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gem  作者: 鈴女亜生
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after

 ママが笑っていた。黒い服を着たたくさんの人達に囲まれ、笑顔のママが飾られていた。


 飾られたママが笑っているのに対して、それを囲うたくさんの人達は皆、悲しそうだった。ハンカチ片手に泣いている人もいた。ぼくも知っている人だ。おばあちゃんやおばさんだ。

 パパもとても悲しそうで、ぼくに「ママとはここでお別れだから」と言うと、ぼくは飾られたママの前まで連れていってくれた。


 そこには大きな箱が置かれていて、その中には眠ったままのママが入っていた。横になりたくても転がれないくらいに窮屈で、ぼくはママを起こさないといけないと思って、ママの顔に触れてみたけど、ママは目を開けてくれなかった。


 それよりも、ぼくは触れたママの顔がとても冷たいことに驚いた。冬の寒い日でも、ママの身体はぽかぽかと温かくて、手を握ってくれるとそれだけで寒さがどこかに行ってしまったくらいなのに、今のママは冷蔵庫の野菜みたいに冷たかった。


 その後も、ママは箱から出てくることがなかった。移動する時も、ママは箱の中で眠ったままで、大人の人達が皆でママの入った箱を運んでいた。


 その箱すら、その後はどこかに行ってしまって、それから、ぼくはママの姿を見ることがなかった。飾られたママの姿があるだけで、眠っているママも、ビックリするくらいに冷たいママも、ぼくはどこに行ったのか知らないし、どこに行ったのかパパにも聞けなかった。



   ☆  ♢  ☆  ♢  ☆



 ママがいなくなって、パパと二人の日々が始まった。これまでママがしていたことをパパがするようになって、ぼくはすぐにママが凄かったことを知ることになった。


 ママが洗った服はいつも、ぴっしりとした四角形になって、タンスの中で綺麗に整列していたのに、パパが洗うと服はいつも皺くちゃで、身体が傾いたみたいに歪んでいるからか、タンスの中から端っこが飛び出していた。


 ママの掃除機はいつも大人しく、ママの後ろをついて歩きながら、部屋の中の誇りやゴミを拾っていてくれたのに、パパの掃除機は暴れん坊で、好き勝手に部屋の中を動き回っては、いつもどこかでコードを絡めて、届かなくなった部屋の端に埃を保管していた。


 ママのナポリタンは魔法みたいで、一口食べればそれだけで元気になったのに、パパの作るナポリタンはいつも薬みたいに苦くて、ぼくはナポリタンをお願いできなくなった。


 ママがいなくなってから、パパはいつも謝っていた。ぼくに対しても、隣の家の人に対しても、おばあちゃんやおじいちゃんに対しても、いつも申し訳なさそうに笑って、「すみません」と言っていた。


 次こそ綺麗に畳むから、次こそ綺麗にかけるから、次こそ美味しく作るから、そんな風に約束しながら、パパは毎日、頑張っていた。ぼくはそれを知っているから、どんなに服が皺くちゃでも、部屋の隅に埃が溜まっていても、ナポリタンが苦くても、文句は言わなかった。不満もなかった。


 ただママがいなくなってから、パパの笑顔がずっと悲しそうに見えることだけ気になっていた。それはぼくも同じことで、ママがいなくなってから、ぼくは前よりも笑顔でいられる時間が減っていた。

 ママがいなくなってから、蛍光灯が切れたみたいにぼくの家は暗くなっていた。部屋の片隅に埃が溜まっていたとしても、気にならないくらいに薄暗い。


 だけど、それが気になったからと言って、ぼくに何かができるわけでもなかった。無理に笑おうとしても、寂しい気持ちや悲しい気持ちが大きくなるだけで、部屋は少しも明るくなってくれなかった。


 ママが帰ってこないと部屋はずっと暗いままだ。ぼくとパパの笑顔は悲しそうに曇ったままだ。


 そう思っても、ママが帰ってくることはなかった。それが当然であることや仕方ないことを、ぼくは少しずつ理解し始めていたので、それを強く望むことはなかった。

 クリスマスが近づいて、サンタさんに手紙でプレゼントを頼む時にも、ぼくは「ママ」とは書かなかった。



   ☆  ♢  ☆  ♢  ☆



 ママが帰ってこなくなってから、初めてのクリスマスがやってきた。最近、パパは少し忙しそうだったけど、その日は二人でクリスマスパーティーができることになった。


 テーブルにはチキンやピザが並んでいた。パパの買ってきた、いつもより少しだけ小さなケーキもあった。ケーキの上には、小さなサンタとトナカイが乗っていて、その隣には英語の書いた看板みたいなチョコレートが並んでいた。


 パパと二人になっても、クリスマスはとても楽しかった。チキンやケーキは美味しかったし、サンタとトナカイは喉がきゅっとなるくらいに甘かった。クリスマスツリーも飾ってあって、クリスマスの歌も歌って、少しだけママがいた時みたいに部屋の中が明るくなっていた。


 パパが小さな箱を取り出したのは、そんな時だった。パパの掌に乗るくらいの箱で、パパはそれをぼくに見せると、「プレゼント」と言ってきた。いろいろと考えて、今日のために準備してくれたらしい。

 パパから小さな箱を受け取って、ぼくはゆっくりと蓋を開けた。箱を見せてくれた時のパパの声が、それまでの楽しい雰囲気よりも落ちついたように聞こえて、ぼくは少しだけ緊張していた。


 そして、開いた箱の中身を見て、ぼくは驚いた。


「これって、指輪?」


 箱の中には、小さな宝石のついた指輪が入っていて、ぼくが不思議そうに聞くと、パパは頷いていた。


 それから、パパはママとの約束の話をしてくれた。ずっと昔、ぼくが生まれるよりも前に、パパとママはどちらかがいなくなった時のことを話していたらしい。一人ぼっちになってしまうから、寂しくないように何かしたいと考えていたらしい。


「その時に調べてね、もしも何かあったら、これを作ろうって話してたんだ」


 そう言いながら、パパは微笑み、箱の中に入っていた指輪を指差した。


「これはママが残してくれたダイヤなんだ。これからも、ずっとママは見守ってくれているんだ」


 パパが箱から指輪を取り出して、ぼくに手渡してくれた。ぼくは受け取った指輪を見つめていると、そこについた小さな宝石に光が当たって、宝石がきらりと光った。


 それを見た時、ぼくはママの笑顔を思い出して、気がついたら、目からポロポロと涙が溢れていた。

 これはママの笑顔だ。そう思ったら、何だかとても悲しくて、とても寂しい気持ちになっていた。


「ママ……。ママ……!」


 ぼくは泣きながら、指輪を抱き締めていた。それだけでママに抱き締められたように、ぼくの心は温かかった。部屋の片隅に溜まった埃が目立つほど、部屋の中が明るかった。


 ぼくたちの家にママが帰ってきた。

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