第33話 夢の中の神
その夜、リゼルは深い眠りについた。
すると――夢を見た。
真っ白な空間。
どこまでも続く、光の世界。
「ここは……」
リゼルは立っていた。
「また、この場所……」
見覚えがある。
*
『よく来たね、リゼル』
声が響いた。
「神様……!」
光の中に、人型のシルエットが浮かび上がる。
「お久しぶりです」
『ああ。元気にしてたかい?』
「はい。おかげさまで」
リゼルは微笑んだ。
*
『良かった』
神も微笑んでいるようだった。
『君は、本当によくやってるね』
「ありがとうございます」
『村の先生として、子供たちを導いて』
「まだまだ、未熟ですけど」
『謙遜しなくていい。君は素晴らしいよ』
*
リゼルは嬉しそうに頭を下げた。
「神様、一つ聞いてもいいですか?」
『何だい?』
「どうして……私を聖女に選んだんですか?」
リゼルは真剣な顔で尋ねた。
「あの時、私は何も特別じゃなかった」
*
『それが理由だよ』
神は答えた。
「え……?」
『君が特別じゃなかったから、選んだんだ』
「どういう……」
『聖女は、完璧な人間である必要はない』
神は続ける。
『むしろ、弱さを知っている人の方がいい』
*
「弱さを……知っている?」
『そう。完璧な人は、他人の弱さを理解できない』
神の声が優しい。
『でも、君は違った』
「私……」
『君は、苦しみを知っていた。だから、他人の痛みが分かった』
*
リゼルは涙を流した。
「でも……私、聖女を辞めちゃいました」
『それでいいんだ』
神は言った。
『君が壊れてまで、聖女を続ける必要はなかった』
「神様……」
『君は、正しい選択をした』
*
「でも……」
リゼルは俯いた。
「私が辞めたせいで、困った人もいます」
『それは仕方ないことだ』
神は静かに言った。
『君一人で、全世界を救うことはできない』
「でも……」
『リゼル、聞いて』
*
神の声が真剣になった。
『君の人生は、君のものだ』
「私の……」
『他人のために生きることも大切だけど』
『自分を犠牲にしてまでやることじゃない』
神は続ける。
『まず、自分を大切にしなさい』
*
リゼルは顔を上げた。
「自分を……大切に……」
『そう。それができて初めて、他人を大切にできる』
神の言葉が、胸に響く。
『君は今、それができてる』
「本当に……?」
『ああ。自分を守りながら、他人を助けている』
*
『それが、一番美しい生き方だ』
神は微笑んだ。
『だから、自信を持っていい』
「ありがとうございます……」
リゼルは涙を拭った。
「神様、もう一つ聞いてもいいですか?」
『何だい?』
「私……これからどう生きればいいですか?」
*
神は、少し考えてから答えた。
『好きに生きればいい』
「好きに……」
『そう。君がやりたいことをやりなさい』
神は続ける。
『誰かの期待に応えるんじゃなく、自分の心に従って』
*
「でも……それって、わがままじゃ……」
『わがままでいいんだ』
神は断言した。
『君の人生なんだから』
「私の……人生……」
『そう。誰のものでもない、君だけのもの』
*
リゼルは、その言葉を噛みしめた。
「私の……人生……」
涙が溢れる。
「ありがとうございます……」
『どういたしまして』
神の声が遠くなり始める。
「待って……!」
*
『もう行かなきゃ』
「また……会えますか?」
『もちろん。必要な時は、いつでも』
光が強くなる。
『でも、基本的には君一人で大丈夫』
「神様……!」
『信じてるよ、リゼル』
*
光が消えた。
リゼルは目を覚ました。
「はっ……」
朝日が、窓から差し込んでいる。
「夢……」
でも、確かに神と話した。
「ありがとう、神様……」
*
その日の朝食で、婆さんが言った。
「リゼル、いい顔してるね」
「そうですか?」
「ああ。何かあったのかい?」
「夢で……神様と話しました」
リゼルは微笑んだ。
「色々、教えてもらいました」
*
「そうかい。なら、よかった」
婆さんも嬉しそうだった。
「で、何を教わったんだい?」
「自分の人生は、自分のものだって」
リゼルは続ける。
「好きに生きていいって」
「いいこと言うね、神様も」
婆さんは笑った。
*
学校では、子供たちが待っていた。
「先生、おはよう!」
「おはようございます」
リゼルは元気よく挨拶した。
「今日は、特別な授業をします」
「特別?」
「ええ。『自分の人生』について」
*
子供たちが興味津々の顔をする。
「自分の人生?」
「そう。みんなの人生は、みんなのもの」
リゼルは黒板に書いた。
『自分の人生は、自分で決める』
「誰かに決められるものじゃないの」
*
「でも……」
一人の少年が言った。
「親とか先生とか、大人が決めるんじゃないの?」
「それは違うわ」
リゼルは首を振った。
「大人はアドバイスはできる。でも、決めるのは自分」
「決めるのは……自分……」
「そう。最後は、自分で選ぶの」
*
「でも、間違えたら?」
少女が心配そうに尋ねる。
「間違えてもいいのよ」
リゼルは微笑んだ。
「間違えて、学ぶこともある」
「そうなの?」
「ええ。私も、たくさん間違えた」
*
「先生も?」
「ええ。でも、その度に学んだわ」
リゼルは続ける。
「だから、間違いを恐れないで」
「自分で決めて、自分で責任を取る」
「それが、大人になるってことよ」
*
子供たちが真剣に聞いている。
「難しそう……」
「最初は難しいわ。でも、少しずつ慣れる」
リゼルは優しく言った。
「今から、小さなことから始めましょう」
「小さなこと?」
「ええ。例えば、今日のおやつを自分で選ぶとか」
*
子供たちが笑った。
「それなら、できる!」
「でしょう? そういう小さな選択の積み重ねが、人生なの」
リゼルは微笑んだ。
「だから、一つ一つを大切にしてね」
「はーい!」
*
授業後、一人の少女が言った。
「先生、私決めた」
「何を?」
「将来、先生みたいになる」
少女は目を輝かせた。
「それが、私の選択」
「素晴らしいわ」
リゼルは少女の頭を撫でた。
*
「でも」
リゼルは続ける。
「途中で変わってもいいのよ」
「え?」
「選択は、何度でも変えられる」
リゼルは微笑んだ。
「だから、縛られないで。自由に選んで」
「分かった!」
少女は嬉しそうに走り去った。
*
その夜、リゼルは日記を書いた。
『夢で、神様と話しました』
『自分の人生は、自分のものだと教わりました』
『好きに生きていいと』
ペンを走らせる。
『それを、子供たちにも伝えました』
*
『自分で選ぶこと』
『自分で決めること』
『それが、どれだけ大切か』
リゼルは微笑んだ。
『私も、やっと分かりました』
*
『聖女時代は、全て決められていました』
『何をするか、どう生きるか』
『でも今は違います』
涙が浮かぶ。
『全て、私が決めています』
*
『これが、自由なんですね』
『怖いこともあります』
『でも、楽しいです』
リゼルは窓の外を見た。
『ありがとう、神様』
*
月が輝いている。
「おやすみなさい、神様」
呟く。
「これから、自分で選んで生きていきます」
風が吹く。
「見守っていてください」
星が瞬いた。
*
翌日、リゼルは村長に呼ばれた。
「リゼル、相談がある」
「何でしょう?」
「学校を、もっと大きくしたいんだ」
村長は真剣な顔で言った。
「隣村の子供たちも受け入れたい」
「それは……素晴らしいですね」
*
「ただ、そうなるとお前一人じゃ大変だ」
「はい……」
「だから、助手を雇いたい。どうだ?」
村長が尋ねる。
「お前が選んでくれ」
「私が……選ぶんですか?」
「ああ。お前の学校なんだから」
*
リゼルは、少し考えた。
そして――。
「分かりました。私が選びます」
はっきりと答えた。
「自分で決めます」
「よし。頼んだぞ」
村長は満足そうに笑った。
*
リゼルは思った。
「自分で決める……」
それが、どれだけ大切か。
「神様が教えてくれたこと」
実践する時が来た。
「頑張ろう」
リゼルは決意した。
(第33話・終)




