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13.
奥の部屋から聞こえてくる怒声、悲鳴、打撃音。気にした様子もみせず、セレナはヘリオンと向き合って座る。
目線の高さこそ変わらないが、彼女がヘリオンに向ける態度は尋問官のそれであり、上から見下ろされているようだ。
つい昨日まで、騎士と留置所で睨み合っていなければ、気持ちで負けていただろう。
「で、あなたはだれなの。この家になにしに来たわけ」
ヘリオンを養子にするという決定は家長のコルト・ロックスによる独断というわけだ。
娘のウェンディ、孫娘のセレナには知らされていなかったのだろう。
「俺はヘリオン」
「変な名前ね」
「……騎士の紹介でロックス家の援助を受けることになった」
「援助。ええ分かるわ。よくある話。この時期は中央輝石院の入学に向けて優秀な子供を引き取る家は多い。あなたもそうなんでしょう」
騎士になれば、いや、なれなずとも中央輝石院を卒業できれば、この国で生活するための十分な地位が約束される。
ヘリオンのように特殊な事情がなければ、輝石院への入学に求めるのは卒業後の安定した生活だろう。
素質のある子供を養子にすることは、親や家にとって十分な見返りが期待できる。
「でもね、ロックス家には私がいるの。もちろん輝石院への入学が決まっているわ」
「すごいじゃないか。一緒に頑張ろうな」
「馬鹿にしてんの?おじい様もそうよ!血を継いだ子供がいるのに養子をとるなんて、お母様を蔑ろにしてるとしか思えないわ!」
セレナの怒りはもっともだ。先ほどのウェンディの言葉も理屈が通じる。
「セレナたちが嫌なら、養子として扱ってくれなくていい。俺はロックス家に借金があるし、騎士になれたら恩は必ず返す」
「借金?それに、騎士になるですって?」
ヘリオンに胡乱げな目を向けて考え込むセレナ。
「あなたもおじい様も、騙されたんじゃない?」
「なにがだよ」
「いるのよそういう詐欺師が。この子は騎士になれる逸材です!将来の地位と名誉は約束され、六年後には領地が与えられるでしょう!それが今ならこのお値段……ってね!」
「いや俺は……!」
弁明しようにも、そもそも後ろめたい状況で騎士を目指すのだと思えば言葉に詰まる。
これまでの人生の責任を負うために騎士になる。それはヘリオンとダスクのために必要なことだ。
では騎士カーネリアンにとってはどうだろう。
影狼を追いかけていたら魔光適性のある子供がいた。それを上手に言いくるめて金持ちに売りつける。ありえないことだろうか。
カーネリアンの底の見えない笑顔。ロズエンの忠告。
違うだろ、とヘリオンは頭を振った。
騎士たちの個人的な善悪がどうであろうと、ヘリオンは騎士を目指すしかない。もう引き返すことはできないのだから。
「俺は、騎士になりたいんだ。セレナを邪魔しようなんて思ってない」
虫のいい話でしかないが、ヘリオンに言えるのはこれだけだった。
「はぁ……教えてあげるわ」
セレナは母と祖父が去った方向を見ながら目を細める。母親に対する同情、祖父に対する不満。
煩雑な大人のやり取りに挟まれる自分自身に、心底辟易しているようだった。
「ロックス家の跡取りは、今のところ私よ。だからこそお母様は私に輝石院の卒業を望んでいるし、あわよくば騎士になってほしいと願っているでしょう」
「セレナが?父親じゃないのか?」
「お父様は……」
視線を落としてセレナは言う。
「死んだわ。騎士の任務中にね」
その言葉は、亡くなった親を悼むものではない。
母と自分を残して消えた無責任さへの恨みが宿っている。
「お母様はロックス家へ嫁入りしたの。死んだ夫の血を受け継ぐ私は、跡取りとして期待されているわ。そこへあなたが現れた」
嫁ぎ先で夫を失ったウェンディの立場は危うい。セレナを通して繋がっていたロックス家との繋がりが、ヘリオンという養子の登場により揺るがされた。
当主のコルトが下した決断は、この親子にとって冷酷な意味を持っていたのだ。
「私はね、輝石院に行くとか、ロックス家の跡を継ぐとか、正直どうでもいいの。あなたがロックス家に加わってもいいでしょう。でもお母様がこの家のなかで追いやられていくのは、見てられないわ」
セレナがヘリオンに向けた敵意。あれはセレナ自身の立場を守るためではなかった。母親を思う気持ちがそうさせていたのだろう。
気丈に振る舞うセレナの中にある不安。
ヘリオンには一つの懸念が拭えなかった。
セレナの父親は騎士であり、任務の中で命を失った。
白華の騎士の任務といえば、思いつくのは影狼との戦いだ。
これまで話に聞くばかりだった影狼の活動について、ヘリオンは被害を実感することはなかったが、目の前の少女からは、確かに奪われたのだ。かけがえのない家族と、その家族を思う気持ちが。
セレナの父親の件にダスクは関わっているのか。
ヘリオンに関わりのある場所で、目の前の少女からなにかを奪ってしまっている可能性。それを考えるのは恐ろしかった。
「できるかわからないけど、約束する」
騎士になるまではヘリオンが背負う責任だ。責任を果たしたあとに力が残されるなら、使い道は自由に決めていいはずだ。
「俺が騎士になれたらセレナたちがいるロックス家のために力を尽くすよ。だから、今はこの家にいてもいいかな」
少年のつたない約束を、少女は口をつぐんで聞き入れる。どちらの目にも、背負わされた不安と、果たそうとする優しさが込められていた。
「ばかね、なにも知らないくせに」
笑ってため息をつくセレナが、奥の部屋を振り返る。コルトが戻ってきたようだ。
食堂に現れた老人は、服や髪の乱れを直しながら、荒い息を抑えて元の席に着いた。ウェンディにそうとう詰められたのだろう。彼女は食堂に戻ってこなかった。
「セレナ、ヘリオンと仲良くできるかい」
「ええ流石おじい様。素晴らしい逸材を見つけてこられましたわ。これでロックス家は安泰ね」
本気とも冗談とも取れる皮肉を言う孫に、当主である祖父は手を振って応える。
「ああ、お前たちの言いたいことは分かる。ウェンディにも伝えたが、跡取りがセレナであることに変更はない。ヘリオンはセレナを支えてやってくれ」
「ならどうして養子に入れるのかしら。輝石院入学への支援だけでは不十分?」
「……彼は、我が友人のカーネリアン卿から託された。卿はロックス家との親交も深いお方だ。ロアの……そう、お前の父親のこともロックス家と同様に心を痛めておられる」
「騎士だったお父様の代わりに、ヘリオンを当てがったわけ?そんなに議会の席が大切?」
「代わりなどではない」
セレナの行き過ぎた発言をきっぱりと否定する。
「ヘリオンにはカンデラの守護者に足る信念があると、私とカーネリアン卿は考えている。これからはロックス家の一員として、使命を全うしなさい」
懐から布の包を取り出したコルトは、それをヘリオンの前に置いた。
机に置かれたときの硬質な音、その重量感と、手に収まる長細い形状。ヘリオンは思わず手に取って確かめる。
「あまり人前で布から出さないように。危険性は理解しているだろう」
「え、でも、いいんですか。まさか返ってくるとは、思わなかった」
「我々からの信頼だと考えてくれ。ウェンディは渋ったがな……」
ダスクの輝剣。
あの日、騎士の前で捨てたはずが、こうしてヘリオンの元へ返ってきた。
村の家からこの輝剣を持ち出したときの、ダスクの言葉が脳裏によぎる。ヘリオンが聞いた最後の言葉だ。
お前ならできる。
ダスクは、ヘリオンが村を出ると気づいていたのだろうか。今は確かめようもないが、ダスクは愛弟子を信頼していた。
輝剣を拾ったカーネリアンにしても、わざわざヘリオンに輝剣を返す理由はない。
この手に戻った剣の重みを確かめる。
先ほどセレナへと言った約束。あんな言葉を使うべきではなかった。できるかわからないではない。やるしかないのだから。
「セレナ。俺は騎士になるよ」
その途中、セレナやウェンディを傷付けてしまうだろう。けれどそれ以上に守るため、ヘリオンは騎士になりたいと願った。
「はぁ、そんなのなってから言いなさい」
セレナから見たヘリオンは、ただの無知で夢見がちな少年だった。新しい家族も手がかかるだろうと、少女は諦めを含めた笑顔を見せる。
「しょうがないわね、手伝ってあげる」




