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12.
翌日。ヘリオンはロックス家が迎えに来るまで取調室とは別の部屋で待つように言われた。
その部屋には窓があり、いままで見えなかった外の様子が初めて分かる。
東方都市。石を積み上げて築かれた、街全体が巨大な城塞のようだ。
表面を磨いた石造りの建物が並び、大きな通りには馬車、竜車、人の往来にあふれている。
道も土が剥き出しのままではなく、石を敷き詰めて平らに舗装されている。
ヘリオンがいる留置場は三階建てで、その二階から街の様子を見下ろせた。そもそも三階建ての建物というのが驚きである。
東方都市は近くに鉱山があり採石業によって栄えたという。
これが都会の光景。村や、ステアとの旅で見た景色とはまったく違う。
「光が近い……」
カンデラの光に向けて通りは抜けていく。その輝きは山岳地帯で見るよりもずっと強く、街を行き交う人々を照らしている。
窓の縁にかかるヘリオンの影もより濃く映し出された。
部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。
ヘリオンが振り向くと入口に老人が一人立っていた。
彼がロックス家の人間だろう。上等な服を着ており、厳めしい表情はどこかダスクを思い出させた。
「………」
彼は一言も喋らないまま、ただ静かにヘリオンを見つめている。
カーネリアンがヘリオンを見たときの、人間の底を覗き込むような視線ではない。ヘリオンを通してどこか遠くを見ているように感じた。
「……あの、ロックスの人、ですよね」
居心地の悪さに耐え切れず、ヘリオンは尋ねた。
老人は目を閉じ、短く嘆息した。窓辺にいるヘリオンに近づいてくる。
「コルト・ロックスだ。この街に来るのは初めてかね」
老人はヘリオンと並んで街の景色を眺めた。
「はい。ずっと山の方で暮らしていたので」
「そう、だったな。君の生い立ち、ここに来た経緯は調書を読ませてもらったよ。君がこれから成そうとしていることも」
ヘリオンが影狼だった男に育てられたこと。騎士との衝突。
それらを全て知った上で彼は身請けをすると言っているのだろうか。
街を見る静かな表情からは、その心の内は伺えない。
「あの、いいんですか?俺がここから出るために罰金を払ってもらうんですよね。返せるか分からない」
「気にするな。せいぜい銀貨15枚だ」
「け、けっこう高いじゃないですか」
「出会いというのは金では買えないものだ。君も、金のために騎士を目指すわけではないのだろう?」
コルトはヘリオンの肩を軽くたたき、部屋からの移動を促した。
「下で馬車を待たせてる。行こう、ヘリオン」
留置所で身元引き渡しの手続きを終えて、コルトと馬車で街中を移動する。
馬車といっても行商人の荷馬車のように開いた荷台ではない。屋根があり、椅子が対面に置かれた豪華な物だ。
改めてコルト・ロックスという老人の財力を見せつけられ、ヘリオンの肩身は狭い。
どんな素材で作られているかも分からない柔らかな椅子に座るのは、辺境の村から出てきたままの姿で、薄く編んだ毛糸の服を纏った田舎者だ。
「この街は広い。しばらく暮らすことになるから、この大通りは覚えておくといい。カンデラの方へ向かえば屋敷が見えてくる」
対面に座るコルトにはヘリオンの恰好というものは些細なことらしい。
街の人間はどうだろう。すれ違う人の何人かに一人は、ロックス家の馬車に気づき、そこに乗った不審な少年に目を向ける。
「眩しいかね?」
「え、いや、いいえ。眩しくはないです」
「光の通りが良い場所では目を痛める者もいる。そういった者たちはやがて外縁部に移り、街から去っていく。君の適性なら四方都市でも、中央のセント・ミラでも問題ないだろう。測定器が屋敷にあるから、念のため見ておかねばならんな」
魔光適性についてヘリオンが知っていることは、ダスクから教わったことくらいだ。
輝石によって作られ、外へ放たれる光。それを魔光、あるいは魔力と呼ぶ。
外に放たれて光として視認できる状態を魔光と呼び、魔法によって力を発揮している状態を魔力と呼び分けるらしいが、ヘリオンが知っている魔法は多くないし、厳密な区別はできない。
魔光適性とは、その魔光をどれだけ体が許容できるかという指標だ。
生まれ持った才覚の代表例として言われることが多い。
許容量を超えた魔光を浴び続けると病に犯されたり、体を悪くする。
最も顕著に影響がでるのは目だ。強い魔光を直視し続けると失明するというのは、この国では広く知られた魔光障害の一つだった。
かつてステアは中央輝石院に入学し、卒業を待たずに退学した。強い魔光を浴び続けたことで、体が拒絶反応を示したのだろう。
そうして高い適性を持つ者だけが中央に残り、低い適性をもつ者は外縁部へと流れていく。この国の権力が中央に集積していく仕組みだ。
「ここが私の、いや私達の屋敷だ。中に入ろう。君を家族に紹介したあと、改めてこれからのことを話そう」
「うっわあ……」
思わず漏れた声は、感嘆とも畏怖ともいえない。ヘリオンが想像する家とはかけ離れた規模の建造物だった。
二階建ての邸宅。周囲の建物と同じく磨かれた石材によって建てられ、カンデラの光に照らされて青白く輝いている。
欠けやひび割れが目につく所もあるが、かえってそれが積み重ねた歴史の長さを象徴しているようにも見えた。
この地に街を築いた一族という証明だ。
「「おかえりなさいませ」」
分厚い木製の扉を使用人が開く。
ホールに入るなり揃った声で出迎えの挨拶をされるが、それを気にした様子もなくコルトは屋敷の奥へと進んでいった。ヘリオンも圧倒されながらそれについていく。
たどり着いたのは食堂らしき場所だ。
巨大な円卓に、窓から差し込むカンデラの光が当たるよう設計されている。
村の食卓も構造的には似たような作りをしているが、この荘厳さを前にしては別物と言えるだろう。
「そこに掛けてくれ。おい、ウェンディとセレナを呼びなさい」
使用人が一礼して食堂を後にする。ロックス家の人間を呼びに行ったのだろう。
「あの、俺はこの家の使用人になるんですか?」
椅子に座れず立ったまま、ヘリオンは気になっていることを尋ねた。
身請けされた後の扱いについて。自分がこれから身を寄せるロックス家を、どれだけ頼っていいのか。それとも奉仕する存在になるのか。
「使用人だと?まさか。ロックスの名の下で輝石院へ推薦するのだから、そんな立場ではない。ヘリオン、君も彼らを使うことに慣れてもらわなければな」
コルトは静かに笑って上座に腰を下す。ヘリオンにも席を促して目線を合わせて向かい合った。
「お義父様、お呼びで、しょう……か……」
女性が一人食堂へ入ってきた。妙齢の美しい人だ。コルトの娘だろうとヘリオンは考えた。
彼女はヘリオンの顔を一目見た瞬間、驚愕に目を見開き、その場で動かなくなった。
まただ。ヘリオンはここ数日の出来事から、出会う人間が皆、ヘリオンの顔を見た瞬間になにか含みを持たせた反応をすることに気が付いていた。
カーネリアンも、コルトも、この女性も。
「ウェンディ。落ち着いて聞きなさい」
コルトが何かを言い始めるより前に、ウェンディという女性は震える足取りでコルトの方へと歩き出した。
その表情は、怒り、だろうか。体から漏れ出る魔力の燐光。なにをするつもりだ?
「彼の名はヘリオン。今日よりロックス家の養子として迎え入れる」
「え、ちょっと!?」
ヘリオンの驚きは、養子という待遇を打ち出されたこともあるが、なにより、ウェンディがその手を振り上げてコルトに平手打ちをかましたことによるものだった。
パアン!と痛々しい破裂音が鳴り響き、コルトの顔に赤い跡を残す。
「ふ、ふざけないで!私たちはどうでもいいってこと!?あの子は………!」
ヘリオンを一瞥したウェンディは言葉を飲み込んだ。そのまま気迫に押されて黙ったコルトの胸倉を掴むと、椅子から引きずり降ろし、別の部屋へと引き連れていく。
制止する老人の声がむなしく響き、やがて奥の部屋で激しく言い争う雰囲気が伝わってきた。
どうにも、あの女性にはヘリオンが許しがたい存在らしい。
とんでもない家に来てしまったのかもしれない。
呆然とするヘリオンの肩を突然、後ろから掴まれる。
優秀な剣士として訓練を積んできたヘリオンだが、目の前で繰り広げられた修羅場に圧倒され完全に不意をつかれた。
「うわぁ!」
「悪かったわね、驚かせちゃったかしら?」
少女の声。挑発的に、耳元で喉を鳴らして笑う。
逃がさないというように肩を組んできたその少女の顔と、額が触れそうな距離で向き合う。
歳はヘリオンと変わらないだろう。暗い空の色をした長い髪を後ろに纏めている。女性的で優し気な目を開き、その内側にある強烈な好奇心で、視る者に爪を立てるような少女だった。
「私はセレナ」
その名乗りには、やはり、突然現れたヘリオンに対する怒りが込められていた。
「セレナ・ロックスよ。歓迎するわ、姉弟」




