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影狼が潜む坑道には、西向きと北向きの二つの入口がある。
カンデラの光は西から差しており、西向きの入口は日が差している。
採石が行われていたときは西側を主に使っていたのだろう。
石材を運び出すのに十分な幅がある。北向きの入口は影の中にあり、人がやっと出入りできる程度の大きさだ。
このような採石場では光が差し込む西側から作業することが鉄則だ。北側は偶然繋がってしまったのか、あるいは影狼が逃げ口として拡張したのか。
事前の偵察では、同一人物が二つの穴から出入りしていることも確認されている。中で繋がっていることは間違いない。
ヘリオンたちは二つのチームに別れた。西側から四名、北側から二名。
西側はヘリオン、セルゲイ、そして他の従者が二名の編成。こちらに人数を振り分け、広い西側から狭い北側へと追い込む作戦だ。
影狼たちが北側から逃げようとすれば、狭い通路でロズエンともう一人の従者が待ち構えている。
戦力の偏りを考えれば、人数差を引いてもロズエンがいる北側が手厚いだろう。
北側は狭い通路で逃げてきた影狼を一手に引き受けなければいけないが、白華の騎士に任せるのが適任だと、作戦に参加する全員が考えている。
心配なのは人数の多い西側だ。
まずこちらからの襲撃を脅威として見せなければ、北側に追い込むことはできない。そして幅の広い坑道から影狼たちを取り逃がすことも許されない。
なにより今回、ヘリオンという不確定要素を抱えている。
「会敵の直前まで輝剣は発動させるな。光と音でばれるからな」
共に行動するセルゲイからは、あの魔法の紐を渡されている。
正式には白燐錠という道具だ。紐の両端に碑文を刻んだ輝石を仕込ませており、魔力を操作して巻き付ければ自動的に結ばれる。
騎士団が扱う装備には他にもいくつかあるが、ヘリオンが渡されたのは白燐錠だけだ。
「影狼を見つけたらまず拘束を狙う。対応されたときは輝剣を発動させろ。この流れはお前にもわかるだろう」
ヘリオンとセルゲイが対峙したときは、まさにその手順を踏んでいた。相手が輝剣で切りかかってくれば、剣術の戦いとなる。
しかし今回は一対一の戦いではない。影狼の輝剣を打ち払うことができれば、別の仲間が白燐錠で拘束する。
「相手の輝剣が俺たちの硬ければ?」
「切り合いだ」
ヘリオンがセルゲイを打ち負かしたときは拘束という決着を選んだ。影狼にそんな優しさを期待することはできない。
四人は西側の入り口にたどり着いた。いよいよ突入のときだ。
「もし……強力な輝剣使いが現れたとき」
セルゲイはプライドを抑え込んでその言葉を口にした。
「ヘリオン、お前に相手をしてもらうだろう。はっきり言って、お前の輝剣の腕は驚異的だった」
かつて負けた年端もいかない少年を頼るのは、彼にとって屈辱でしかない。
ヘリオンの実力を認め、任務に私情を挟まない彼の態度は、セルゲイの誠実さを物語っていた。
「輝剣さえ無力化すれば、私たちが必ず拘束する」
「はい。頼みますよ」
四人はそれぞれ目を合わせて頷き合った。
採石場に来るまでの移動中、ヘリオンの輝剣の完成度は他の従者たちにも見てもらっている。
部隊を率いるロズエン、その上司であるカーネリアンの命令だからと言って、入学前の子供の作戦参加に難色を示していた従者も、これならばと納得してくれていた。
「さあ、行こう。静かにだ」
坑道の奥は、カンデラの光も届かない影が広がっている。
内部は廃棄されたあと整備もされていないのだろう。
拠点として利用されるようになって、まだ日が浅いのか、ツルハシや荷車がそのまま残されている。
しかし通路がわかるように小さな魔光灯が壁に埋め込まれていた。まだ人が使っているという証拠だ。
曲がり角の先に、一際明るい領域があった。
部屋が照らされている。人の影が二人、揺らめいている。
ヘリオンたちはいっそう静かに足音を潜めて近づく。
先頭のセルゲイが様子を伺い、指を二本立てた。やはり二人だ。
曲がり角からセルゲイが飛び出して白燐錠を投げた。すぐに別の従者が続き、ヘリオンが部屋の中を確認したときには影狼と思わしき男が二人、縛られた状態で倒れていた。
混乱状態の男の顎を、走り寄った従者が容赦なく蹴り飛ばす。その男は悲鳴を上げる間もなく気絶した。
だがもう一人は間に合わない。わずかに距離が遠かった。セルゲイがその男に打撃を与える前に、縛られた体を転がして距離を取られた。
仲間に敵の襲撃を伝えるには、その一瞬の猶予で事足りる。
「騎士団が来た!逃げろ!」
叫び終えたところでセルゲイの蹴りが鳩尾に入り、男は静かになった。
坑道の奥にはまだ光の灯った部屋が続いている。そこにいる影狼たちは今まさに逃げ出しているだろう。
だがそれでいい。北側にはロズエンが待ち構えているのだから、ヘリオンたちはこちらに向かってくる影狼がいたときに迎え撃ち、一人も逃がさなければいい。
ヘリオンはこの部屋にまだ隠れている影狼がいないか警戒した。
手狭な部屋には家具らしい家具もない。
いくつかの棚に保存のきく食料が雑多に置かれている。ここは食事をする場所だったのか。男たちがいた机の上には、干し肉とチーズ。
「………」
ありふれた保存食だ。人里離れた場所に滞在するなら、まず選択肢にはいる食事。
石と砂埃に溢れた、薄暗い部屋の雰囲気のせいだろう。ヘリオンは故郷の家を思い出していた。
よりにもよって影狼の拠点であるこの場所が、慣れ親しんだ環境に思えてしまう。
この部屋には二人しかいない。
影狼の男たちも、一見すれば普通の人間に見える。
ヘリオンが悪者だと決めつけてかかっているからか、気絶させられて苦悶の表情を浮かべる様子も、人相が悪く見える。
どこか別の場所ですれ違っても、きっと影狼だとは気づかないだろう。
「進むぞヘリオン!」
「はい!」
従者たちと共に奥の部屋へとすすむ。
その部屋は寝室として使われているようだ。藁を敷き詰めた寝床が六ヶ所用意されている。
外からの偵察では四人までしか確認できなかったが、内部にどれだけ潜んでいるかは分からない。
その瞬間、光が爆ぜた。
奥の物陰から閃光が飛来し、床に転がっていた魔光灯を打ち抜いたのだ。
魔光灯は輝石によって蓄えた魔光を長い時間をかけて放出する道具だ。表面に刻まれた碑文を削り取れば魔光の放出が止まる。
輝石が一瞬の閃光を放ったあとに訪れるのは、暗闇。
「離れろ!」
セルゲイたちは部屋の壁側に退避した。先ほど見えた魔法による攻撃手段。ヘリオンは初めて見るが、直線的に魔力を飛ばす攻撃に見えた。
坑道の奥から撃ってくるなら、壁側にいれば射線から逃れられる。
「輝剣を抜け!」
戦闘に備えてセルゲイが指示を出す。
罠だとヘリオンは思った。この暗闇の中、輝剣を発動させれば相手に自分の位置を教えることになる。だが、身を守る術を持たず、明かりも使えないなら先に進むことはできない。
ヘリオンは輝剣を発動させず従者たちよりも前に出た。
暗闇の中、セルゲイたちがヘリオンの行動に気付いたかわからない。だが気づけても止めることは出来ないだろう。
輝剣を発動させる瞬間の隙。
高度な魔法である輝剣は、発動に高い集中力を求められる。発動後も光刃の維持に意識を割かなければ刃は揺らぎ、空中に散るか、相手の魔法に負けてしまう。
セルゲイたち従者が輝剣を発動するには、呼吸一つ分の間が必要だった。奥にいる影狼が獲物に狙いを定めて閃光を放つには、十分すぎる隙だ。
感覚を研ぎ澄ませろ。
この暗闇の中なら、より一層見えやすいはずだ。
ヘリオンの後方で三つの輝剣が発動する気配。鈍い音だ。いちばん脆そうなのは、ヘリオンの右後ろ。
影狼にもわかっているはずだ。
暗闇のなかから、魔法を発動する予兆。燐光の発散が感じ取れた。次の瞬間、岩陰から拳大の光の塊が空中に浮かび、高速で飛来する。
予想通り、その光弾は右後ろの従者へ向かった。射線外にいる従者に向けて、鋭い曲線を描く。一撃目は直線で飛ばして見せておきながら、二撃目で死角を狙ってきた。
だが狙われていると分かれば、ヘリオンに対応できない速度ではない。
輝剣を発動させて、飛んできた光弾を切り落とす。
発動の予兆すら感じさせないほどの抜刀速度。
魔法を撃ってきた影狼は対応されるとは思わなかったはずだ。
すぐに次の弾が飛んできた。今度はヘリオンのみを狙った四連射だ。直線と曲線を織り交ぜた攻撃。すべて輝剣で切り落としていく。
「助かった!だが無茶をするな!」
光弾は止まった。ヘリオンには効果がなく、従者たちも輝剣を構え体制を整えた今、奇襲は失敗したといえるだろう。まだ逃げた気配はない。
「あの魔法はなんですか?!」
「知らないで切っていたのか?!」
いまだ影に包まれて見えない奥から、影狼たちの話声がかすかに聞こえてくる。
「光弾という魔法だ。習熟した使い手でも連続して打てば発射支点が焼けて撃てなくなる。道具で補助すればまだ打てるだろうが、あの感覚は素手で発動させたものだろう」
「弾切れがあるってことですよね?」
「ああ。まさか影狼に使い手がいるとは……。この数年で確認されたことはなかった」
「来ますよ!」
影狼が動いた。一人こちらに近づいてきている。
魔法の発動はない。足音も隠さずに向かってくる気配の正体に、小柄だと感じた。土を擦る靴の音が軽い。やがて見えるその姿に予想が当たっていたと知る。
セルゲイが忌まわし気に吐き捨てた。
「チッ。訓練場だったか……!」
そこにいたのは少年だった。
ヘリオンと変わらない年齢の、貧相な服装をした少年だ。
短く切りそろえられた髪。痣だらけの手足。相手の一挙一動を静かに観察する眼差しは、彼は、戦うためにここにいると告げている。
手には輝剣が握られている。
対峙してもいまだ発動させない意図が、自分のことのようにわかる。
先ほどヘリオンがやって見せたように、輝剣をどのくらいの速度、どのくらいの強度で作れるかを相手に悟らせないためだ。
輝剣を構えた四人相手に、発動しないまま立ち塞がる様子からは、この距離で切り付けられても対応できるという自信の表れだろう。
そして仲間たちが逃げるまでの時間を稼ぐという覚悟だ。
「やはり、お前を連れてくるべきではなかったな!」
セルゲイの苦々しい顔を見れば、彼の言いたいことは察せられる。
訓練場。ようやく、騎士団や従者たちがヘリオンを執拗に疑っていた理由が実感できた。
この影狼の拠点は、あの村だった。人の目を逃れ、薄暗い家の中で子供を優秀な戦士に育てる場所。
目の前にいる少年は、ヘリオン自身だった。




