は村長、山羊飼いのまとめ役、そして珍しいことにダスクもその場にいた。

 村にとっては置物同然の自称衛兵の老人だが、山賊が出たとなれば引っ張り出される。


「ダスクいい加減にしろ!」

「話を聞く限り大した連中じゃないだろう。帰りは別の道を通って、多少遠回りになるが大街道にでるといい。この時期なら街の放牧隊がいるはずだからそいつらに付いて南のほうへ行くんだな」


 村長が声を荒げてダスクに詰め寄っていた。


「お、落ち着いてください。私なら一人でも大丈夫。こうなる危険を承知で行商人をやっているんですから」

「ステアちゃんに何かあったらどう責任とるってんだ貴様!」

「んなもん小娘の責任だろうが!」


 話が読めず、周りにいた村人の一人に声をかける。

 隣の家のおばさんが、沸かした茶の入った鉄瓶をもって事の成り行きを見守っていた。


 客人に茶を振る舞おうにも、熱くなっている老人二人の前に差し出せばいつそれが宙を舞うか分からない。


「どうしたの?」

「ああヘリオン……あんたの爺さんも困ったもんだよ。ほらステアちゃんが一人で仕入れに出てくのは危ないだろう?だったらダスクさんを護衛にすればいいじゃないかってことになったんよ。でもあの人、自分は町には行きたくないなんて我儘言うもんだから皆怒っちゃって」

「ああそれは、怒られるだろうなぁ」


 ダスクは村の外に出るのを嫌がっていた。

 放牧地ならともかく、別の村や遠くの都市に買い出しに行く村人の護衛はしない。


 足が悪い、馬に乗れないなどと見え透いた嘘をついて言い逃れる様子をみるに、余程都合が悪い事情があるのだろう。


 街で罪を犯したからこんな辺境に逃れてきた。きっと人殺しだ。

 そこにはステアの素性に対しての期待感はなく、ほぼ確信を持って語られる予測だった。


 ヘリオンにとってダスクはたった一人の肉親であり育ての親だ。

 身内を悪く言われて腹立たしくも悲しい気持ちもある。

 だがダスクと村人の冷めた関係を思えば、言われても仕方がないのだろうと諦めている。


「でもよ村長、こんななに考えてるか分からない爺さんをステアちゃんと二人っきりにできないだろ。町までの護衛なら俺がついてくよ」


 村の若い男が表情筋を引き締めて前に出る。

 熱い下心が燃える瞳でステアを見つめ、意味深に頷いてみせた。こいつを荷馬車に乗せたところで囮役にもならない。


「うーむ、それは名案じゃのう」


 村長は乗った。身の危険という意味じゃ山賊もその村人も大して変わらないだろう。


「ほ、本当に一人で大丈夫ですから!」


 ステアの訴えは山の風に拭かれてどこかへと散っていった。

 

 男たちは誰が護衛役を務めるかの議論に突入している。おばさんたちは呆れ顔で茶を運びながら男たちの浅ましさを冷めた目で見ていた。


 ダスクは隣の村人の前から、議論に熱が入り手をつけられていない器をそっと手に取り何食わぬ顔で茶をすすっている。


 手癖の悪い祖父の隣に座り、肘でつつきながらヘリオンは尋ねた。


「どうしてもダメなのか?」

「何がだ」

「町の近くまでなら送ってやってもいいだろ。村の馬を一頭借りてさ、帰りはジジイだけで帰ってくればいい。ジジイ一人なら山賊だろうが敵じゃない」

「馬は腰にくる」

「嘘つくなよ」

「………帰るぞ、ヘリオン」


 そう言ってダスクはおばさんが運んできた茶菓子を一つつまみ、もう用事はすんだとばかりに立ち上がった。

 男たちの目を盗んでやってきたステアが声をかける。


「ダスクさん。護衛の話ですが」

「だれか村の男を乗せて行くんだな。選び放題だぞ」

「その、それだったら………」


 ステアはヘリオンのほうを見た。


「ヘリオンを借りてもいいでしょうか」

「えっ、俺?」

「剣の修行は十分にできているでしょう?頼りがいがありますし、彼にとっても村の外を知るいい機会じゃないですか」


 思いもよらぬ素晴らしい提案だった。なんだその手があったのか。


 ヘリオンは村の男共より強い自信があった。実力はダスクも村人たちも認めているだろう。


 旅の経験はないが、それは村人のほとんどが似たようなもので、ダスクを除けば護衛役に適しているのは自分しかいない。


 ヘリオンがこの場で名乗りを上げなかったのは村の男たちに遠慮していたからだし、だれもヘリオンを護衛として上げなかったのは自分がステアとお近づきになりたいという下心だ。


 絶好の機会。

 いつか村を出て旅をするという夢の一歩として、ステアと共に近くの町を巡るのはいい経験になるとヘリオンは思った。


「ダメだ!!!」


 ヘリオンの期待を打ち砕くように、ダスクは強く拒絶する。

 突然の叫びに場が静まる。村長と村人たちからも何事かと注目を集め、ダスクはバツが悪そうに言葉を吐き出した。

 言い訳をするように目を反らし、早口に言う。


「ヘリオンはまだ半人前だ。護衛なんてつとまらん」

「ジジイ……」


 その言葉に、ヘリオンは落胆するしかなかった。

 半人前なのは確かだろう。まだ十一。ダスクに比べれば弱いのも確かだ。けれど日々の修行の中で確実にその背中に近づいているという実感があった。


 打ち合いを満足に終えたあとに見せるあの表情は、孫の成長を認めていたんじゃなかったのか。


「お前らもそう思うだろう」

「私は……そうは思いませんけど」

「お、おお。そうじゃな。ヘリオンはまだ若い。それに比べてワシの孫はいい体つきじゃろう」

「ていうかステアちゃん年下が好みだったの!?」


 ステアが再び加熱する村人たちの議論へと巻き込まれ、彼らを置き去りにダスクは去っていった。

 村はずれにある小さな家へ続く道。

 畑もなければ山羊小屋もないあの家に帰っても、酒を飲む以外にやることはない。


「待てよ、ジジイ」


 ヘリオンはダスクに追いつくと、その背中めがけて小石を投げつけた。

 頭の後ろに目がついているのか、半身を捻って避けられる。


 ヘリオンも当たるとは思っていない。これは二人にとって、修行開始の合図だ。


「今日は元気じゃねぇか。まだやるのか」

「半人前だからな。修行が必要だろ?」

「ワシに勝っても村から出ることは許さん」

「なにも言ってないだろうが」

「お前の言うことくらい知っとるわ」

「俺が一本取れたら、ステアの行商についていってもいいだろ」

「ならん」

「どうして!」

「ヘリオン………。村の外で悪党と戦うってのはな」


 ダスクは腰に下げていた輝剣を抜いた。

 光が刃を形作り、金属質な音が鳴る。見た目は棒状に引き延ばされた光の板だが、鉄製の剣とは比較にならない破壊の力を持つ。


 剣先でパチパチと光が弾けているのは、空気中の土埃が光刃に触れて爆ぜているからだ。


 焼ける、切れる、削れる、そのどれとも似ているようで違う破壊の現象。魔法によって物体を壊すということは、その物体を『散らせる』ことだという。


「人を殺すってことだ。わかるか」

「わからねぇよ。けど、外に出るときには知らなきゃいけないだろ」

「知らんでいいわそんなこと」

「だったらなんのために剣の修行なんかさせてんだ!村にいてほしいなら大人しく山羊の世話させとけばいい!」

「仕方ねぇだろ!剣振るくらいしか役に立たねぇんだ!黙ってろ!」

「お前がそうさせたんだろうが!」


 踏み込み、振り抜く。受けに回ってはダメだ。

 木の棒では光刃を受けることはおろか、受け流して軌道を反らすこともできない。


 光刃同士であれば魔力が反発しあうが、村にある輝剣は一本。ダスクに攻められてはいけない。

 こちらの攻撃に対応を続けさせて、体力切れを狙う。


「見えてんだよ馬鹿弟子が!」

「うぐぅっ!?」


 見えない!

 視界を塗りつぶす白。ダスクの輝剣が作り出していた光刃が発散し、強烈な魔光がヘリオンめがけて投射された。


 純粋な魔光の塊は、魔法によって刃の効果を与えられていない。つまり人を傷付けることはできなかった。しかし強すぎる魔光は目眩ましとなって隙を生むには十分だ。


 ヘリオンの腹に輝剣が、その柄が刺さる。


 腹に穴が開いたかとヘリオンは一瞬にして背筋が凍り付いたが、既に光刃は消えている。

 石の棒が皮膚にめり込んだだけですんだ。

 内臓が浮き上がる感触。腹に激痛が走る。


「く、くそ、見たことねぇぞそんな技」

「初めて見せたからな。まだお前が知らないことが沢山ある」


 膝を付くヘリオンを置いてダスクは家に帰っていった。


 うずくまり見下ろす地面には、神の光によって薄く影ができている。ヘリオンは振り返り、遠くの空を見た。

 地平の向こうを青白く染める光。まだ見たことのない景色。


「だったら早く教えろよ!クソジジイ!」


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