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呪われた少女は強面陰陽師の嫁になる  作者: 佐倉海斗
第一話 青龍寺家の呪われた子
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04.顔合わせ

 初めての顔合わせは呆気のないものだった。


 鬼のような人はいない。


 顔に大きな古傷のある背の高い強面の男性、桐生義孝は美子を歓迎してくれた。玄関で待ち構えていた時には少々圧迫感を抱いたものの、それも、共に過ごしていくうちに慣れていくだろう。


「義孝様」


「……俺は様付けされるような人じゃない」


「いいえ。旦那様になられる方を呼び捨てにはできません」


 美子の考えは古いものだった。


 青龍寺家の教育方針が明治時代のもので止まっているのだ。もちろん、義務教育を受けているため、青龍寺家の教育方針が遅れていることを美子は知っている。しかし、幼い頃から家のことを手伝う習慣を付けられ、様付けで呼ぶことを強制させられた癖は簡単には修正できない。


「わかった。ところでケーキは好きだろうか?」


「わかりません」


「わからない? 青龍寺ではケーキも食べさせないのか?」


 義孝には理解ができなかった。


 平成生まれの義孝にとってケーキは身近な存在だった。両親がなにかと理由を付けて買ってきたからだ。今日も母親、桐生雪が張り切ってホールケーキを買ってきた。


 そのホールケーキを切り分けてる最中、義孝は疑問を口にしたのだ。


「……西洋のものを好むと陰陽術が弱まると亡き祖父の教えがございます」


 美子はゆっくりと頭を下げた。


「ごめんなさい、義孝様」


「なぜ、謝る?」


「陰陽師の嫁を探していたのでしょう。私は陰陽師ではありません」


 美子はそのケーキを食べる資格がないのだ。


 そういうかのように謝罪の言葉を口にした。


「私は、呪われた子、です」


 美子の声が震えてしまう。


 陰陽師ならば呪われた子の意味を知っているはずだ。長い黒髪の下に隠された秘密を隠し通せるはずがない。それならば、傷が浅いうちに打ち明けてしまった方が良い。


 赤い目から涙が零れた。


 ほんの僅かに会話を交わしただけだ。それなのに義孝の不器用な優しさが伝わってきて、壊れつつあった心が息を吹き返したような気がした。


「呪われた子か」


 義孝はケーキを取り分けるのをやめて、美子の傍に近づく。


 そして、美子の肩に手を乗せた。


「気にするな」


「……え?」


「それを言うならば、俺は職場で戦闘狂と呼ばれている。恐ろしい噂の原因はそれだ」


 義孝は鬼のような人と世間で言われていることを知っていた。


 ……戦闘狂、ですか。


 義孝は政府の異能特務課に所属をしている。


 時には陰陽師として、あやかしと戦闘をすることもあるだろう。その時の戦い方から付けられた異名が戦闘狂だった。


「赤い目をした人はあやかしを幽世に追い返せると聞いたことがある」


「はい、そのような能力があるそうです」


「本当だったのか。それは素晴らしいことだ。ぜひ、職場にも来てほしいところだ」


 義孝は感心していた。


 ……有名な話ではないはずですが。


 仕事柄、耳にしたことがあったのだろう。


 異能特務課には赤い目の人はいない。そのため、戦闘し、討伐をするしかないのだ。穏便に幽世に帰さなければいけない場合もあるが、それを実行できず、討伐されたあやかしの身内が復讐のために現世に姿を見せることが多くあった。


 復讐の連鎖は始まってしまっている。


 それを止められる可能性を秘めているのは、赤い目をした人だけだ。


「それよりも10歳も離れた年上に嫁がされて嫌ではなかったのか?」


「当主の命令ですので」


「美子さんはそればかりだな。自分の意思を持った方が良い」


 義孝は美子の肩から手を離し、頭を撫でる。


 ……初めて、撫でられました。


 なぜ、撫でられているのか理解ができなかった。


 美子は謝罪をしていたはずだ。


 本来、この場にいるべき人ではないことを伝えなくてはいけなかった。


「高校生が陰陽師になるのは早い。まだ18歳だろう? 結婚だってしたくなかったはずだ」


 義孝は勘違いをしている。


 美子はそのことに気が付いた。


「いいえ。私は高校に入学していません」


 美子は本来ならば高校三年生の年齢だ。だからこそ、勘違いをしたのだろう。


「中卒で働いていたのか?」


「いいえ」


「では、引きこもっていたのか?」


 義孝は首を傾げた。


 義孝は四年制大学を卒業している。それは陰陽師になるためだった。


「掃除と洗濯、炊飯をしておりました」


「家事をするために進学しなかったということか?」


「いいえ。私には進学をする権利はありませんでした」


 美子は家事がしたかったわけではない。


 使用人たちに紛れていたかったわけではない。


 常に暴力と暴言を浴びせられる日々が恋しいわけがない。


「青龍寺家は陰陽師になる子ども以外の教育は、義務教育までと決まっております」


 美子はゆっくりと頭をあげた。


 頭をあげてもなお、義孝は同情するかのように頭を撫で続けた。


「私は陰陽師ではありません」


「あやかしを幽世に帰す力があるのに?」


「はい」


 美子は困ったように笑ってみせた。


 体が震えてしまう。


 拒絶されるのが怖かった。


「私は、できそこないです」


 美子はさんざん言われてきた言葉を口にする。


 言われるのと口にするのでは言葉の重みが違う。


「私は、水の異能力を持っていません」


 美子は俯きそうになった。


 それを堪える。


 ……異能力はあるのです。


 それも伝えなくてはいけない。


 役立たずだと言われるのを覚悟して口を開いた。


「私の異能力は、治癒です」


 美子の言葉に義孝は目を見開いた。


 それから、美子を抱きしめた。


 ……拒絶しないのですか、義孝様。


 拒絶どころか、嬉しさのあまりに抱き着かれてしまった。


 ……役立たずの私を受け入れてくれるのですか。


 美子は嬉しさから涙を零した。

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