第48話 結晶の秘密と、愚かな欲望
王城の一室、かつては王族の宝石が保管されていた宝物庫。 今は、即席の「研究室」となっていた。
テーブルの上には、リゼルが持ち帰った小瓶が置かれている。 その中にある透明な砂は、ランプの灯りを吸い込むように、幻想的な輝きを放っていた。
『……間違いない。これは「純粋な生命エネルギー」の結晶だ』
老齢の宮廷魔導師長が、震える手でルーペを置き、深く息を吐いた。
『本来、生命力というものは、血液やマナと同じで、体から離れれば霧散してしまうもの。だが、あの影たちはそれを奪い、何らかの方法でこの結晶の中に「固定」している』 『固定……ですか?』
リゼルが尋ねると、魔導師長は頷いた。
『ああ。言わば「命の缶詰」のようなものじゃ。リゼル殿の青い光は、この結晶の外殻(影の魔力)を破壊し、中身の生命力を解放した。だから、砂のように崩れ、光だけが残ったのじゃろう』
リゼルは小瓶を手に取った。 ほんのりと温かい。 これは、誰かの命の一部だ。
『では、この砂を……薬として使えば?』 『うむ。影に奪われた生命力を、この砂で補填することは理論上可能じゃ。……ただし』
魔導師長は、厳しい表情で言った。
『量が足りん。この小瓶一つでは、衰弱した子供一人を救うのがやっとじゃろう。数百人の患者全員を救うには、山のような結晶が必要になる』
部屋に沈黙が降りた。 山のような結晶。 つまり、それだけの数の影を倒さねばならないということだ。 だが、影は無限に湧いてくる。一体ずつ倒していては、患者の命が尽きるのとどちらが早いか……。
『……なら、一網打尽にするしかないな』
腕を組み、壁に寄りかかっていたアレクシスが口を開いた。
『広場の上空にある亀裂。あそこが影の発生源だ。そこには間違いなく、影たちを統率し、集めた生命力を管理している「親玉」がいるはずだ』
リゼルも頷いた。 森で見た時もそうだった。影たちは何かを「運んで」いた。 その行き先こそが、全ての元凶。
『親玉を叩けば、そこに蓄えられた大量の結晶が手に入るかもしれません。……いえ、必ず手に入れます』 『よし。作戦は決まりだ。「亀裂直下への強行突入」。精鋭のみで敵の本陣を突き、元凶を絶つ』
アレクシスが剣の柄に手をかけ、決意を露わにした時だった。
バンッ!!
扉が乱暴に開かれた。
『お待ちください、殿下!』
入ってきたのは、恰幅の良い中年男だった。 質の良いシルクの服を着ているが、その顔には品性の欠片もない欲望が張り付いている。 財務大臣を務める、バルド侯爵だ。
『なんだ、騒々しい』 『聞き捨てなりませんな! その小瓶の中身……「命の結晶」だとか? それを、薄汚い平民どもに使うなどと!』
侯爵は、脂ぎった目でリゼルの手元を凝視した。
『それは「不老不死」の秘薬になり得るものでしょう!? ならば、まずは王族や、我々高貴な者にこそ使われるべきだ! それを平民の治療になど、ドブに捨てるようなもの!』
リゼルは眉をひそめた。 国が滅びかけているこの状況で、まだそんなことを言っているのか。
『侯爵。これは薬ではありません。奪われた人々の「命」そのものです。持ち主に返すのが道理です』 『黙れ、元聖女風情が!』
侯爵が唾を飛ばして叫ぶ。
『貴様はただの道具だ! その結晶をよこせ! ワシが管理し、正しく――つまり、高い金を払える者に配分してやる! それこそが経済というものだ!』
侯爵がリゼルに手を伸ばした、その時。
ヒュンッ!
銀色の閃光が走り、侯爵の目の前の床に、剣が深々と突き刺さった。
『ひいっ!?』 『……「黙れ」と言ったのは私だ、バルド』
アレクシスだった。 彼は静かに、しかし凍えるような殺気を放って侯爵を見下ろしていた。 かつて、貴族たちの顔色ばかり窺っていた王太子の姿は、そこにはない。
『殿、殿下……? 乱心なされましたか? 私は、国の利益を……』 『国の利益? 民を見捨てて、自分だけが生き延びることがか?』
アレクシスは床の剣を引き抜き、切っ先を侯爵の鼻先に突きつけた。
『お前たちが私利私欲を貪り、聖女を道具として使い潰そうとした結果が、今のこのザマだ。まだ分からないのか?』 『し、しかし……』 『二度と言わん。失せろ。……次にその汚い手でリゼルや民の希望に触れようとしたら、この剣が火を噴くぞ』
『ひ、ひいぃぃぃっ!』
侯爵は腰を抜かし、這うようにして部屋から逃げ出した。 廊下に、情けない悲鳴が遠ざかっていく。
アレクシスはふぅ、と息を吐き、剣を鞘に納めた。
『……すまない、リゼル。不愉快な思いをさせた』 『いいえ。……殿下、変わられましたね』 『そうか? ……まあ、背中を預ける相手ができたからな』
アレクシスは少し照れくさそうに笑い、リゼルを見た。
『さあ、行こう。雑音は消えた。あとは本丸を落とすだけだ』
*
王城の中庭には、選抜された精鋭騎士たちと、トムさんが待機していた。 トムさんは、真新しい金属製の盾を装備している。 王家の鍛冶師が、トムさんのために特急で作ってくれたものだ。
『おう、やっとお出出しか。待ちくたびれたぜ』 『ごめんなさい、トムさん。準備はいいですか?』 『ああ。……と言いたいところだが、見てみろよ』
トムさんが顎でしゃくった先、広場の上空。 黒い亀裂が、ドクンドクンと脈打っている。 そして、その直下の地面が盛り上がり、何かが生まれようとしていた。
『グルルルル……』
地響きのような唸り声。 黒い靄が渦を巻き、巨大な人型を形成していく。 身長は5メートルほど。全身が漆黒の鎧で覆われたような、「巨人の影」だ。
『で、でけぇ……』 『あれが、親玉を守る番人……あるいは、親玉そのものか』
アレクシスが剣を抜く。 巨人の影は、燃えるような赤い目をギョロリと動かし、リゼルたちを睨みつけた。 その圧力だけで、肌が粟立つほどの恐怖を感じる。
『リゼル、後ろにいろ! 俺と殿下で隙を作る!』
トムさんが盾を構えて叫ぶ。
『いいえ!』
リゼルは一歩前に出た。 ペンダントの青い石を握りしめる。
『私も戦います。あの巨人の核を撃ち抜けるのは、私の光だけです!』 『……へっ、言うようになったな!』
トムさんはニヤリと笑った。
『よし、行くぞ! フェルナ村流の喧嘩のやり方、見せてやる!』 『王家流の剣技も見せてやろう!』
二人の男が左右に散開し、同時に駆け出した。 リゼルもまた、青い光を両手に宿し、中央を駆ける。
決戦の火蓋が切られた。 目指すは、巨人の胸元に輝く、どす黒い光の核。 あれを砕けば、大量の結晶が手に入るはずだ。
『いっけぇぇぇぇッ!!』
リゼルの叫びが、死に絶えた王都の空に響き渡った。
(第48話・終)
邪魔な貴族を一蹴し、ついにボス戦へ! トムさんの「村流の喧嘩」と、アレクシスの「王家の剣技」、そしてリゼルの「青い光」のコンビネーションが見どころです。




