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第37話 枢機卿の焦燥

 ――王都・聖堂。

 枢機卿エルヴィンは、執務室で報告書を読んでいた。

『各地の村、順調に復興』

『人々の士気、高まる』

『神官たちの活動、評価される』

 良い知らせばかり。

 でも――。

「まだ、足りない……」

 枢機卿は呟いた。

「もっと、早く……」

 焦りが募る。

「このままでは……」

 ミナが部屋に入ってきた。

「枢機卿様、お疲れのようですね」

「ああ、ミナか」

「少し、休まれてはいかがですか」

「休んでいる暇はない」

 枢機卿は首を振った。

「まだ、やることが山積みだ」

「でも、順調ではないですか」

 ミナは報告書を見て言った。

「各地で復興が進んでいます」

「それでも……まだ苦しんでいる人がいる」

 枢機卿は窓の外を見た。

「一人でも多く、救わなければ……」

 ミナは、枢機卿の様子を心配そうに見ていた。

「枢機卿様……」

「何だ?」

「あなた、リゼル様に似てきましたね」

「え……?」

「頑張りすぎてる」

 ミナは続ける。

「このままじゃ、倒れてしまいますよ」

 枢機卿は、ハッとした。

「私が……リゼル様に……」

「はい。あの方も、こうやって頑張りすぎて……」

 ミナの声が震える。

「そして、壊れかけた」

「……」

「だから、お願いです。休んでください」

 枢機卿は、しばらく黙っていた。

 そして――。

「分かった」

 静かに言った。

「少し、休もう」

「本当ですか?」

「ああ。君の言う通りだ」

 枢機卿は微笑んだ。

「私が倒れたら、元も子もない」

 その夜、枢機卿は久しぶりに早く寝た。

 でも、眠れなかった。

「リゼル様……」

 天井を見つめる。

「あなたは、今頃どうしているのだろう」

 枢機卿は、リゼルのことを思い出していた。

 倒れた日。

 退職届を見つけた日。

 そして――。

「私が、あなたを追い詰めた……」

 罪悪感が襲ってくる。

「でも……」

 枢機卿は呟いた。

「あなたのおかげで、私は変われた」

「人々も変われた」

「だから……」

 涙が零れる。

「ありがとう……」

 翌朝、枢機卿は決意した。

「リゼル様に、会いに行こう」

 ミナに告げる。

「本当ですか!」

「ああ。直接、謝りたい」

 枢機卿は続ける。

「そして、感謝を伝えたい」

「いつ行かれますか?」

「来月だ。村の祭りがあると聞いた」

「はい、収穫祭です」

「なら、その時に行こう」

 枢機卿は微笑んだ。

「久しぶりに、彼女の笑顔が見たい」

 ミナも嬉しそうだった。

「私も、一緒に行っていいですか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます!」

 ミナは涙を流した。

「リゼル様……会いたかった……」

 一方、フェルナ村では。

 リゼルは収穫祭の準備をしていた。

「今年は、豊作だったわね」

「ああ。みんな、頑張った甲斐があった」

 トムが笑った。

「お前のおかげでもあるぞ」

「私は何も……」

「謙遜すんな」

 トムは続ける。

「お前が花を植えたおかげで、土が良くなった」

「そうなんですか?」

「ああ。花が土を豊かにするんだ」

「へえ……」

 リゼルは驚いた。

「知らなかった……」

「とにかく、今年の収穫祭は盛大にやるぞ」

「はい!」

 村人たちが張り切っている。

「料理も、たくさん作ろう」

「音楽も準備しないと」

「子供たちの出し物もあるぞ」

 リゼルは、その準備を手伝いながら思った。

「幸せだな……」

 こうやって、みんなで何かを作り上げる。

「これが、村の絆……」

 温かいものが、胸を満たす。

 その時、子供の一人が言った。

「先生、収穫祭で何か発表したい!」

「発表?」

「うん! みんなで劇をやりたいの!」

「劇……いいわね」

 リゼルは微笑んだ。

「何の劇?」

「先生のお話!」

 子供たちが目を輝かせた。

「聖女様だった時のこと」

「え……私の?」

「うん! みんなに知ってもらいたいの」

「先生が、どんなに頑張ったか」

 リゼルは困った顔をした。

「でも……恥ずかしいわ」

「いいじゃん!」

「やろうよ!」

 子供たちが懇願する。

「うーん……」

 リゼルは考えた。

「分かった。でも、条件があるわ」

「条件?」

「ええ。私が辞めた理由も、ちゃんと描くこと」

 リゼルは真剣な顔で言った。

「過労で苦しんだこと。逃げたこと」

「全部、正直に描いてね」

「分かった!」

 子供たちは嬉しそうに頷いた。

「じゃあ、台本作ろう!」

「衣装も準備しないと!」

「頑張ろう!」

 子供たちが走り去った。

 リゼルは、その背中を見送りながら思った。

「私の物語……か」

 少し恥ずかしいけど。

「でも、誰かの役に立つかもしれない」

 働きすぎて苦しんでいる人に。

「伝えられたら……いいな」

 一週間後。

 子供たちが台本を持ってきた。

「先生、できた!」

「見せて」

 リゼルは台本を読み始めた。

『聖女リゼルの物語』

 タイトルが書かれている。

 内容は――。

 聖女として働く日々。

 過労で倒れる場面。

 逃げ出す決意。

 そして、村での新しい生活。


「よくできてるわ」

 リゼルは涙を流した。

「ちゃんと、全部描いてくれたのね」

「うん! 先生の気持ち、考えながら書いたの」

「ありがとう……」

 リゼルは子供たちを抱きしめた。

 収穫祭まで、あと二週間。

 子供たちは、毎日練習した。

「もっと大きな声で!」

「ここは悲しそうに!」

「そうそう、上手!」

 リゼルも、演出を手伝った。

 そして――。

 収穫祭の日が来た。

 村中が、祭りの準備で賑わっている。

「今日は楽しもう!」

「おう!」

 活気に満ちている。

 リゼルは、子供たちの最終確認をしていた。

「緊張してる?」

「うん、ちょっと……」

「大丈夫。いつも通りにやれば」

 リゼルは優しく言った。

「みんな、応援してくれるから」

「うん!」

 その時、村の入り口で騒ぎが起きた。

「誰か来たぞ!」

「馬車だ!」

 リゼルも見に行った。

「誰だろう……」

 

 馬車が止まり、扉が開いた。

 そこから降りてきたのは――。

「枢機卿様……!」

 リゼルは目を見開いた。

「そして……ミナ!」

「リゼル様……!」

 ミナが駆け寄ってくる。

 二人は抱き合った。

「会いたかった……!」

「私も……!」

 涙が止まらない。

「元気だった?」

「うん……すごく元気!」

 リゼルは笑顔で答えた。

 枢機卿が近づいてきた。

「リゼル様……」

「枢機卿様……」

 二人は向かい合った。

「お久しぶりです」

「ああ……本当に……」

 枢機卿は涙を流した。

「すまなかった……」

 枢機卿は深く頭を下げた。

「あなたを、追い詰めてしまって……」

「顔を上げてください」

 リゼルは優しく言った。

「もう、過ぎたことです」

「でも……」

「それに」

 リゼルは微笑んだ。

「あのおかげで、私は変われました」

「リゼル様……」

「だから、感謝しています」

「感謝……?」

「はい。あの経験があったから、今の私がいます」

 枢機卿は、リゼルの手を握った。

「あなたは……本当に強い……」

「いいえ。みんなのおかげです」

 リゼルは村人たちを見た。

「ここの人たちが、支えてくれたんです」

「なるほど……」

 枢機卿は村を見回した。

「素晴らしい村ですね」

「はい。私の大切な家です」

 リゼルは誇らしげに言った。

「さあ、収穫祭に参加してください」

「ありがとうございます」

 こうして、枢機卿とミナは村の収穫祭に参加することになった。

 そして、子供たちの劇も見ることになる。

「楽しみですね」

 ミナが言った。

「ええ、とっても」

 リゼルは微笑んだ。


(第37話・終)

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