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聖女は退職したい  作者:
第1章 崩壊と逃避
7/11

第7話 神の沈黙

 翌朝、リゼルは宿を出た。

 空はまだ曇っている。

 でも、雨は降っていない。

「今日も……歩こう」

 街道を南へ。

 故郷まで、あと四日。

「もう少し……」

 リゼルは一歩ずつ、確実に進んでいく。


 *

 昼過ぎ、街道沿いで休憩を取っていると――。

「すみません」

 背後から声がかけられた。

 振り返ると、修道女姿の若い女性が立っていた。

「はい?」

「あの……道に迷ってしまって。この先に教会はありますか?」

「教会……」

 リゼルの胸が締め付けられた。

「ごめんなさい、私も旅の途中で……」

「そうですか……」

 修道女は残念そうに頷いた。

「実は、王都の聖堂から派遣されてきたのですが」

「王都の……!」

 リゼルの顔が強張る。

「はい。聖女様がいなくなって、各地の教会が混乱していまして」

 修道女は疲れた顔で言った。

「私たちが代わりに、人々を導くようにと」

「そう……なんですか」

「ええ。でも、奇跡は起こせませんから……正直、何をすればいいのか」

 修道女は困ったように笑った。

「聖女様がいてくださった時は、全てうまくいっていたのに」


 *

 リゼルは何も言えなかった。

 ただ、俯くだけ。

「あの……大丈夫ですか?」

「え、ええ……」

「もしかして、体調が悪いとか?」

「いえ、ちょっと疲れてるだけで」

「そうですか。なら、無理しないでくださいね」

 修道女は優しく微笑んだ。

「神様は、頑張りすぎる人を心配されますから」

「神様……は……」

 リゼルの声が震えた。

「本当に……そう思ってるんでしょうか」

「え?」

「神様は……私たちが壊れても、まだ働けって言うんじゃないでしょうか」

 修道女は驚いた顔をした。

「そんなことは……」

「だって」

 リゼルの目に涙が浮かぶ。

「私……いえ、聖女様は、きっと壊れるまで働かされてたんです」

「それは……」

「神様は、助けてくれなかった。ただ、沈黙してた」

 リゼルは立ち上がった。

「ごめんなさい。変なこと言って」

「いえ……」

 修道女は複雑な表情をしていた。

「あなた……もしかして……」

「失礼します」

 リゼルは逃げるように、その場を離れた。


 *

「まずい……」

 リゼルは急いで街道を歩く。

「気づかれたかも……」

 心臓が早鐘を打つ。

「早く……早く村に着かないと……」

 焦りが募る。

 でも、足は重い。

「もう……限界……」

 体が悲鳴を上げている。

「でも……止まれない……」

 必死に歩き続ける。


 *

 夕方、リゼルは森の中で力尽きた。

「もう……無理……」

 木の根元に座り込む。

「休まないと……」

 でも、ここで休んだら追いつかれるかもしれない。

「どうしよう……」

 不安が胸を締め付ける。

 その時――。

 空から、白い羽根が舞い降りてきた。

「これは……」

 リゼルはその羽根を拾う。

 淡く光っている。

「あの小鳥の……」

 羽根を握りしめる。

 不思議と、心が落ち着いた。

「ありがとう……」

 リゼルは羽根を胸にしまった。


 *

 その夜、森の中で野宿することにした。

 焚き火を起こし、持っていたパンを齧る。

「不味い……」

 でも、食べないと倒れる。

「頑張って……」

 無理やり飲み込む。

 そして、焚き火を見つめる。

「神様……」

 呟く。

「どうして、答えてくれないんですか」

 炎が揺れる。

「私が悪いんですか?」

 沈黙。

「私が……弱いから?」

 また沈黙。

「それとも……」

 涙が零れた。

「神様なんて……最初からいなかったんですか?」


 *

 その瞬間だった。

 風が吹いた。

 強く、優しく。

 そして――声が聞こえた。

『リゼル』

「っ!」

 リゼルは跳ね起きた。

「神様……!?」

『ごめんね』

 確かに、神の声。

「どうして……今更……」

『君を、苦しめてしまって』

 声が震えている。

「神様……」

『僕は……君が壊れるのを見たくなかった』

「なら……どうして止めてくれなかったんですか!」

 リゼルは叫んだ。

「どうして、あんなに働かせたんですか!」

『それは……』

 声が途切れる。

「答えてください!」

『僕は……君に選ばれる資格がなかったんだ』

「え……?」

『君は、神の道具じゃない。一人の人間だった』

 神の声が続く。

『でも、僕はそれを忘れていた』


 *

 リゼルは呆然とした。

「神様……」

『だから、君が逃げたことを……僕は嬉しく思ってる』

「嬉しい……?」

『ああ。君は、自分を守った。それが正しかった』

 風が優しく吹く。

『これからは、君の人生を生きなさい』

「でも……奇跡が消えて……みんな困ってて……」

『それは、人々が学ぶべきことなんだ』

 神は静かに言った。

『奇跡に頼らず、自分たちの力で生きることを』

「本当に……それでいいんですか?」

『ああ』

 そして――。

『リゼル、もう一度言うよ』

「はい……」

『君は、間違っていない』

 その言葉が、リゼルの心を満たした。

「ありがとう……ございます……」

 涙が溢れた。

「ありがとう……」

 風が止んだ。

 神の声は、もう聞こえない。

 でも――。

「心が……軽い……」

 リゼルは微笑んだ。

「これで……前に進める」


 *

 翌朝、リゼルは森を出た。

 空は晴れていた。

 雲の切れ間から、光が差し込んでいる。

「綺麗……」

 リゼルは立ち止まって、空を見上げた。

「神様、見てますか」

 呟く。

「私、頑張ります」

 風が吹く。

 まるで、励ますように。

「ありがとう」

 リゼルは歩き出した。

 故郷まで、あと三日。

「もう少し……」

 確かな足取りで。


(第7話・終)

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