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19.
坑道内に隠れた影狼を追い立てるように、持ってきた魔光灯の明かりを強くする。
二つの部屋を通り過ぎたが、すでに影狼たちは奥に逃げている。セルゲイたちの方へ抜け出す影狼がいないか警戒しつつ、北側の出口へと向かった。
狭くなっていく通路に反響してロズエンの声が聞こえてくる。魔法の発動音も、それに伴う光の瞬きもない。
戦闘は終わっているのだろうか。
彼らがいる場所に近づくごとに、首筋に刃を当てられたような圧力を感じた。曲がり角から踏み出せば、そこにはロズエンがいるはずだ。
従者と平静な態度で会話をしている中でも、近づいてくる気配に対してこれだけの警戒を続けている。
大丈夫だと分かっていても、姿を表すことにヘリオンは躊躇した。
間違って攻撃されないだろうか。
「………ヘリオンか。一人か?西側はどうなった」
ロズエンは角の先を見ることなく、ヘリオンの存在に気づいて警戒を解いた。ロズエンのいる通路に出て、ここまでの経緯を説明する。
「こっちは影狼を三人拘束しています。戦闘で従者の二人が怪我……しました………」
話している途中でも思わず、その惨状に目を奪われた。
狭い坑道に残された戦闘の跡。輝剣が走った切断面。光弾に抉られた岩肌。何かを叩きつけたように見える、砕かれた岩盤。真新しい血の跡。
そしてロズエンの後ろで拘束されている四人の影狼。そのうち二人が子供だった。
彼らを、たった二人で?
西側で戦った少年と同等の力を持っているとすれば、ロズエンはヘリオンが四人同時にかかっても相手にならない力を持っている。大人の影狼だって共に戦ったはずだ。
これが白華の騎士。従者とは隔絶した実力を持つ、この国の最高戦力単位。
「そうか。逃がした影狼は?」
ロズエンの装束を染める赤色は、全て影狼のものだ。
「外に逃げた影狼はいません。戦闘中にこっちへ逃げたのが一人」
「そいつはあの中にいるのか?」
「わかりません。顔を見てないので」
北側についていた従者によって拘束されている影狼たち。彼らはみな眠らされているようだ。
ヘリオンが村の近くから東方都市まで運ばれるときも同じ魔法をかけられた。
「そうか。怪我人の確認をしたい。案内してくれ」
ロズエンは従者に向けて警戒するよう声をかけ、ヘリオンが来た坑道へと入っていく。
「すまなかった」
道を先導するヘリオンにむけて、ロズエンは口を開いた。彼に謝罪される理由に心当たりはない。
「拠点の規模を見誤っていた。まさか戦闘員の訓練所だったとはな」
「あの子たちは……」
「影狼として育てられ、戦闘員になるか、輝石院へ送り込む予定だったのだろう」
彼らが輝石院の審査を潜り抜け、そして卒業後、四方都市の運営に携わるようなことがあれば、都市の中に拠点を築くことだって容易になる。
それにより輝石院へさらなる影狼を送り込むことも可能になる。
セント・ミラの街がどんな場所かは知らないが、その中枢へ影狼が潜り込んでしまえば、入学審査でさえ意味をなさない。
神に選ばれる。どんな聞こえのいい言葉を使おうとも、魔光適性は血統や本人の才覚によって決まり、そこから自分たちの陣営に都合のいいよう、人の手で選り分けているだけだ。
「ディークは……白華の騎士団で従者をしていた」
「そう、だったんですか」
「かつてはカーネリアン卿と共に戦い、経験を積んだ後は若い騎士の補佐として、長年、騎士団と輝石院に貢献していたらしい。彼が影狼と通じているとわかったときには、奴らの精鋭部隊がセント・ミラに集結していた」
影狼の軍勢を中央へ引き入れたのが、ディークの名で従者をしていた祖父なのだろう。
「十一年前……私が輝石院に入学した一年目だった。潜伏していた影狼たちが街中で破壊活動を行い、その混乱に乗じて本隊が、カンデラへ通じる天の門へと攻め込んだ。あと一歩で、カンデラが破壊されるところだった」
「カンデラを壊す?」
「ああ、光の神が、湖に浮かぶ巨大な輝石だってことはわかるな?影狼にはそれを破壊する手段があるらしい」
「いや、壊してどうするんですか。影狼だってカンデラの光がなければ困るでしょう」
この国の人間が一日を通して生きていけるのはカンデラの光に照らされているからだ。
もしカンデラがなくなってしまえば、世界は闇に包まれる。
ヘリオンたちがいる坑道も、魔光灯の光がなければ歩くことすらままならない。影狼がこの国を闇に沈めるというのは、比喩ではなくそのままの意味だったのだ。
街の生活、平原の街道の中でもカンデラの光があるからこそ、人は進む道を見ることができるのに。
「分かり合えないさ。影狼の考えることは。世界をあるべき姿に戻すと連中は嘯くがな」
白華の騎士として数々の影狼と対峙してきたであろうロズエン。どれだけの影狼と戦い、問いただしても、彼らと共存する方法は得られなかった。
「影狼のほとんどは、カンデラを中心とした権力構造に対しての不満、ひいては中央輝石院と白華の騎士に対しての敵対心で活動している」
魔光適性を持つ者は、障害を抱えるリスクに怯えながらも中央の豊かな街で暮らし、適性を持たない者たちは外周の貧しい村へと追いやられる。
「私も国の制度が完全だとは思っていない。だが、カンデラの破壊を本気で考えるような影狼の存在は、許すわけにはいかないんだ」
白華の騎士と影狼の対立。この世界を照らす光を巡った争いに、ヘリオンは光の側へ立つことを選んだ。
「待て、あれは……」
ロズエンが部屋の天井付近、岩を切り出して段差の部分を見て言った。
採石のために四角く切り取られた形状が多い坑道にはどこにでもあるような空間だ。
影狼が隠れていないか、その気配を探りながらヘリオンは北側まで進んだが、登る手段もないので感覚に頼った探索だった。
ヘリオンは近くにいる人間のおおよその気配を感じることができる。その感覚は今でも、あの段差の影に人がいないと告げていた。
「縄梯子の跡があるな」
確かによく見れば、段差の角になにか擦ったような跡が見える。
しまったとヘリオンは思った。自分の感覚を過信していたのだ。西側と北側にくわえてもう一か所、抜け道がある。
「もう坑道からは逃げているだろう。三つ目の出口か……我々の偵察不足だ」
ロズエンも事前調査の不備が立て続けに発覚したことを認めなければいけなかった。
腰に下げていた輝剣を発動させたロズエンは、目にもとまらぬ速度で岩壁を切りつける。
突然なにをしだしたのかとヘリオンは驚いたが、すぐにその意図が分かった。
岩壁に出来た等間隔の切れ込み。そこに足をかけ、指を差し込めば即席の梯子として使える。
行くぞ、と簡潔に告げるとロズエンは壁を登っていった。後に続くヘリオンは、騎士が見せる輝剣の技術の高さに驚くばかりだ。
輝剣は常に一定の長さに保ち続けるものだと考えていた。それが戦闘中に刃の強度を維持するために必要であり、ヘリオンが日々訓練していることだった。
手元を切るナイフとして小さな刃を作ることはあっても、あのように一瞬のうちに長さや角度を変えていく技は初めて見る。
あれが戦闘中に、対峙する騎士から突然放たれると考えるとそれだけで恐ろしい。
ロズエンは四人の影狼を拘束していたが、始末するだけならもっと容易くできたであろう。
「私では入れないな」
壁を登った先では、ロズエンが岩にできた亀裂をのぞき込んでいる。確かに大人の男が潜り込むには無理がある。ここを通ったのは子供か、少なくとも細身の女性だろう。
「俺が見てきます」
「馬鹿をいうな。出口で待ち伏せされたら命はないぞ。坑道を出て外から入口を探す」
段差から下りて、ヘリオンとロズエンは西側の入口へと進んだ。
戦闘を行った部屋で怪我をしたセルゲイたちの様子を確認し、容体に問題がないか確認したあと坑道の外へ出る。
それぞれの馬と騎竜に乗って、三番目の出口がありそうな方角へと走った。
坑道の中からは正確な方角はわからなかったが、おそらくは東側に通じているはずだ。
地図を見ながら採石場跡を回る。東側はカンデラの光が丘によって遮られる陰地だ。薄暗い岩場に怪しい人影がないか目を光らせた。
やがて、岩の間から不自然に土が掘り出された跡が見つかった。ほんのついさっき掘り返したような、湿り気を帯びた穴だ。
「ここだな。見つからないわけだ。逃げる瞬間になって内側から穴を通したのだろう」
あの光弾の使い手は、仲間が戦っているあいだに未完成の逃亡経路を掘り進め、そして逃げ出した。
穴が最初から用意されていたなら、子供達は西と北の入り口で騎士団と戦おうなんて思わなかったはずだ。
「作戦を終了する。街に帰るぞ」
「……はい」
逃げ出した影狼はもう見つけられないだろう。拠点での戦闘から時間がたっているし、この丘陵地帯に潜伏する人間を見つけるのは難しい。
捕らえた七人もの影狼から新しい情報が得られれば、いずれ追いつめることは出来るはずだ。
「そういえば、どうやって影狼たちを連れて帰るんですか」
ヘリオンたちの部隊はそれぞれ馬と騎竜に乗ってきた。あの人数を運ぶ手段はない。
「元々は、後日別部隊が来て回収させる予定だったが、北側に連中が使っていた荷馬車があった。セルゲイたちを安静に運ぶためにも、あれに乗せていく」
その後は坑道に戻り、休息を挟みつつ帰還の準備を進めた。
西側で戦っていた従者たちからヘリオンの戦いぶりを報告されたロズエンは、都市議会を頷かせるには十分な成果だと頷いて見せた。
ヘリオンと共に戦い、少年に腕を切られた従者が都市議会に報告をするという。
彼はロックス家の養子が輝石院に行くことに異議を唱えた騎士に仕える従者だ。今回の作戦でヘリオンを評価するために派遣されていたという。
作戦が終わった今種を明かしたのは、白華の騎士にとって信頼できると認められたからだろう。
ロズエンの魔法によって眠らされた影狼たち。北側から持ってきた荷馬車に彼らを乗せていく。
採石場跡で人目にふれず戦闘の訓練を受けていた子供。少年も少女も、その手は皮が剥がれ血が滲んでいる。
ヘリオンは痛々しいとは思わない。かつては自分もそうだった。見慣れたものだ。
荷台で眠る彼らはこのあと、どうなるのだろう。
ヘリオンのように再起の道を歩めるだろうか。それを決めるのは彼らであり、白華の騎士団と中央輝石院だった。
まだ入学すらしていないヘリオンが口出しできる話ではなかった。
「……これって」
少年たちが眠る荷台には見覚えがあった。
あの短い旅で、行商人の荷馬車に乗って過ごした思い出がよみがえる。そのときのヘリオンと影狼の少年たちを重ねたわけではない。
荷台の縁。
強い力で握りつぶされ、割れた跡が残されていた。




