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23.
入学式典での聖騎士カナディン卿が語った不気味な言葉。
余命宣告を受けたのだと感じる新入生たちの不安を置き去りに、中央輝石院での生活は始まった。
まず生徒たちに与えられたのは学生寮の部屋と、五日間の休息期間だ。
セント・ミラの光の中での生活を始めるにあたって目を慣らす必要がある。初日に目が見えなくなるのは誰にも起こりえる症状だ。解消されなければ授業どころではない。
入学より前にセント・ミラを訪れた経験のある新入生たちは、早々に目を慣らして動けるようになった。そんな彼らは上級生に誘われて街へと出ていく。
それぞれの出身地で元から顔見知りだったり、出身は違うが有望な新入生と仲良くなっておこうとする上級生は多い。
それは新入生にしても同じこと。この輝石院で作った人脈が今後の人生を大きく左右する。
休息期間中、セレナは特に人気者だった。
東方都市を開拓した名家の跡取り娘。そして高い適正を持ち、セント・ミラの生活にも順応している。
セレナを知る東方地域の出身者は、彼女との繋がりを得ようと積極的に誘いに来た。セレナも久しぶりに会った同郷の子供との再会を喜んでいたが、情報が広まるにつれ別地域の出身者も彼女の元を訪れるようになると、その無遠慮な社交から逃げ回るようになった。
やがて気が乗らない誘いを断るときに、セレナはヘリオンを差し出しはじめた。
ロックス家の男児であり、セレナ同様に休息期間中でも平然と街を歩くヘリオンも、周囲からの評価は高い。
しかしヘリオンが輝石院入学直前になって養子に取られた子供であり、元は辺境の村出身だと知れると、彼らはセレナにしてやられたと気が付いた。それでもセレナと縁を結ぶ切っ掛けとして、ヘリオンを誘う手は少なくなかった。
休息期間の四日目。いよいよ嫌気が差したヘリオンは学生寮から出ないと決める。部屋で剣の訓練をしていたほうがましだ。
新入生に与えられた部屋は、男子十人が暮らせる大部屋だった。学生寮はこのような部屋がいくつもある巨大な建物だ。
部屋の中には何人かの生徒が残っていた。まだ光の中で目が慣れていないのか、単純に環境が変わったせいで体調を崩しているのか。あるいはヘリオンのように人付き合いを嫌った者たちだ。
「剣の修行を欠かさないとは、さすがだね」
持参した木の棒を振るヘリオンに声がかかる。ローランだ。彼は目が慣れずにずっと横になっていたが、今は体を起こしてヘリオンを見ている。
「大丈夫なのか?」
「やっと楽になってきた。ちょっと痛むけど、見えるようになったよ」
就寝前に、彼が泣いていたのをヘリオンは知っている。同級生がセント・ミラでの生活を順調に始めるなかで、ローランのように目が慣れていない者たちのことを出遅れ組と揶揄する声もある。
ヘリオンは新入生の中でも順調な滑り出しをしたという自覚があった。ローランを慰める言葉も見つけられず、彼の隣で黙って眠るしかなかった。
「食堂になにか食べに行こうぜ。差し入れのパンじゃ物足りなかっただろ」
「ああ、そうしようか。セント・ミラの食べ物にはもう慣れたかい?」
「魚が思ったより美味しくないし、肉も硬い」
「ここの食事の不味さは有名なんだ」
自分も贅沢を言うようになったものだと、ヘリオンは自嘲する。
東方地域で一番の都市部にあり、上流階級のロックス家で出されていた食事はどれも美味しかった。
セント・ミラの食事はそれに比べれば質素なものだが、ヘリオンが育った山岳地の村に比べれば十分過ぎるほど多彩だ。
ただ肉の硬さだけはどうしても気になる。村の山羊のほうがよほど食べやすかった。
全生徒が集まる食堂は、昼の鐘を過ぎたあとでもそれなりに混雑していた。何とか席を見つけて、煮込んでもなお噛み応えのある羊肉のスープを並べる。
「ここの羊肉はセント・ミラの教会が育てているものだけど、カンデラの光の近くで育った羊は硬くなるんだ。食肉を目的に飼っているわけじゃないから、仕方ないけどね」
ローランの説明に納得した。カンデラの光から遠い村の方が美味しい肉が作れるというのは意外だったが、だからこそあの村では山羊飼いで生活が成り立っていたのだろう。
「どこか出かけようか?ローランはセント・ミラに来たことがあるんだよな」
「前に来たときも、今回みたいにずっと動けなかったからね。初めてみたいなものさ」
「だったら釣りにいかないか?俺は魚は苦手だけど、釣りは楽しいぞ」
セント・ミラで子供たちに人気の娯楽といえば、騎竜競争、魔法の勝負、そして魚釣りだ。
騎竜に乗って区間内をどれだけ早く走れるかを競うのが騎竜競争。しかし新入生には騎竜の貸出がされないため参加することができない。
魔法の勝負も同様だ。比較的安全とされる魔法も、新入生が使うには許可が必要だ。許されるならヘリオンも輝剣の訓練をしていただろう。
魚釣りはどんな生徒でも楽しめる遊びとして人気がある。この休息期間中も、新入生を誘う口実として釣りは常套句になっていた。
ヘリオンも何人かの上級生に誘われてミラ湖の桟橋に出かけたが、彼らが話しかけるせいで釣りに集中できなかった。
ローランとなら釣りも楽しめるだろう。
「僕は釣りが苦手でね。それに、ちょっと行かなくちゃいけない場所があるんだ」
「へぇ、どこなんだ?」
「カンデラ教会の墓所……棺の部屋に」
「ひつぎ……?」
カンデラ教会によって死者の葬送が行われているのはヘリオンにも分かる。ローランの親族がここの墓所に眠っているのだろうか。
「一緒に来るかい?あまり楽しい所ではないけど」
興味を引かれたヘリオンは頷き、ローランと共に教会へ向かった。
カンデラ教会。
今は目前に見える大輝石、光の神カンデラを崇め、信仰を実行する役割としてカンデラ教会は存在する。ヘリオンにとっては、その知識も東方都市で暮らしているうちに身に着けたものだ。
光の神から遠い村では教会が建てられていなかったため、教会という組織に馴染みがなかった。
結婚は村の慣習に沿って行われていたし、誰かが亡くなれば別の町から司祭を呼ぶくらいだ。
どちらも余裕のある家がやることであり、ほとんどの村人は身内で弔いをすませて村の近くの墓地に葬っていた。
ヘリオンにとって教会とは、セレナと一緒に通った集会の印象が強い。街の住民たちが集まって聖歌を歌う憩いの場だ。
「この国のほとんどの人はその死後、土に埋められるけど、そうならない人もいるだろ。神に選ばれた人たちさ」
中央輝石院を卒業してこの国に功績を残したとされる人が死後向かうのは、土の下ではない。神の光によって魂が天上へと導かれるのだと信じられている。
その葬送の様式を、光葬という。
遺体を特殊な魔法で保護しながら長い時をかけてカンデラの光に晒すと、その体は灰となる。
肉体に囚われていた魂は解放され、カンデラの元で安らぎを得るとともに、光さす場所を守護する英霊として名が刻まれるのだ。
「それはとても、名誉あることなんだ」
湖畔の道を歩きながら教会へ向かう。ローランは光葬について、歴史書の記述を読み、ただの事実を口にするように語った。
「誰か、ローランの家族がいるのか?」
「いる……というより、今は旅立つ途中だね」
セント・ミラの教会は大聖堂とも呼ばれる。この国で最も古い建物の一つだ。カンデラの光を浴び続けて風化してもなお、その威容は失われない。
教会の庭を見ると人が集まっているのが見えた。東方都市と同様に、住民たちが聖歌を歌っている。中には輝石院の生徒たちも多く見られた。
「半年前、僕がセント・ミラに来ているときに母上が亡くなった」
「………」
「事故だったって聞いてる。僕が東方都市に帰るのと入れ替わりに、母上はこの大聖堂の中にある棺の部屋へ運ばれた。光葬の儀は大聖堂で執り行われたけれど、僕は体調を崩していたし、すぐにセント・ミラに戻るのは危ないって言われてね」
ローランはカンデラの光を見つめる。刺すような痛みに耐えながら、彼は目を反らさなかった。
「お別れを言えなかったから、一目だけでもお会いしたくて……」
体調が万全ではないローランを一人で出歩かせるのは心配だったが、家族との別れにヘリオンが立って良かったのだろうか。
「どうして俺を誘ったんだ?」
「ヘリオンも灰守りをしてるじゃないか。君なら分かってくれると思ったんだよ」
今も首からかけている首飾り。それは義理の母であるウェンディから貰ったお守りだった。灰守りだという名前は知っていたが、その名前の由来は聞いたことがない。
ヘリオンはふと、ロックス家の人間が黙っていたのだと考えた。
「灰守りの灰って……光葬された人の灰ってことなのか?」
「当たり前だろ。知らなかったの?」
ならばこれは、誰の灰だ?
まず思いつくのはセレナの父親であり、ウェンディの夫だ。ロックス家で亡くなった人についてヘリオンの知っている人物は彼くらいだ。
しかしこの灰守りを渡すとき、ウェンディは母親の代わりだと言っていた。ヘリオンもそう思ってこの灰守りを大切にしていたため、男の灰だというのは違和感がある。
別のロックス家の人間か、ウェンディの知人だということか。
セレナはきっと知っているだろう。ヘリオンには確信があった。




