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中央輝石院は高い魔光適性を持った子供なら分け隔てなく門を開く。
入学時に支払う資金は不要であり、在学中の生活費や、個人で使う教材ですら輝石院から支給される。まさに体一つあれば入れる学校というわけだ。
それだけ輝石院が求める適性が高い水準にあり、セント・ミラやカンデラの周辺で活動できる人材が不足しているのだという。
カンデラの強い光に晒される街。輝石院はそこで暮らせる人間を選抜する。
ヘリオンがロックス家の支援を受けて輝石院へ入学するにあたり、最後の確認として魔光適性の測定が行われた。
カーネリアンやステア、そしてダスクからも、適性がありそうだと目測で言われ続けたヘリオンだが、実際に測定をするとなると緊張する。
これで基準を満たしていなければ、いままでのことは全て無駄ということだ。
「はい、これ持って」
セレナから渡された二つの輝石。どちらも手のひらで握れる大きさに四角く加工された物で、一方は黒、もう一方は透明だった。
「黒い方から出る魔光があなたの体を伝って、透明な方に溜まっていく仕組みね。時間に対してどれだけの魔光を体が通せるかが分かるわ」
両手に持った輝石の間で、セレナが説明した通りに力が流れていくのを感じる。
面白いのは、ヘリオンが輝石から魔光を引き出すために意識しなくても、強制的に流れていくことだ。黒い石から透明な石へ。水を落とすように力が流れていく。
透明な輝石は魔光を受け取り、内部から光を放ち始めた。光が強くなるにつれ、輝石がいくつかの階層に別れている様子が見える。
まずは一番中央の階層に光が満たされ、外側へとそれが広がっていった。
「どうなんだ?」
「順調よ。輝石院の合格ラインは石の半分くらいね。それでも数百人に一人しかいないレベルなのよ」
輝石の光は止まることなく広がった。すぐに全体の半分に光が宿る。
よかった。
安堵の息を漏らしたのはヘリオンと、近くで見守っていたコルトだった。彼も養子にしてまで援助すると決めた少年に才能がなければ困るだろう。
「足りないわ。騎士になるなら九割は光らせなさい」
セレナは厳しい目で測定器を見つめる。魔光の広がりはまだ止まらなかった。
「私の適性を超えたわ……」
光の広がりは八割程を示していた。半分の合格ラインで数百人に一人なら、セレナは間違いなく数万人に一人の才能を持っているということだ。
測定器の光は、九割で止まった。
「つまり問題ないってことだよな」
「大丈夫そうね、ああよかったわ!」
大仰に手を広げつまらなそうにおどけるセレナ。
本心ではこの結果をどう受け止めているのだろう。跡取りである自分より高い結果を出した姉弟のことを、彼女は邪魔者だと思うのか。
「おじい様?カーネリアン卿はいったいどこからヘリオンを拾ってきたのかしら。騎士が作った厄介事の始末を任されたんじゃなくて?」
いや、彼女は単純に皮肉屋なのだろう。そして勘が鋭く、皮肉がほとんど真実を言い当てている。まさにヘリオンは騎士が作った厄介事そのものだ。
適性に問題がないと判明したならあとは入学を待つばかり、というわけにはいかなかった。
「あなた、自分の名前は書ける?」
「まさか」
ヘリオンは鼻で笑った。ついこの間までただの村人だったのに、文字が書けるわけがない。
「聖歌は何節まで歌えるの?輝石院では、敬虔な信徒であることが求められるのよ」
「うちの村には教会なんてなかったよ。たまに司祭様が来てたと思うけど」
「どんな辺境に住んでたのよ」
セレナとコルトは顔を見合わせるが、すぐにコルトが目を反らす。
「せめてヘリオン・ロックスという名前は書けるようになりなさい」
「三日に一度は教会の集会に行くから一緒に来なさい。四節までは歌えるようにしなきゃ」
「……うん」
こうして東方都市での生活が始まった。
昼まで使用人に読み書きを教わる。ときにはセレナも交えて国の歴史や神話、どこに街があるのかを勉強した。
詳しいことは輝石院に入った後で学ぶらしいが、ヘリオンは街の人間が普通に生きていて自然と身に着ける知識すら抜け落ちていた。
文字は意外とすぐに書けるようになった。といっても自分の名前と、必要な言葉だけだ。もともとまったく読めなかったわけではない。村では自分で言葉を書く必要性がなかった。
勉強しているときに思い出したが、おそらくダスクは読み書きができたはずだ。
家の所々には、刻まれた線の跡が残されていた。ただの傷だと思っていたが、あれはダスクが何かしら書き留めていたのだろう。
騎士に捕まるまで秘密主義を貫いていた祖父が実に腹立たしい。
三日に一度、セレナと一緒にカンデラ教会に行き、集まった住民達と一緒に聖歌を歌う。ヘリオンにとってこれが最も苦痛だった。
山羊の放牧中に歌う鼻歌とは違い、聖歌は歌詞が定められている。そして長かった。すぐには覚えられそうにない。唄が書かれた本を見ようにも、使われている言葉が専門的でわからない。
なによりヘリオンは歌が下手らしい。周囲の子供達からは白い目で見られた。
隣で歌うセレナは、それは見事な歌声を披露している。
教会からの帰り道、ヘリオンとセレナは大通りを並んで歩いていた。
「ふふふっ、輝石院では一年の内に第五節までの独唱試験があるんだって。ヘリオン受からないんじゃない?」
「なんで騎士になるために歌を練習しなきゃいけないんだ!」
カンデラの光で満たされた大通り。
初めてこの街に来たときは分からなかったが、光の方へ向かう人々は程度の差はあれ目を伏せるか、唾付きの帽子を下げて光を直視していない。
なにも被らず顔を上げて歩くのは、ヘリオンとセレナ、そして畏まった服装をした上流階級の大人たち。
「みんながみんな騎士を目指しているわけじゃないわ。輝石院を卒業しても、セント・ミラに残らず四方の街に戻る人が多いんだから。街で暮らすには教会での付き合いかたも覚えないとね」
「そういうものか」
街の中央にある塔から鐘の音が響く。夕の鐘だ。日に四度鳴るその音も、ヘリオンには慣れないものだ。
村では暖かくなれば昼、寒くなれば夜。山羊たちの活動に合わせて村人は生活していたのだから、鐘の音で一日を区切らなくてもよかった。
「そういえばヘリオン。あなたのいた村では、夜って暗いの?」
「ああ、外周の山岳地帯だったから。この街の夜に比べたら少しは暗かったな」
「セント・ミラでは昼も夜もカンデラに照らされて明るさが変わらないらしいわ。時を告げる鐘は、教会が魔法で管理しているから一瞬のずれもないんですって」
「寝つきが悪くなりそうだな」
「それで体調を崩すひともいるし、騎士になるには超えなきゃいけない試練が沢山あるのね」
セレナは僅かに暗くなった空を見上げた。何かを探しているのだろうか。
ヘリオンも空を見るがなにも見つからない。
「ヘリオンの村から、月は見えた?」
「月?」
セレナがなんのことを言っているのか、しばらく分からなかった。空を探す彼女を見てようやく、それが夜に浮かぶ、色の薄い染みのことだと思い至る。
「知ってる?この国の外、外国ではね、夜になると空が真っ黒に染まるのよ」
「ええ、そんなわけないだろ」
「私も本で読んだだけ。その黒い空にはね、白く輝く月が浮かんでいるの」
ヘリオンには想像がつかない。夜になれば空はその色を落とすが、黒くなるほど世界が暗くなれば、人の姿は見えないのだろうか。
それは恐ろしい世界のように感じた。
街の中、空を見上げて想像上の月を望む彼女は、どこか危うく見える。
騎士になるというヘリオンの望みよりも現実味がなく、誰の導きも得られない。
「きっと……綺麗でしょうね」




