第36話「王都の混乱報告」
リゼルが旅から戻って数日後。
村に、王都からの使者が訪れた。
「リゼル・アルティナ殿はおられますか」
正装した若い男性。
村人たちが警戒する。
「また、追手か……?」
「いや、違うみたいだ」
リゼルが現れた。
「私がリゼルです」
「ああ、やっと会えました」
使者は安堵の表情を浮かべた。
「王都の枢機卿様からの伝言をお持ちしました」
「枢機卿様から……?」
リゼルは緊張した。
使者は手紙を差し出した。
「どうぞ」
リゼルは震える手で、封を開ける。
『リゼル様。お元気でしょうか。突然の手紙、お許しください』
枢機卿の文字。
『王都の状況を、お伝えしたく筆を取りました』
リゼルは読み進める。
『あなたが去ってから、王都は大きく変わりました』
『最初は混乱しましたが、今は落ち着いています』
『人々は、奇跡なしで生きることを学びました』
リゼルの目が見開かれた。
『神官たちが街に出て、人々を助けています』
『医療、農業、建築。様々な分野で』
『そして、人々も協力し合うようになりました』
涙が浮かぶ。
『これは全て、あなたのおかげです』
『あなたが辞めたことで、私たちは気づきました』
『奇跡に頼りすぎていたこと』
『人の力を信じていなかったこと』
枢機卿の言葉が続く。
『今では、人々が自分の力で生きています』
『そして、それを誇りに思っています』
『あなたに、心から感謝します』
『そして、謝罪します』
『あなたを追い詰めてしまったこと』
リゼルは涙を流した。
『どうか、幸せに生きてください』
『それが、私たちの願いです』
『追伸:ミナが、あなたに会いたがっています』
『もしよろしければ、いつか王都にいらしてください』
『心よりお待ちしております。枢機卿エルヴィン・グラント』
手紙を読み終えたリゼルは、泣き崩れた。
「枢機卿様……」
使者が言った。
「枢機卿様は、本当に変わられました」
「変わった……?」
「はい。以前は厳格で、恐ろしい方でした」
使者は続ける。
「でも今は、優しくなられました」
「人々のことを、本当に考えておられます」
「そう……ですか」
「はい。そして、いつもあなたのことを気にかけておられます」
使者は微笑んだ。
「『リゼル様は、元気だろうか』と」
リゼルは涙を拭った。
「枢機卿様に、伝えてください」
「はい」
「私は、とても元気です」
リゼルは微笑んだ。
「そして、幸せです」
「分かりました」
「それと……」
リゼルは続ける。
「いつか、必ず王都に行きます」
「本当ですか!」
使者が嬉しそうな顔をした。
「ええ。ミナに……みんなに会いたいですから」
「枢機卿様も、きっとお喜びになります」
使者が去った後、村人たちが集まってきた。
「リゼル、何だったんだ?」
「王都の様子を、知らせてくれました」
リゼルは説明した。
「王都も、奇跡なしで生きているそうです」
「そうか……」
「ああ、なら安心だな」
トムが言った。
「じゃあ、もう追われる心配はないな」
「はい……みたいです」
リゼルは微笑んだ。
「本当に……自由になれました」
「よかったな、リゼル」
「はい……」
涙が零れる。
その夜、リゼルは手紙を読み返していた。
「枢機卿様……変わったんだ」
嬉しかった。
「人々も、変わった」
それが、何より嬉しい。
「私が辞めたこと……無駄じゃなかった」
婆さんが部屋に入ってきた。
「リゼル、泣いてるのかい?」
「いえ……嬉しくて」
「そうかい」
婆さんは微笑んだ。
「よかったね」
「はい……」
「婆さん」
「何だい?」
「いつか、王都に行ってもいいですか?」
「もちろんさ。お前の自由だ」
婆さんは続ける。
「でも、ちゃんと帰ってくるんだよ」
「はい、必ず」
リゼルは頷いた。
翌日、リゼルは授業で子供たちに話した。
「みんな、嬉しいお知らせがあります」
「何?」
「王都も、奇跡なしで生きているそうです」
「本当!?」
「ええ。人々が協力し合って、頑張っているそうよ」
子供たちが拍手した。
「すごい!」
「やったね!」
「そうね。これは、みんなの勝利よ」
リゼルは微笑んだ。
「奇跡がなくても、人は生きていける」
「それを、世界中が証明したの」
一人の少年が手を挙げた。
「先生、質問」
「何かな?」
「じゃあ、もう奇跡はいらないの?」
「いい質問ね」
リゼルは考えた。
「奇跡は……いらないわけじゃないわ」
「え?」
「でも、頼りすぎてはいけない」
リゼルは続ける。
「奇跡は、特別な時のためのもの」
「特別な時?」
「ええ。本当に困った時、自分の力だけじゃどうしようもない時」
「その時だけ、奇跡に頼ればいい」
リゼルは微笑んだ。
「普段は、自分の力で頑張る」
「なるほど……」
子供たちが納得した顔をする。
「分かった!」
授業後、リゼルは一人で教室に残っていた。
「奇跡……か」
窓の外を見る。
「私も、いつか本当に必要な時が来るかな」
でも、今は必要ない。
「今は、自分の力で生きられるから」
その時、ノックの音がした。
「はい」
「リゼル先生、いますか?」
村長だった。
「村長、どうしたんですか?」
「実は、相談があるんだ」
「何でしょう?」
「学校を、もっと大きくしたい」
村長は真剣な顔で言った。
「今は十人だが、もっと受け入れたい」
「それは……素晴らしいですね」
「ああ。お前の評判を聞いて、隣村からも来たいという子がいる」
「本当ですか!」
「ああ。だから、校舎を増築しようと思う」
村長は続ける。
「それと、助手も雇いたい」
「助手……」
「ああ。お前一人じゃ、大変だろう」
リゼルは考えた。
「分かりました。助手、探してみます」
「頼んだぞ」
村長は満足そうに頷いた。
「お前の学校は、村の誇りだ」
「ありがとうございます」
リゼルは嬉しそうに微笑んだ。
その夜、リゼルは日記を書いた。
『今日、王都からの手紙が届きました』
『王都も、奇跡なしで生きているそうです』
『枢機卿様からの、優しい言葉』
ペンを走らせる。
『嬉しくて、涙が止まりませんでした』
『私が辞めたことは、間違いじゃなかった』
『むしろ、必要なことだったんですね』
リゼルは微笑んだ。
『人々は、自分の力に気づきました』
『そして、協力し合うことを学びました』
『これが、本当の強さなんですね』
『神に頼るのではなく』
『人が人を支える』
涙が浮かぶ。
『美しい世界です』
『そして、私の学校も大きくなります』
『もっと多くの子供たちに、教えられます』
『本当の奇跡とは何か』
『人の力の素晴らしさを』
リゼルは窓の外を見た。
月が輝いている。
「ありがとう、神様」
呟く。
「世界が、変わり始めました」
風が吹く。
「私も、もっと頑張ります」
決意を新たにした。
翌朝、リゼルは村人たちに提案した。
「助手を探しています」
「助手?」
「はい。学校が大きくなるので」
リゼルは続ける。
「誰か、教えることに興味がある人はいませんか?」
しばらく沈黙があった後――。
「私、やってみたいです」
一人の若い女性が手を挙げた。
「本当ですか?」
「はい。子供たちに、何か教えられたらと」
「ありがとうございます!」
リゼルは嬉しそうに微笑んだ。
こうして、リゼルの学校は新しい段階に入った。
助手も決まり、校舎も増築される。
「これから、もっと多くの子供たちに教えられる」
期待に胸が膨らむ。
「頑張ろう」
未来が、輝いて見えた。
(第36話・終)




