05-2.噂とは違う
「美子さんですか」
雪はため息を零した。
「青子さんではなく、美子さんを寄越しましたか。さすがは自尊心だけの青龍寺家と言いますか。よりにもよって、赤目の呪われた子を寄越すとは」
「母さん、赤目は呪いではない」
「知っていますとも。ええ。あなたの甥も赤目ですからね。陰陽師の中で自然発生するものでしょう。ですから、なんだというのですか。青龍寺家の赤目は呪われた子だと有名ではないですか」
雪は大げさなまでに話をする。
その言葉に美子は傷つかなかった。いつものことだ。赤目だというだけで差別をされることには慣れてしまっている。
義孝の対応が異例だったのだ。
……甥の方も赤目でしたか。
義孝の甥ということは、雪の孫にあたる。
それを他人のように言っていた。
「言い返さないのですか? 義母にここまで言われてだんまりですか。退屈な方ですね。それとも、事実だから言い返さないだけですか?」
雪の矛先は美子に向けられる。
それを庇うように義孝は美子の前に立った。
「義孝さん。お退きなさい。母さんは嫁と話をしているのですよ」
「美子さんが傷つくのを見たくはない」
「傷つく? 傷ついた顔なんてしていなかったでしょう。赤目差別なんてよくある話です。そこそこ歴史のある家ならば、よけいに酷かったことでしょう」
雪はため息を零した。
それから、勢いよく椅子に座る。
当然のように足を組み、威圧をするような目線を義孝に向ける。
「異能特務課の第一部隊の隊長の嫁が呪われた子では、笑い者になりますよ。すぐに青龍寺に抗議しましょう。そして、青子さんを嫁にもらうのです」
「俺の嫁は美子さんだ」
「婚姻届けを提出しただけの結婚でしょう。離婚歴がつくのは痛いですが、珍しい話でもありません。美子さんに執着する必要はありますか? ないでしょう? 今日、会ったばかりですからね」
雪の言葉は正しい。
美子はそう思っていた。
美子ではなく青子だったのならば、雪は文句を言わなかっただろうか。
……青子様に義孝様をお譲りしたくはありません。
想像をしただけでも、胸が焼けるように痛かった。
「一目惚れをした」
義孝は美子を庇うようにしながら、言い切った。
照れくさそうな言い方ではあったものの、それは雪の視線を冷たくするだけだった。
……一目惚れ。
その言葉を心の中で繰り返す。
美子の心の中に生まれた感情の答えをもらった気分だった。
……私もそうなのでしょう。
目が合った時から好意を抱いてしまった。
赤目だというのにも関わらず、目を逸らすことのなかった義孝に好意を抱いた。それは初めての経験だった。
初恋だった。
話せば話すほどに好意を高まっていった。
それは義孝も同じだった。
「結婚をするのは美子さんでなければ意味がない」
義孝の言葉に雪は頭を抱えた。
雪は大げさに表現をする。
「……これから、罵倒されるのですよ」
雪は呆れたように言った。
想像するだけでも恐ろしかった。
「呪われた子を嫁にもらったと嫌気がするほどに言われますよ。わかっているんですか、義孝さん。その子は呪われた子です。青龍寺家の呪われた子ですよ。それを嫁にしたことを理解を示す方は少ないはずです」
雪はため息を零した。
言っても無駄だと悟ったのだろう。雪は足を組むのをやめて、視線を義孝に庇われている美子に向けた。
……私のせいで義孝様が嫌な思いをされるのでしょうか。
美子は罵倒される恐怖を知っている。
「……義孝様」
美子は涙を流した。
それに気づいていない義孝に対し、美子は一人で覚悟を決めた。
「離縁しましょう」
美子の出した結論は早急なものだった。
その言葉に驚いて義孝は振り返る。そして、美子が泣いているのを見て、雪を睨みつけた。
「なぜだ。嫌になったのか。家が恋しくなったのか?」
義孝は美子に視線を戻して問いかける。
「いいえ」
美子は首を左右に振った。
嫌になるはずがない。青龍寺家が恋しくなるはずもない。
しかし、義孝のことを思えば思うほどに涙が止まらなくなる。
「義孝様が罵倒されるようなことがあってはなりません」
「そんなことを気にする性格ではない。言いたいやつらには言わせておけばいいだけだ」
「それでも、傷ついてほしくないのです」
美子の言葉に義孝は思わず、美子を抱きしめた。
……なぜですか。
義孝の言動を考えると、まるで傷ついているのが義孝ではなく美子のようだ。美子は雪の言葉に傷ついてはいない。呪われた子だからと軽視されるのも、嫌がられるのも、慣れてしまっている。
「傷ついてほしくないのは、俺もだ」
義孝は美子を優しく抱きしめる。
その様子を見ていた雪は吐き気すると言いたげな顔をしていた。
「美子さん。離縁なんて言わないでくれ」
義孝の言葉に美子は小さく頷いた。
「……はい」
美子は小さく返事をする。
涙が止まらなかった。
「暑苦しくてしかたがありませんよ。まったく。悪いのは姑ですか。そうですか。ですが、散々忠告だけはさせていただきますからね。これも全部、義孝さんのためですから」
雪は手で仰ぎながら言った。
「後から離縁したいと言えば、居場所を無くすのは美子さんですよ。わかっていますか? 義孝さん。あなたの一時的な同情のような恋心が美子さんの居場所を奪うのですからね」
「美子さんの居場所は桐生家だ」
「勝手になさい。母さんは認めませんからね。大体、みっともなくて連れて歩くこともできやしないじゃないですか。せめて、前髪を切らせなさい」
雪は立ち上がった。
それから、抱き合う二人を割くように割り込む。
……お義母様の気持ちは痛いほどにわかります。
雪は義孝の心配をしているのだ。それが痛いほどに伝わってきた。




