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 夕の鐘が鳴り、食堂で食事を済ませたあと部屋に戻った。

 自分の寝台に横になり、書庫で知った情報について考える。


 輝剣の持ち主はロックス家のロア・ロックス。

 ウェンディの養子となったヘリオンにとっては、義理の父親にあたる人物だ。白華の騎士であり、セレナが幼いころに亡くなっている。


 この輝剣をカーネリアンに見せたとき、彼が思い出していたのはロアのことだったのだ。何故そこから、かつての従者であり影狼のディークへと辿り着いた?


 白華の騎士として活動していたロアに仕えていたのが、従者ディークだった可能性はある。そしてカーネリアンはロックス家と懇意にしていることからも、ロアがカーネリアンの部下だったという線も考えられる。


 ディーク、ロア、カーネリアン。

 白華の騎士団という場所で三人は共に戦い、ディークの裏切りによってその関係は破壊された。なんらかの経緯でディークがロアの輝剣を持ち出したのだ。


 ますますわからない。

 だったら何故、ディークの孫であるヘリオンにこの輝剣が託されている?


 直接的にロアを殺害したかはわからないが、彼の死にディークが関係していることは間違いないだろう。

 裏切者の影狼の孫に、コルトは息子の遺品を渡したのか。


「………まさか」


 ヘリオンはここで、いままで疑いもしなかった可能性に思い至る。

 もしもヘリオンが本当の孫でなかったら?


 祖父は、両親のことを聞いてもなにも応えてはくれなかった。村の外から流れてきた老人と赤ん坊の過去について、だれも確証を持って語っていない。


 影狼の拠点で出会った、戦闘訓練を受けた少年たち。彼らもどこかから連れてこられて、影狼へと育てられていた。


 ヘリオンも同じだ。中央輝石院に反抗する思想こそ与えられなかったが、不必要な剣の技を叩き込まれた。偶然が重なって輝石院側へと転がり込んだが、あのまま行けばヘリオンが影狼になっていた可能性は十分にある。


 祖父は、いずれヘリオンにすべてを話し、影狼にするつもりだったのか。

 血の繋がらない誰かの子供を……?

 輝剣を与えたのは、そんなヘリオンへの哀れみか。


「うわ、どうしたんだヘリオン。どこか痛むの?」


 部屋に帰ってきたローランが驚いていた。目元を拭って、なんでもないと誤魔化す。


「それより、ローランはどこ行ってたんだよ。食堂でも見かけなかったけど」

「あ、ああ……先輩たちにいろいろ聞いて回ってたんだ」


 ヘリオンが学生寮に戻ってきたときには、ローランは部屋にいなかった。体調が優れずに動けなかった彼も、輝石院の生徒たちの輪の中に入れたのなら良かったと思う。


 ロックス家の養子として、セレナのおまけ程度の扱いを受けるヘリオンが心配することではないのかもしれない。クローラ家も東方都市の議席を任される名家なのだから。


 就寝時間になると、部屋の窓に暗幕が張られてカンデラの光が遮断される。隙間から入ってくる光でうっすらと部屋の様子は確認できる程度だ。この時間だけは、セント・ミラの住民は闇の中で体を休めることができる。


「ねえ、ヘリオン」

「なんだよ。眠れないのか」

「話がある」


 ローランが寝台から起きて部屋の外へと手招きした。他の生徒を起こさないように、ヘリオンも後を追う。

 知り合ってからまだ日の浅い友人だが、いつも柔らかな態度を崩さないローランから只ならぬ雰囲気を感じた。


「話って?」

「近くに誰かいる?」


 よほど話しにくい内容なのだろうか。ヘリオンは学生寮の廊下を見渡し、誰もいないことをローランに伝える。


「ヘリオンは気づいてるだろう?僕にはセント・ミラで生活できる魔光適性がない。今も、遠くの物ははっきり見えないんだ」

「すぐ慣れるさ。休息期間で良くなってきただろ」

「六年間はもたないよ。そもそも、適性が基準を満たしていないんだ」

「なんだって?」


 輝石院が求める第一の条件は魔光適性だ。それさえ満たしていれば曰くつきの子供だって騎士の一声で入ることが許される。なぜローランは輝石院に入学できたのか。


「そう。君と同じ、なんて言ったら悪いかな。クローラ家が輝石院と交渉して審査を書き換えたのさ」


 ヘリオンも本来なら審査に通る経歴ではない。聖騎士カーネリアンや騎士ロズエンの力によって裏口を通ってきたに過ぎない。ローランは別の裏口を使っていた。


「魔光適性も惜しいところまでは見込みがあったし、曾祖父の代から輝石院を卒業しているからね。入れてみて様子を見ようって話だったのかな」


 そして輝石院に来たローランは、休息期間を経て自分の適性が足りていないことを痛感していた。


 過去に一度でもセント・ミラを訪れた経験のある生徒は、一日あれば問題なく外を歩けるようになったが、ローランはその経験があっても、目が見えるまで三日が必要だった。


「いずれ僕は、輝石院を退学してセント・ミラを去るだろう。その前にやっておきたいことがある」

「お前、まさか」

「棺の部屋に忍び込む」


 光によって眩む目で、少年は道を外れる決意を固めた。


「休息期間の今、朝の鐘が鳴るまでは教会に人が入らない。輝石院の活動が始まれば僕らも時間を作れないし、奉仕活動をする生徒が一日を通して教会に出入りするようになる」


 ヘリオンと教会を訪れた後、ローランは一人で情報を集めていたのだろう。そして今こそが最大にして最後の機会だと判断した。


「侵入の経路も覚えた。ミラ湖の浅瀬を歩いて行けば、棺の部屋へ直接入る階段がある。ただ問題があってね」


 ここまで来ればヘリオンにも話が分かってきた。


「俺に、目の役割をしろってことか」

「さすがだね。特に水面は光が乱反射して、僕には階段が見えないと思う。ヘリオンは釣りをしても大丈夫なくらいだ。浅瀬を渡るときにも教会の構造が把握できるだろう」


 いくら人が少ないといっても、無人ではない。教会の人間に見つかれば厳罰は免れないだろう。大騎士から言われたばかりだ。


 協力してはいけない。

 ローランを引き留めるべきだ。


 ヘリオンは白華の騎士になるために中央輝石院へ来た。

 その都合を抜きにしても、ロックス家の迷惑になることはしたくない。もしヘリオンが罰則を受けるようなことになれば、姉弟のセレナの評判だって落ちるだろう。


 輝石院の授業が始まってもいないうちに、規則を破るなんて馬鹿げている。


「一緒に来てくれないか」


 共に行こうと誘う声は、いつもヘリオンを間違った道に近づけていた。


 東方都市でステアと別れたとき、握った彼女の手の感覚は今でも思い出せる。

 騎士団と戦う仲間を置いて逃げ出した、卑怯者の手。

 ヘリオンはステアと共に影狼になる道を選ばなかった。すでにそれは外れた道だったからだ。


 だがローランはどうだ。

 彼はただ母親の姿を一目見たいだけじゃないか。影狼のような秩序の破壊者ではない。カンデラの光によって分かたれた、母親との最後の瞬間を取り戻したいだけだ。


 ヘリオンには彼の気持ちを完全には理解できない。けれど想像することはできた。

 白華の騎士たちが祖父のダスクを連れ去ろうとしたあの日、ヘリオンも自分を投げ捨ててまでダスクを助けようとした。家族とはそういうものなのだろう。


 ヘリオンは、まだダスクのことを家族だと思っている。


「わかった。行こう」

「本当にいいのか?見つかったら、ヘリオンも僕も退学になるかもしれない」

「見つからないように俺が頑張ればいいんだろ」

「……ありがとう」


 大部屋に戻って輝剣を持ってこようかと考えたが、やめておこう。

 戦いに行くわけではない。それに、輝剣の持ち主を知った今、あれを使って不正を働いたとなれば、ロア・ロックスの名誉も傷付けてしまうきがした。


 ヘリオンとローランの二人は、身を隠す影もないセント・ミラの夜を走り、再び大聖堂へと向かう。


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