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22.




 東方都市からセント・ミラへの旅は二日続いた。


 セント・ミラはこの国の中心都市だ。法を司るカンデラ教会や、実質的に政治の全権を握る中央輝石院がある。力関係でいえば四つの四方都市を合わせてようやくセント・ミラと釣り合うようだ。


 東方都市よりさらに栄えた都会なのだと想像したが、東方都市を離れるにつれ大街道の人通りは減っていく。その反面、道幅は広く整然としていった。


 それもそのはずだ。魔光適性を持った人間しか立ち入ることのできない街。中央輝石院に入学するために必要な適性を持つ人口を考えれば、街の規模は小さいだろう。


 白い一本の道が平原を貫く。

 異様に真っ直ぐなその道が向かう先には、カンデラの光が浮かんで見えた。


 国の端、神様から遠い場所より旅を始めたヘリオンは、ついにこの国の中心地へと近づいていた。遠くから眺めていたあの光が、いまでははっきりと見える。


「いつも当たり前に見ていたけど、こうして近くで見ると不思議だな」


 竜車での旅は順調に進み、新入生の一行は国の中心にある湖、ミラ湖に近づいていた。


 ミラ湖の上に浮かぶ一点の光。古来から人々が光の神と崇める巨大な輝石。実際には光源の中にあるその岩を見ることはできない。だから光の神と呼ばれるのだろう。


 こうして直視すると、たしかに信心深い気持ちにさせられた。

 あの光があるからこそ世界は照らされている。


 新入生を乗せた竜車の隊列は、ミラ湖の湖畔を進む。

 周囲は白い砂場が広がり、浜には静かな波が寄せている。湖面が鏡のように光を反射して、まるで湖全体が輝いているようだ。


 別の世界に来てしまった。止むことのない水音を聞きながら、ヘリオンはその美しい景色に心を奪われていた。


「ヘリオン、大丈夫か?」

「なにが?」

「あまり直視すると目を悪くするよ」


 輝石が放つ魔光を浴び続けると引き起こされる様々な魔光障害。表面化しやすい症状の中で代表的なのは視力の低下だ。


「でも思ったよりは見えるな。もっと真っ白で、なにも見えないのかと思ってた」


 カンデラの光は遠く離れた山の上まで届く。その強すぎる光に照らされるセント・ミラでは普通の生活はできないと覚悟していたが、周囲の様子も把握できるし、遠くの湖畔に見える街の姿も見ることができた。


 実際に光は眩しく、視界が白く塗りつぶされているが、人や物が持つ輪郭と存在感をはっきりと感じ取れる。ヘリオンが戦闘中に感覚を研ぎ澄ませたとき、相手の行動や周囲の様子を感じる現象に似ていた。


「いいなーヘリオンは目がよくって。わたしほとんど見えないよ。真っ白!」


 目を閉じてアーレッタがおどけて見せる。


「大丈夫よ。何日かすれば慣れて見えるようになるわ。ローランも心配しないでね」


 セレナが同乗する二人に声をかける。東方都市を出発したときには賑やかな会話が止まらかった彼らも、カンデラに近づくにつれて静かになっていった。


 旅に疲れたのだろうと思っていたが、徐々に視界が奪われていく不安から口を閉ざしていたのだ。

 平気な顔で外を眺めていたのはヘリオンとセレナだけだった。


「あ、見てヘリオン!輝石院の先輩たちがいるわ」


 竜車から身を乗り出したセレナが指さす方向。丘の上から数頭の騎竜がこちらに向かって駆け寄ってくる。乗るのはヘリオンたちよりも少し年上の少年だった。


 彼らが着る輝石院の制服は薄い灰色で、白華の騎士団が纏うそれよりも軽装だ。


 ミラ湖周辺より外の平原地帯では馬が一般的な移動手段だが、カンデラの光が強い場所へ馬は近づくことができない。馬は外国から導入されたものであり、元々はこの地に生息していなかった。


 カンデラの地に人が住むよりも前から、竜はこの光の中で生き続けていた。竜の目には光の世界の全てが見えていると言われている。

 新入生の迎えに竜車を用意したのは、馬車では途中までしか辿り着けないからだった。

 輝石院では騎竜の扱い方も学ぶことになるだろう。


「ようこそセント・ミラへ!中央輝石院は君たちを歓迎する!」


 先輩の学生が声を上げ、輝石をはめ込んだ棒を振り上げる。すると色鮮やかな光が弾け、美しい模様を作った。隊列の横を駆け抜けながら、彼らは宙に一枚の絵画を描いていく。


 聖歌の中でも歌われる伝説の一幕だ。かつて世界に闇が満ちていた時代、始まりの聖人が命と引き換えに光をもたらしたとされる。彼の魂は今もカンデラと共にこの地に住まう人々を見守っている、その様子が描かれていた。


 先輩の見事な演目にそれぞれの竜車から歓声が上がる。

 ヘリオンも目を奪われていた。輝剣や光弾、あるいは白燐錠といった戦闘にまつわる魔法に馴染みのあるヘリオンにとって、ただ美しいだけの魔法は新鮮だった。


「貴様ら、なにをしている!」

「やべ、騎士様のご登場だ、逃げろ!」


 護衛についていた白華の騎士が、先輩たちを追い払った。あの騎士ならば近づく前に対応できたはずだ。


 魔法を披露するまで出てこなかったのは、お互いに承知の上だったのだろう。

 輝石院に入学する生徒を先輩が出迎える風習があり、かつてあの騎士にも経験があったのかもしれない。


 それからほどなくしてセント・ミラの正門に辿り着いた。


 セント・ミラはミラ湖南方の湖畔に位置する。街は東方都市で見た建築とよく似た雰囲気を持つが、より無駄を省き、表面の起伏が少ないように見える。


 街の中心的な通りを進んだ先に、巨大な建物が見えた。

 中央輝石院。白い石造りの城は、カンデラへ続く道の最後の砦。神に最も近い場所からヘリオンたちを見下ろしている。


 輝石院の前には他の地方からやってきた竜車が並んでおり、新入生たちが集められていた。東方地域の出身者と合わせれば、全体で百人程度だろうか。


 輝石院の教師だという人物が指示を出し、ヘリオンたちも他の新入生の集まりに加わる。


「……降りるのか?」

「ローラン?」


 竜車から出ようとするローランがヘリオンに声をかけた。

 彼は目を細めて周囲の様子を探っている。あまり見えていないのだろうか。


「俺の肩に掴まれよ。竜車から降りて輝石院に入るみたいだ」

「あ、ああ。そうするよ」


 ヘリオンはローランを、セレナはアーレッタを連れて他の生徒たちとともに歩いた。ローラン以外にも、初めてセント・ミラを訪れた生徒の多くが周囲の状況を把握できていない。目が見える他の生徒に捕まって歩いている。


「………」


 輝石院の人間たちは、そんな新入生たちを観察し、だれが目を閉じ、だれが目を開いているかを観察している。中には遠くからこちらを見て、手元の書になにかを書き込んでいる大人もいた。


 すでに評価は始まっている。輝石院の露骨な態度を目に、ヘリオンの緊張感が引きあがる。


「嫌な感じね」


 セレナにも同じように見えているのだろう。後ろを歩くローランやアーレッタには見えていない。


 輝石院の建物に入ると光が落ち着き、生徒たちも目が見えるようになった。

 窓からは十分な光が入り込み、内部は明るい。


 やがて新入生たちは大きな広間に並べられた。周囲には上級生も集まっている。


 広間の壇上に並ぶのは白華の騎士だ。白い花の意匠をつけた騎士が生徒を見守っている。


 ヘリオンはその中に知っている顔を見つけた。騎士カーネリアンだ。

 壇上に並ぶ騎士よりも一歩前に立ち、儀礼的な装飾品を控えめにつけている。


 白華の騎士にはいくつかの階級がある。

 ヘリオンと共に影狼と戦った騎士ロズエンのように、実働部隊として活動するのは低い階級の騎士だ。低いといっても数多くの従者を率いて戦う実力者である。

 一般的に白華の騎士と呼ばれるのは彼らのことだ。


 騎士の取りまとめ役として、上位の階級である大騎士が存在する。

 地方全体を統括したり、輝石院の運営を行う彼らを目にする機会は少ない。今回は新入生との顔合わせに来たのか、壇上の上に並ぶのはいずれも大騎士たちだった。


 そして大騎士よりもさらに上位の存在。

 中央輝石院や白華の騎士団全体の意思決定を司り、カンデラ教会からこの国で最高の権限を与えられた騎士を、聖騎士と呼ぶ。


 並ぶ大騎士の前に立つカーネリアンは、この国にわずか三人しかいない聖騎士の一人だった。


 旅立ちの日以来、改めて目にした騎士カーネリアンは、やはりどこか異質な存在として目に映る。


 この魔光に満ちたセント・ミラの空気を飲み込み、周囲の空間を歪ませているようだ。それはもちろん目の錯覚にすぎないが、それだけの圧力をカーネリアンからは感じる。


 もう一人、カーネリアンの隣に立つ老人がいた。

 聖騎士サニディン卿。


 最高齢の騎士。階級はカーネリアンと同等だが、実質的に白華の騎士団の頂点に立つ男。

 それはこの国の最高権力者といっても間違いではない。


 サニディンからも、やはり異様な雰囲気を感じる。人の形に穴を開けた空間を老人という体で蓋をしている。

 閉じた目がすべてを見透かしているような恐ろしさを感じた。


「さあ、未来ある子らよ。神の元へよく来てくれた。セント・ミラへようこそ」


 年老いながらも良く通る声でサニディンが語りかける。


「カンデラに選ばれた君たちは、輝かしい未来を求めて中央輝石院を訪れたことだろう。あるいは、大きな期待を背負い、自らの意思に反してこの場所に立っていることだろう」


 子供たちはそれぞれの理由でここに来た。将来の地位。家族からの願い。

 ヘリオンは生きるための正しさを求めて。


「我ら白華の騎士は、君たちを導こう。だがそれは約束ではない。いつか君たちが闇の中へと滑り落ち、大いなる絶望に沈む日が訪れる」


 騎士からの宣告が、広間へと静かに染み渡る。


「そのときは思い出してほしい。隣にいる友の手を。カンデラが照らす、光の世界を」


 与えられるのは個人のための力ではない。必要とされるのは一人が生きるための富ではない。

 光り射す場所を守るため、子供たちはその身を捧げられたのだ。


「中央輝石院へと足を踏み入れたこの時より、君らは神の使徒として、光の中へ殉じる使命が科される。その身が朽ちて焦がれる日まで、カンデラの地に刻まれた楔の一つであることを、我らは望む」


 ヘリオンたちは思い出した。

 中央輝石院が単なる学校ではなく、この世界を固定するための選別装置であることを。


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