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11.
白華の騎士とはなにか。
中央輝石院という、国中から魔光適性の高い子供を集めて教育する場所があり、白華の騎士は輝石院に所属する治安維持組織である。
輝石院を卒業できた才能ある若者。その中で最も優秀な能力を示した者だけが騎士の称号を授かり、白い花をその身に背負うことが許される。
騎士達の母体である中央輝石院の役割は教育機関だけではない。
騎士団の運営や各都市に対しての政治的な干渉、あるいは支援が含まれる。
各地方の都市、カンデラ教会、中央セント・ミラ。
国の全てに騎士団の権力は及び、彼らの存在を知る者は、白華の騎士こそがこの国を支配しているとつぶやく。
だが支配は、白華の騎士団が掲げる目的ではない。
彼らの目的はただ一つ。
光の神カンデラの守護だ。
国の中央に広がる湖、ミラ湖の水面に浮かぶ巨大輝石。光の神カンデラ
国中を照らす神を悪しき者たちの手から守ること。それが騎士団の目的だ。
地方都市への干渉は治安を維持するためであり、自治に関しては口を出さないというのが輝石院の言い分だった。
神のお膝元であるセント・ミラだけは騎士団と中央輝石院が直轄管理しているが、それもカンデラを守るために必要だからだ。
カンデラの破壊を目論む組織、影狼。
彼らをカンデラ、そして中央輝石院に近づけさせないため、白華の騎士団は監視の目を光らせている。
「お前が騎士になるため中央輝石院に入るなど、私は今でも反対だ」
騎士ロズエンは眉間に寄せたシワを揉み、思案を巡らせながらヘリオンを睨みつける。
ヘリオンが彼らと山の麓で話してから、もう数日が過ぎていた。
魔法によって意識を奪われた後、ヘリオンが目を覚ましたのは留置所の中だった。
まずは従者セイゲルとの争いについて取り調べが行われた。
同時に、ヘリオンとダスク、騎士団にとってはディークという名の影狼について知っていることを全て話した。
ステアについては、ただ村に通っていた行商人ということしか話していない。
彼女がかつて中央輝石院にいたことや、影狼の活動に少しでも加担したこと、田舎の小さな商人が非合法な商品に手を出している可能性なんて、ヘリオンがわざわざ言わなくても知られている事実だ。
別れたあとステアがどうなったかについて、ロズエンから聞くことは出来なかった。どうか無事でいてほしい。
取り調べを行うロズエンからはこの数日さんざん睨まれ続けられ、彼の鋭い眼光に対しても恐怖心が薄れてくる。
騎士の仕事は忙しく、ヘリオンのような素性の分からない子供は、影狼の息がかかっていると断じて牢に投げ入れたいのだろう。
それができないのは、上司である騎士カーネリアンがヘリオンを輝石院に入れるという決定を下したからだ。
不可解な命令を通すため、若い騎士の苦悩は積み重なっていく。
「ここまでの取り調べによってお前が影狼とはなんら関りの無い、辺境の村で生まれた子供の一人だということが分かった。この調書によってそれが保証される」
中央輝石院に入学するためにはその身が潔白であることが求められる。
第一条件は魔光適性の高さだが、悪党である人間を国の中枢に近づけさせるわけにはいかない。
ヘリオンが取り調べを受けているのは、その罪を認めさせるためではなく、騎士団が正式な手順を踏んでその罪を誤魔化すためだった。
そんな茶番のような作業こそがロズエンを不愉快にさせ、眉間を歪ませる原因なのだろう。
「尚、従者セルゲイに対して加えた危害、及び彼の軍馬を奪った件に関しては、罰金を支払ってもらう」
「えっ、俺にそんな金なんて」
難しい話を黙って聞いていたヘリオンも、罰金となれば思わず口が出る。
彼が持つ財産はなに一つない。
村に残っている家や家畜といえば些細なものだろうし、あれはヘリオンではなくダスクの物だ。
ダスクもどこかでヘリオンと同じように捕まっている以上、罰金を払う当てはない。
「分かっている。これもお前の身分を保証するための手順に過ぎない。罰金はお前を身請けする家が支払うことになった。中央輝石院へ入学するための支援もその家によってされるだろう」
「身請けって、その家の人間になるってことですか」
「ああまったく、カーネリアン卿は余程お前を騎士にしたがっているらしい。名のある家の庇護が得られるなら、輝石院での評価にも繋がる」
ヘリオンは、身請けする家に対して借金をするのだと理解した。
それを返済するためにも騎士になる必要があるだろう。
「その家の人は、なんで俺を拾おうなんて……」
「ロックス家。聞いたことは?」
「いえ、知りません」
「古くはこの東方都市の開拓時代から続く名家だ」
東方都市。
国の四方に栄える四つの都市。四方都市と呼ばれるその街の一つ。
ヘリオンが暮らしていた北東の山岳地帯から最も近い都市であり、村も大きく見れば東方地域に属していると言える。
外部との交流が乏しい村の人間にとっては馴染みの薄い感覚だ。
今ヘリオンがいる留置所は、その東方都市にある。眠っている間に連れてこられたのだ。
最低限の光がさすだけの薄暗い寝室と、窓もなく魔法の照明によって照らされた取調室を行き来して数日を過ごしたヘリオンは、まだ街を見たこともない。
「ロックス家だ。お前を引き取るのは」
「領主様ってことですか……?」
「違う。街を治めているのは四方都市議会。ロックス家は議席の一つを持つだけだ」
「へ、へぇ……」
そもそも家名があるということ事態、ヘリオンは格式の違いを感じる。
ヘリオンには家名もなければ、故郷の村の名前すら分からない。
騎竜に乗って影狼を追う白華の騎士も、この国では強い力を持った権力者だ。そんな騎士を目の前にしてもヘリオンは権威に圧倒されなかった。
カーネリアンやロズエンから感じる圧力は、個人の戦闘力によるものであり、幼いころから剣の修行をしていたヘリオンにとっては格上であっても慣れ親しんだ感覚だ。恐れることではない。
しかし街の支配者として権威を振るう存在に、ヘリオンは苦手意識があった。
どれだけダスクとヘリオンが剣の腕を持っていようと、あの村で一番偉かったのは村長であり、彼が取りまとめる山羊飼いの集団だったのだから。
東方都市という場所で権威を持つ一族に、借金をする。
ヘリオンの背中から冷たい汗が流れた。
「明日、ロックス家の人間がやってきたらお前は釈放される」
ロズエンはため息をつく。
「お前を自由の身にするのは気が引けるが、上の決定だ。カーネリアン卿を、白華の騎士団を裏切るなよ」
「分かってます。俺は、きっと騎士になって見せますから」
「忘れるな。影狼に与することがあれば、俺が責任を持ってお前を裁く」
取り調べが終わり、なにもない寝室にヘリオンは戻った。
壁の高い位置にある隙間から薄明かりが入り込む。その薄暗さは、故郷の村を思い出させる。
輝剣を買うために必要だった金が、借金を返すために必要になった。数日前まで自由を求めて旅人を目指していたはずなのにどうしてこうなったのか。
明日会うだろうロックス家との関係。騎士になるためにするべきこと。ダスクは捕まった後どうなったのだろう。ステアは捕まっていないだろうか。
ヘリオンを村から出さなかったダスクは正しかったのかもしれない。弱気になっていると自覚しつつ、考えずにはいられなかった。




