02.嫁入り
「桐生義孝のところに嫁にいけ」
初めて父親に呼び出された美子は素っ気なく言われた。
父親は美子を見ない。
興味がないのだろう。
「返事はどうした?」
父親に催促され、頷いてみたものの、反応がなかった。
美子を見ていないのだ。頷いたことが伝わっていない。
「……はい」
美子は久しぶりに声を出した。
か細く、消えてしまいそうな声だった。
……この人がお父様。
青龍寺家の当主として忙しい日々を過ごしている父親を初めて見た。
……忙しいのでしょう。
青子は構ってもらえていると主張していたことを思い出した。しかし、忙しそうに書類をめくりながら話をする父親の様子を見る限りでは、それが嘘であったのだと悟ってしまう。
「不服か?」
「いいえ」
「そうか。それならいいんだ」
父親は納得したようだ。
拒絶する権利は美子にはなかった。
……桐生義孝様とはどのような方なのでしょうか。
初めて聞く名前だった。
世間知らずの美子に同情をして、話しかけてくる幼馴染の口からも聞いたことのない名前だ。
……殴らない方だといいのですが。
難しいだろう。
呪われた子を歓迎する家は少ない。
「桐生義孝には青子が嫁ぐはずだった」
父親は姿勢を正し、語る。
美子の方は見ない。
「だが、青子は名家以外に嫁ぐ気はないと言っていてな。しかたがなく、呪われた子のお前を嫁に出すことにした」
父親の言葉に納得をする。
呪われた子の美子に縁談がくるはずがない。
……青子様の代わりですか。
相手に失礼なことではないだろうか。
不安になってしまう。
……私の居場所はどこにもないですから……。
しかたがないことだ。
呪われた子として生まれて来てしまったのだから、誰からも認められないのには慣れている。同じ呪われた子のはずの幼馴染は輝かしい活躍をしていると知っていたが、青龍寺家では朱雀院の人手不足を嘲笑う声ばかりが聞こえていた。
朱雀院の幼馴染のことを思い出す。
彼ならば美子のことを快く受けいていてくれただろうか。
「相手のことは心配するな。青龍寺家の人間ならば誰でもいいと言っていた」
「……はい」
「自信のない声を出すな。お前は青龍寺の人間として嫁ぐのだ」
父親は初めて美子を見た。
それから眉間にしわを寄せた。
……なにか失礼なことをしたでしょうか。
父親は怒りを堪えているようにも見えた。
びくりと肩が揺れてしまう。恐怖で体が固まってしまう。暴力や暴言には慣れてはいるものの、反射的に体が動かなくなってしまう。
それを見て父親は大きなため息を零した。
「美子」
父親は臆することなく、美子の名を呼んだ。
その名を呼べば呪われるとさえ噂されていることを、当主である父親が知らないはずがない。
「呪われたものはしかたがない」
父親は美子を腫物扱いしない。異質なものとしても扱わない。
しかし、呪われたことだけは認めている。
「呪われた子は朱雀院にもいる」
父親の言葉に心当たりがあった。
……譲様。
2歳上の幼馴染の朱雀院譲だ。
……青龍寺からすれば譲様も呪われた子なのですね。
朱雀院の扱いは違う。
神聖な存在として丁重に扱われている。神が与えた子として扱われている白髪赤目の幼馴染は、いつも、美子に対して優しかった。
「どこの家でも生まれるものだ。それほど気にすることでもない」
父親は慰めているつもりなのかもしれない。
……赤目の秘密を知っているからかもしれませんね。
赤目の子はあやかしと通じ合うことができる。
あやかしを幽世に追い返すことができるのは、異能力に優れた陰陽師ではなく、稀に生まれる赤い目をした人なのだ。それを知っているのは限られた人だけだ。
美子は譲から聞かされていた。
赤い目をした人間はあやかしを幽世に帰せる唯一無二の存在なのだと、譲は語っていた。
「お前は喜代子に似ていたのだな」
父親は懐かしそうに言った。
そして、すぐに目を逸らす。
見ていられないと言うかのようだった。
「結婚式はしない方針だ」
「はい」
「すぐに婚姻届けを提出する」
父親は美子の名前を婚姻届けに記載する。
青龍寺が婚姻届けを提出するように約束をしたのだろう。おそらく、青子が結婚を拒むであろうとわかっていたからこその処置だ。
青子でも美子でも、どちらでもよかった。
父親にとって子どもは政略結婚の駒でしかなかった。
「車は準備してある」
父親はすぐにでも嫁がせるつもりだったのだろう。
……車に乗るのは初めてです。
中学校に通っていた頃には車は数えきれないほどに見たことがある。しかし、乗ることは許されなかった。
友人たちも卒業後に連絡がとれなくなっている。陰陽師の家系ということもあり、外出が許されなかった美子とは縁が自然と切れてしまったのだろう。
それもしかたがないことだと諦めていた。
「服は……、まともなものを持っていなさそうだな。青子のお古をもらえるように手配をする。準備が出来次第、すぐに桐生家に向かえ」
父親の指示は絶対だった。
「はい」
美子は返事をする。
その返事に対し、父親はなにか言いたそうな顔をしていたが、なにも言わなかった。




