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 教会の大聖堂に入ると、中は空いていた。今は外で集会をしているからだろう。


 セント・ミラの建物全体に言えることだが、カンデラに向けて大きな窓を作り、その光を存分に取り込もうとする構造をしている。


 扉を開いてまず正面に見えるのは外の光。神と称えるカンデラの威光。祈りを捧げる場所として、これ以上の場所はない。


 窓から降りる光の中に跪く騎士がいた。装束の飾りを見るに、大騎士の階級だ。その男は祈りを捧げながら、神に向けてなにかを語りかけている。


「………ん?」


 いやよく見ればもう一人、光の中にいる。若い修道女だ。

 その服を着ていなければ修道女だとも思わなかっただろう。輝石院の学生にも見えない。新入生であるヘリオンたちよりもさらに年若い少女だった。


 騎士の男は祈っているのではなく、あの修道女と話している。

 大人の男が幼い少女に跪いているようにも見える構図は、荘厳さよりも滑稽さが勝った。


「たぶん教会を担当されている大騎士様だ。あの方に聞いてみよう」


 ローランと中に入ると、すぐに大騎士の男はこちらに気付いた。ほんの一瞬だけ、ヘリオンたちを探るように見ると、すぐ笑顔を作った。


「よく来てくれた、輝石院の新たな生徒たち。休息期間を遊んで過ごす生徒も多いが、カンデラの信徒として勤めを果たしてれて嬉しいよ」


 新入生の休息期間に合わせて、上級生たちも一時的に授業や奉仕活動を休んでいる。外の集会に集まっている生徒はよほど敬虔な信徒か、趣味で歌いに来ているのだろう。


「はじめまして。僕はローラン・クローラといいます。棺の部屋への立ち入りを許可してほしいのですが」

「棺の部屋に?」

「はい。母がカンデラへと旅立つ準備をしているのです。光葬の儀には立ち会えなかったので、最後のお別れをさせてください」


 ローランと大騎士が話しているあいだ、ヘリオンはその後ろの修道女のことが気になっていた。

 彼女はヘリオンに向けて手を振り、その存在をわざとらしく主張してきたのだ。


 なんなんだ、こいつ……?

 大騎士の手前ヘリオンは黙っていたが、不可解な行動に眉を顰める。それを見て満足したのか、少女はクスクスと笑っていた。


「ローラン・クローラ。残念だが、息子の君であろうと棺の間に入ることは許可できない」

「な、なぜですか!家族には旅立つ前に別れをいう義務があります!」

「その別れを得る最後の機会が、光葬の儀だったのだ。安心なさい。お母様はいずれ、カンデラから降りそそぐ光の一柱となり、君を見守ってくれるよ」

「そ、そんな、でも……」


 棺の部屋へ立ち入れないことをローランも知らなかったのだろう。納得いかないという顔で、反論の言葉を探している。


「これはカンデラ教会が定める最も重要な掟の一つだ。破った者にはそれ相応の罰を与えねばならん」


 毅然とした態度で告げる大騎士の姿に、ローランも口を閉じて頷く。


 その姿に、ヘリオンはかつての自分の姿を重ねてしまった。騎士が提示するこの世界の秩序というものに、抗う術を持たない自分自身を。


「分かり……ました。どうか母をよろしくお願いします」

「ああ。灰守りができれば、真っ先に知らせよう」


 ローランは踵を返して教会を後にした。扉が閉まるときまで、やはりあの修道女の少女がにこやかに手を振ってヘリオンを見送っていた。


 無言で歩く友人を追いかけるためヘリオンも後に続く。あの修道女のことも気になったが、今はローランのことを優先したかった。


「残念、だったな」

「うん。まあ、しかたがないよ。光葬の儀に間に合わなかった僕が悪い」

「そんなことないだろ。部屋に入るくらい許してほしいよな」

「教会にもいろいろあるんだろうね」


 力なく笑うローランを、やはりヘリオンは励ますことができない。

 どれだけ知識や常識を身に着けていっても、ヘリオンはこの国の住民としての実感が欠けていた。


 光葬という儀礼が持つ意味や、灰守りを待つ者の気持ち。そして母親を失う悲しみでさえ、両親に会ったことのないヘリオンにはわからない。


 空気を変えようと、ヘリオンはあの修道女を話題に出した。


「あの女の子を見て思ったんだけど、セント・ミラって俺たちより若い子供を見ないよな」

「えっ、どういうこと?」

「ほらいただろ、騎士の後ろに小っちゃい子が」

「………」


 そこでヘリオンは思い至る。騎士と修道女はカンデラの光が降り注ぐ中にいた。ヘリオンも最初はそこに修道女がいると気づかなかったのだ。


 まだ完全に目が慣れていないローランには、あの少女が見えていなかったのだろう。


「あー……奥の方にいたんだよ。こっちを見てふざけてる子が」

「そっか。セント・ミラで生まれる子供は少ないからね。この街の人も、子供が大きくなるまでは四方都市で育てるんだって」


 二人のあいだに沈黙が降りた。


 彼が抑えつけていた劣等感。魔光適性の低さによる世界の見え方の違いを、ヘリオンは不用意にも口に出してしまった。


「ちょっと疲れたから、部屋に戻るよ。付き合わせちゃってごめんね」

「気にするなよ」

「ヘリオンはどこか遊びに行きなよ。また後でね」


 そう言ってローランは足早に学生寮へと戻っていった。

 ヘリオンとしては一緒に部屋に戻り、剣の訓練を再開したかったが、今ローランと顔を合わせるのも気まずい。夕の鐘が鳴るまではどこか出かけた方がよさそうだ。


 首に掛けた灰守りを手に取って、カンデラの光に晒してみる。


 その薄紅色が今では血の色に思えた。誰がヘリオンを守ってくれるというのだろう。


 セレナに聞いてみるのが手っ取り早いが、この休息期間で彼女を捕まえるのは難しい。女子寮に籠っているか、街の中を逃げ回っている。


 教会に戻って、灰守りについて聞いてみようか。

 それも気が進まなかった。あの変な修道女に絡まれるかもしれないし、ヘリオンは白華の騎士には疑いを掛けられることが多い。


 自分の出自や、それに関わる人たちが沈黙によって真実を隠していることを、ヘリオンは感じずにはいられない。

 せっかくセント・ミラに来たのだから、自分の足で調べて見ようと考えた。


「たしか、輝石院の書庫だったかな」


 かつて騎士ロズエンが教えてくれた、ヘリオンが持つ輝剣の宣誓文。

 二つとないそれを調べれば、あの輝剣が本来誰の持ち物だったか分かるはずだ。


 これはヘリオン自身のことではなく、ダスクの過去に繋がる真実だろう。しかし、それを含めて自分の運命なのだとヘリオンは考えている。


 本格的に輝石院での授業が始まる前に、調べておくのも悪くない。

 そう決めるとヘリオンは輝石院へと向かった。


 ミラ湖に沿って広がるセント・ミラの街。その最奥に建てられた中央輝石院は、白華の騎士団の本部を含めて様々な役割を持つ。

 その一つがこの国の公的な記録を取りまとめた書庫だ。


 新入生の身分で利用できるか心配していたが、受付からは快く出迎えられた。

 ヘリオンが騎士宣誓の記録を読みたいと話せば、受付の女性は笑って手元にあった本を差し出した。


「この時期はよく貸し出されるのよ。白華の騎士に憧れる新入生は多いからね。今年は君が一番乗り」


 自分が騎士になったときの宣誓を、今から考えるための参考にする学生が後を絶たないらしい。

 夢見がちな少年が予想通りやってきたと思われていたのなら、少し恥ずかしかった。


 本を持って席に着く。重厚な装丁を開いてすぐにヘリオンは後悔した。

 ページには厳めしい言葉遣いで白華の騎士とは何たるかが書き示されており、まだ学の浅いヘリオンには全てを理解できない。


 肝心の騎士宣誓の部分についても、その騎士がどこの生まれだとか、輝石院ではどれほどの成績を示したかを賛美する文章がずらりと並び、目当ての騎士宣誓を探すには骨が折れるだろう。


 これは誰かに聞いたほうが早かったか。本の持ち出しは禁じられているので、書庫にいる人を頼らなければいけない。


 騎士や、騎士団に所属する従者らしき人物は見つけられるが、彼らに聞くのは憚られた。

 ヘリオンが知りたいのは、おそらく影狼ディークと戦い命を落とした騎士についてだからだ。余計な詮索を入れられたくはなかった。


「なんだヘリオンじゃない。なにしてるの?」

「セレナ、助かった」


 書架の裏から大量の本を抱えて出てきたのはセレナだった。上級生から逃げてこんなところに隠れていたのか。

 考えてみれば、彼女はロックスの屋敷でも書斎の本をよく読んでいた。探すのは簡単な話だったのだ。


「手伝ってくれよ」

「いいわよ。なになに……白華の騎士団叙任の記録?」

「輝剣に刻まれてる宣誓文が誰のものか知りたかったんだけど、探すのが大変でさ」

「そう……やっぱり自分で調べなさい」

「なんだよ急に」

「教えたくないわ」


 そっけなく言って立ち去ろうとするセレナの肩を掴み呼び止める。教えたくないということは、知っているということだ。


「なにを隠しているんだよ。いや、なんでセレナがこの輝剣について知ってるんだ。これは俺のジジイが持っていた物なんだぞ」


 ダスクは影狼としての活動が明るみになる前は、従者として白華の騎士団に所属していたという。その時期につながりのあった騎士と、ロックス家には関わりがあるのだろうか。


「いいかげん教えてくれ。家族になってくれたんだろ?」


 ヘリオンは姉となったセレナのことも、迎え入れてくれたロックス家のことも信頼している。カーネリアン卿がロックス家にヘリオンを預けたことにだって意味があるはずだ。


 彼らの思いに報いたい。この輝剣に隠された秘密は、そのためにも知るべきだ。


「ああもう……ロックス家にいるわけじゃないし、話してもいいのかしら」

 

 意外とすぐに、セレナはヘリオンの押しに負けてくれた。抱えていた本を机に置き、ヘリオンの隣に座る。


「おじい様とお母様は、あなたに隠そうとしていたからね。二人は、私が気づいてるとも思っていないでしょう。私から聞いたなんて言わないでね?」

「ああ、もちろんだ」


 セレナは記録書を見てすぐにその概要を理解したようだ。


「この部分が騎士が叙任した年。そしてここが宣誓文よ。四八八年、一四年前の記録を見て」


 やはりセレナは、ヘリオンが一度だけ言った宣誓文が誰のものか正確に理解していた。

 指定されたページを探す。それは分厚い記録書の内の、ほんの新しい部分の記録だ。騎士になった年齢を考えれば、今生きていたら三十代の中頃になっているだろう。


「ないな……。四八八年に叙任された騎士はいない」

「そんなことないわ、別のページに載っているでしょう?」


 一緒になってページをめくるが、やはり探している年の記録も、例の宣誓文も見つけられなかった。


 白華の騎士は毎年必ず選ばれるわけではない。誰も基準を満たさなかった場合は、叙任されない年もありえる。しかし、宣誓文が見つからないのはどういうことだ。


 騎士ロズエンはこの輝剣と宣誓文が本物だと考えていた。誰かが作った偽物ではないだろう。


「お父様の記録が消されている?」


 呆然と呟くセレナの言葉。それが答えだった。

 ロア・ロックス。その名前はロックスの屋敷で何度か聞いた。彼があの輝剣の本来の持ち主だというのか。


「このことは誰にも言っちゃダメよ。隠すだけの理由があったのかも。ヘリオンも、無暗に騎士へ聞かない方がいいわ」

「あ、ああ。わかってる」

「私も少し考えるわ」


 そう言って書架の向こうへとセレナは去っていった。

 とても灰守りについて聞ける雰囲気ではなかった。最後に見せたセレナの表情は、強い怒りが込められていたのだから。


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