03.鬼のあやかし
「私ですか?」
美子は意外そうな声をあげた。
朱雀院の恨みを買った覚えはない。ましてや、譲は大切な幼馴染だ。
「正確には美子さんの異能力だな」
義孝も雪の意見に同意だった。
信じられなかった。
美子の知っている譲は穏やかな人だ。美子のことをいつも庇ってくれた。
「……譲様が私を狙って、お義母様を傷つけたのでしょうか」
美子はありえないと言う顔をした。
……信じられません。
譲の人の良さを知っている。
美子の唯一の心の拠り所だった。
「赤い目の異能を狙ったのだろう」
義孝はため息を零した。
「朱雀院には注意を払わなければいけないな」
「譲様は朱雀院の外には出ないはずです」
「これからはそうは言っていられないだろう。なんせ、異能を知られてしまった」
義孝は美子の髪に触れた。
……赤い目の異能。
無縁の話だった。
無能扱いを受けるのが常だった。陰陽術も異能力も操ることができない落ちこぼれだった。赤い目の呪われた子は存在そのものが嫌われていたはずだった。
しかし、桐生家で愛を知った。
愛を知ってしまったからこそ、恐ろしかった。
……鬼を操ることができました。
鬼は美子の言葉を聞いた。
しかし、美子のことを値踏みしている様子にも見えた。
……譲様が見ていたのでしょうか。
鬼を通して譲が観察をしていたのだろうか。
「私は呪われた子です」
美子は自分自身に言い聞かせるように言った。
「異能ではないのです。これは、きっと、呪われた力なのです」
美子は否定する。
その言葉は自分自身を傷つけるだけだった。しかし、そうでもしないと気が済まなかった。
「呪われた力ではない」
義孝は否定をする。
「それは人々を守れる力だ」
義孝の血か強い言葉に雪も頷いた。
実際、美子がいなければ、雪は鬼の襲撃に敗れ命を落としていただろう。
「でも、義孝様……。私がいなければ、お義母様は襲われませんでした」
「結果論にすぎない。母さんのことは美子さんが守ってくれたのだろう?」
「はい、ですが……」
美子は血の気が引く感じを思い出す。
美子は義孝の手を離した。
触れていて良いものではない気がした。
……譲様。
幼馴染がしたとは限らない。
しかし、他に心当たりはない。
「私は青龍寺家を出るべきではなかったのです」
「虐げられたままでいたかったのか?」
「いいえ。ですが、義孝様やお義母様を危険な目に合わせるくらいならば、こうして、お傍に居る道を選ぶべきではなかったのです」
美子は項垂れた。
なにを言われても自己否定の言葉しか出てこない。
そんな美子を見て呆れたように雪が立ち上がった。それから、雪は美子の頬を殴った。
「しっかりしなさい!」
雪は叱りつける。
美子は殴られたことにより、顔を上にあげた。
雪は泣いていた。
「お義母様……」
美子はつられて涙を流す。
殴られたのは久しぶりだ。しかし、今日ほど心が痛んだことはない。
「後ろ向きの思考は止めなさい! 考えたってしかたがないことは考えるのを放棄しなさい! 今は鬼を誰が桐生邸に放ったのかが重要な話なのです!」
雪の言葉に美子は頷いた。
……そうですよね。
雪の言う通りだ。
美子がくよくよしていたところで事態は収まらない。それどころか、論点をすり替えてしまだけの話だ。
「譲様を捜査することはできますか?」
美子は勇気を振り絞って聞いた。
捜査をしたところでなにも証拠はないだろう。
「できない。五家を捜査することは禁止されている」
義孝は否定した。
五家――、朱雀院、青龍寺、白虎院、玄武宮、麒麟院からなっている陰陽術の普及に貢献した家のことをいう。平安時代より続く家々とは違うものの、多くの陰陽師を輩出していることと異能特務課設立に大きく関わっていることから、特別視されてきた。
「できる限り、安全なところにいるしかない」
義孝はそれが難しいと知っている。
「異能特務課で保護できないか、聞いてみよう」
「はい」
「母さんも異論はないか?」
義孝の提案に頷いた美子の頭を撫でながら、義孝は雪に問いかける。
雪は悩んでいる様子だった。
……力がばれてしまいますものね。
鬼に襲われて無傷だったということが気づかれてしまう。そうなれば、調査の対象になるのは美子だ。
美子は癒しの異能力者だ。その上、赤い目の能力も使える。
異能特務課としては欲しい人材だった。
「異能特務課を信用できません」
雪ははっきりと答えた。
「しかし、再び鬼が襲ってくることを考えると異能特務課にいた方が安全でしょう。この母も同行します。それが美子さんを異能特務課で保護させる条件です」
「どちらにしても、母さんも保護対象だった」
「それを先に言いなさい。母さんにも母さんの用事があるのですからね」
雪は呆れたように言った。
……お義母様も来てくれるなら、安心です。
雪を一人で桐生邸に置いておくのは心配だった。再び鬼が襲ってこない保証はない。
美子がそのようなことを考えていると察したのか、雪は気まずそうな顔をした。
殴ったことを怒りもしない。悲しむこともない。理不尽だと言うこともない。それが当然だと受け入れてしまっていることが雪は悲しかった。
「職場には連絡をしておく。それまではなんとか耐えてくれ」
義孝は真剣だった。
殴られた美子の頬を優しく撫でる。
それだけで痛みが和らぐような気がした。




