第39話 聖騎士団、出動
しかし、全てが順調だったわけではない。
王都の一角で、密かに動いている者たちがいた。
旧体制派の貴族たち。
「許せん……」
豪華な邸宅の一室。
「聖女が、あんな演説をするとは……」
*
「奇跡なしで生きろだと?」
貴族の一人が怒りを露わにする。
「ふざけるな。我々は、奇跡の恩恵を受けてきた」
「それを奪うなど……」
「ああ。許せん」
貴族たちが口々に言う。
*
「だが、王は聖女の味方だ」
「枢機卿もそうだ」
「どうする?」
沈黙。
やがて、一人が言った。
「聖騎士団を……動かすしかない」
*
「聖騎士団……?」
「ああ。旧態依然とした、保守派の騎士たち」
貴族は続ける。
「彼らなら、聖女を連れ戻してくれるだろう」
「しかし、王の許可なしに……」
「構わん。これは、国のためだ」
*
こうして、密かに聖騎士団が動き出した。
団長は、厳格な老騎士。
「聖女を連れ戻せ、か……」
命令書を見つめる。
「王の許可はないが……国のためならば……」
彼は立ち上がった。
*
「全員、集合!」
騎士たちが集まる。
「これより、聖女奪還作戦を開始する」
「は、しかし団長……王の許可は?」
「ない」
団長は冷たく言った。
「だが、国のためだ。従え」
「はっ……」
*
五十人の騎士団が、王都を出発した。
目指すは、フェルナ村。
「聖女様を、必ず連れ戻す」
団長の決意は固かった。
「そして、奇跡を復活させる」
馬を走らせる。
*
一方、フェルナ村に戻ったリゼルは。
「ただいま!」
「おかえり、リゼル!」
村人たちが出迎えてくれた。
「よく頑張ったな」
「お疲れ様」
温かい言葉。
*
子供たちが飛びついてくる。
「先生! 会いたかった!」
「私も!」
リゼルは子供たちを抱きしめた。
「ただいま、みんな」
「おかえり!」
笑顔が溢れる。
*
その夜、リゼルは丘に登った。
「やっぱり、ここが一番落ち着く」
村を見下ろす。
小さな灯りが、温かく輝いている。
「私の家……」
幸せを噛みしめる。
*
しかし――。
翌朝、異変が起きた。
「リゼル! 大変だ!」
トムが血相を変えて駆け込んできた。
「どうしたんですか?」
「聖騎士団が来た! 五十人も!」
「え……!」
*
リゼルは村の入り口へ急いだ。
そこには――。
銀の鎧を纏った騎士たちが、整列していた。
「聖女リゼル・アルティナ」
団長が名を呼んだ。
「我々と共に、王都へ来てもらう」
*
「お断りします」
リゼルははっきりと言った。
「私は昨日、王都から戻ったばかりです」
「そうか。だが、我々の命令は絶対だ」
団長は剣に手をかけた。
「従わねば、力ずくでも」
*
村人たちが前に出た。
「リゼルは渡さない!」
「俺たちの仲間だ!」
「帰れ!」
口々に叫ぶ。
団長は舌打ちした。
「邪魔をするな、村人ども」
*
「待って!」
リゼルが叫んだ。
「村の人たちに、手を出さないで!」
「なら、素直に来い」
「それは……」
リゼルは迷った。
*
その時、遠くから声が聞こえた。
「待て!」
馬の蹄の音。
やがて、一団が現れた。
王の紋章を掲げた、正規軍だった。
*
「団長、その命令は無効だ」
正規軍の隊長が言った。
「何だと?」
「王の命令だ。聖騎士団は即刻、王都に戻れ」
「しかし……」
「これは勅命だ。従え」
*
団長は、悔しそうに歯を食いしばった。
「……分かった」
騎士たちに命じる。
「撤退する」
「はっ」
聖騎士団は、馬を返した。
*
リゼルは安堵の息を吐いた。
「助かった……」
正規軍の隊長が馬を降りた。
「リゼル様、ご無事で」
「ありがとうございます」
「王の命令で、護衛に来ました」
「王が……」
*
「はい。陛下は仰いました。『リゼルを自由にさせよ』と」
隊長は微笑んだ。
「もう、誰もあなたを連れ戻しません」
「本当に……?」
「ええ。約束します」
リゼルは涙を流した。
「ありがとうございます……」
*
正規軍が去った後、村人たちが集まった。
「よかったな、リゼル」
「ああ。これで安心だ」
「もう誰も、お前を連れて行けない」
皆が喜んでいる。
リゼルも微笑んだ。
「はい……やっと、本当の自由を手に入れました」
*
その夜、リゼルは日記を書いた。
『今日、聖騎士団が来ました』
『でも、王の命令で追い返されました』
『王は、私を自由にさせてくれました』
ペンを走らせる。
『これで、本当に自由です』
*
『誰も私を縛ることはできません』
『これからは、自分の意志だけで生きていけます』
涙が浮かぶ。
『長い戦いでした』
『でも、やっと終わりました』
*
『ありがとう、みんな』
『支えてくれて』
『守ってくれて』
リゼルは微笑んだ。
『これから、恩返しをします』
『一生、この村で生きていきます』
*
窓の外、月が輝いている。
「おやすみなさい、神様」
呟く。
「これで、やっと落ち着けます」
風が優しく吹いた。
「ありがとうございました」
リゼルは安らかに眠りについた。
(第39話・終)




