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15.
ロックス家に帰ってきたヘリオンを待っていたのは意外な人物だった。
使用人に呼ばれてコルトの書斎を訪れると、騎士ロズエンが席についている。後ろには従者セルゲイが立っていた。
コルトとロズエンは机に広げた地図を見ながら話し合っていたが、ヘリオンが入室すると顔をあげた。
「久しぶりだな。まさかロックス家の養子になっているとは驚いた」
ロズエンに睨まれるのも留置場では見慣れているが、外に出てきてもその眼光の鋭さは変わらない。
この若い騎士は元々こういう顔なのだろう。挨拶も嫌味ではなく、素直な感想として言っているのかもしれない。
「………」
黙っているセルゲイからは明らかに敵意を込めた視線が向けられた。
彼に会うのは街道で剣を交え、紐で縛りつけたとき以来だ。
因縁の相手が捕まったあと、その罪を上司が有耶無耶にして、名家の仲間入りをしている。心中穏やかではいられないだろう。
「ヘリオン、こちらに座りなさい」
セルゲイから目を反らし、コルトの隣に腰を下す。
人が揃ったことでロズエンが本題を切り出した。
「では改めて説明する。ヘリオン。君の中央輝石院への入学審査が通らない可能性が出てきた」
「審査、ですか」
初めて聞く話だ。輝石院は魔光適性のある子供を片っ端から集めているという印象だった。
輝石院は辺境の村生まれの子供であろうが金を出して育てる。ヘリオンが示した適性で不十分という話ではないだろう。
素行の問題だろうか。過去の話に文句をつけられてはなにも言い返せない。
「輝石院も怪しい人物をカンデラに近づけさせないため、入学生候補の身辺調査を行っている。もちろん本来なら影狼との関わりを疑われ、従者の活動を妨害して留置場に入れられていた君は審査で弾かれる」
「そんなの初めから分かってたはずじゃ」
「ああ。だが輝石院側はカーネリアン卿が話を通している。褒められたことではないが、我々もそれで問題ないと考えていた」
騎士と従者の二人は、組織ぐるみで裏口入学に加担しているという事実に苦い顔をする。
「待ったをかけたのは都市議会のほうだ」
ため息をつき、コルトが話を引き継いだ。
四方都市それぞれを治める組織。この東方都市も議会制によって運営されている。古くから続く盟主として名を連ねるロックス家も、議会の席を任されている。
問題になったのはヘリオンがロックス家であることらしい。
「娘のセレナに加えて、養子を輝石院へ送り出すことに議会から反発があった。それも騎士団の手を借りてまで強行したとあっては、癒着を疑われても仕方がない」
「疑いもなにも事実ですよね」
「なにをいう。私とカーネリアンは個人的な友人だ」
悪びれもしないコルトにヘリオンは呆れる。ロズエンも同じ気持ちだろう、眉間を抑えてコルトを責めた。
「欲をかきましたなコルト殿。私もヘリオンを養子にするとは考えていなかった。輝石院への貢献を、家の箔づけに利用しないでいただきたい」
「白華の名が廃るぞ騎士ロズエン。潔癖さを示す前に、セント・ミラの騎士団がどういう意図か考えたほうがいい」
コルトは引き下がらなかった。痛いところをつかれたのか、ロズエンも口を閉じる。
「ヘリオンも覚えておきなさい。輝石院は四方都市の自治には関与しないなどというのは建前にすぎん。議会は元騎士団員やその息のかかった連中のたまり場だ」
四方都市と輝石院は別の組織だが、議席に選ばれるような人間には輝石院の卒業や、騎士の身分を必要としている。議会が輝石院より力関係で劣るのは事実だろう。
「お前に難癖をつけてきたのは、ロックス家を毛嫌いする騎士の派閥からの嫌がらせに過ぎんのだよ。聖騎士カーネリアンがどういおうと、もう一人はいい顔をしないだろう」
「ロックス家は騎士団と仲が悪い?」
「その因縁も、セント・ミラに行けばわかるさ。カーリアンはあまり気にしていないがね」
白華の騎士も一枚岩ではないということか。騎士同士の勢力争いに端を発しているからこそ、わざわざロズエンが派遣されたのだろう。
あの老騎士からいいように使われているロズエンには同情してしまう。
「あの、つまり俺はどうすれば?」
都市議会や騎士団の派閥争いにまで話を広げられても、ヘリオンにはどうすることもできない。
「功績を立ててもらう」
ロズエンは机に広げられた地図の一点を指示した。東方都市の郊外、採石場が集まる丘陵地帯だ。
「影狼の拠点の一つが、廃棄された採石場跡にあると判明した。周辺での活動頻度から小規模なものと予想される。近く、私が従者たちを率いて襲撃に出る」
「……影狼と、戦う……」
騎士になれば、避けては通れないだろうと思っていた影狼との接触。
輝石院に入る前に機会が訪れるとは考えもしなかったが、ヘリオンにとっては望むところだ。
「ヘリオン。君には私の従者として作戦に参加してもらう」
「一緒に戦って、俺が影狼とは無関係だって証明するってことですか」
「その判断材料にはなるだろう」
その眼光を一層深く光らせ、ロズエンは忠告した。
「君を部隊に入れるのは全くの茶番だが、作戦に手を抜くつもりはない。本格的な戦闘になれば、私もセルゲイも君の命を保証しない」
「分かってます」
ヘリオンの人生は影狼とは切っても切り離せない、影のかかった場所から始まった。
騎士と肩を並べれば、光の当たるほうへと近づけるはずだ。
「いいだろう。作戦は明後日。朝の鐘がなる前に、街の正門へ来い」
その後作戦の大まかな内容を言い残して、ロズエンは屋敷を去っていった。
ヘリオンとコルトの二人は屋敷の前でそれを見送る。騎士たちの姿が見えなくなったところでコルトが切り出した。
「馬鹿馬鹿しい。死んでは元も子もないのだがな」
「心配しないでください。無事にやり遂げて見せますよ」
コルトが誰のことを言っているのかは、ヘリオンにも想像できる。
かつて騎士だった、ロックス家の令息。セレナの父は任務に殉じて命を落とした。
彼についての話はロックス家の人間も、使用人たちも語ることがなかった。騎士団から口を閉ざすよう言われているのだろうか。
「議会と騎士団のご機嫌とりだ。ロックス家が悪く言われないようにしないと」
「……ヘリオン。もしお前が騎士になれずとも」
そこから言葉が紡ぎ出されるまでに、長い呼吸が必要だった。コルトはカンデラの光に目を眇めながら、呟きを遠くに投げた。
「ロックスはすでにお前の名だ。その名が光の中で守ってくれる。影に、近づきすぎるな」
屋敷に戻っていくコルトの背を、立ち尽くして見つめることしかできない。
家名のために優秀な子を養子に取る当主。夫を亡くし、残された夫人から反発されようと非情な選択をする現実主義者。
ヘリオンにとってのコルトは、恩人の一人でありつつも、冷酷を体現したような人間だ。
「なにをいまさら」
「ほんとよね」
「………いたのかよ」
正門の裏に隠れていたセレナが顔を出す。
「聞いてたのか?」
「いいえ。騎士団の小競り合いに入学前の子供を巻き込む大人たちとか、家格が大事なくせして綺麗ごとを言うおじい様のことなんか、なーんにも知らない」
べっ、と屋敷の方に向かって舌を出すセレナ。分からなくはないが、コルトも孫にずいぶんと嫌われている。
「ああ、そうだ。次の教会の集まりは行けないと思う」
「ダメよ」
「騎士団と街の外に出るから、その日の内に戻れないだろうし」
「ねえ、ほんとに影狼なんかと戦うの?」
その疑問も当然だ。ヘリオンのような子供が戦わなくてもいいようにするのが、白華の騎士団がもつ本来の役割だとすれば、ヘリオンの作戦参加は何もかも矛盾している。
騎士になるために影狼と戦う、それでは目的と手段が逆転しているのだ。
だがヘリオンが騎士を志す理由を考えれば、この戦いは決して無意味ではない。
自分の生まれや、祖父ダスクの過去。
影狼という組織に由来するこれまでの人生を清算するために、ヘリオンはここまで来た。輝石院卒業も、騎士になることも手段でしかない。
影狼に対してヘリオンは知らないことが多すぎる。彼らと戦うその意味が、この作戦で少しでも分かればいい。そのためには身を危険に晒す必要がある。
戦いなったとき、勝てるだろうか。
ダスクとの修行に、価値はあったのか。
試すときがきたのだ。
セレナを心配させたくはない。ヘリオンは自分の不安を押し殺して、力強く笑って見せた。
「大丈夫だよ。俺は返ってくるから。約束する」
「……ばかね、誓いの結句だって知らないくせに」
「そんなのがあるのか。なんて言えばいいんだ?」
「いいわよ、そんなのより先に、あなたは聖歌を独唱できるようにならなくちゃ。だから、次の集会にも必ず間に合わせなさい」
「頑張るよ」
この素直ではない姉をこれ以上困らせないためにも、約束は破らない。
自らの意思で向かう戦場。乗り越えて見せると、ヘリオンは決意を固めた。




