第31話 光のない夜
ある晩、村に停電が起きた。
「暗い……」
リゼルは慌てて窓を開ける。
村全体が、真っ暗だった。
「どうしたんだろう……」
外に出ると、村人たちも出てきていた。
*
「おい、何が起きた?」
「分からん。突然、全ての灯りが消えた」
「魔法の街灯も?」
「ああ。全部だ」
村人たちが戸惑っている。
リゼルも、不安になった。
「これは……」
*
トムが駆け寄ってきた。
「リゼル、大丈夫か?」
「はい。でも、一体何が……」
「分からん。でも、魔法の灯りが全て消えた」
トムは深刻な顔をしていた。
「もしかしたら……聖女様の祝福が切れたのかもしれん」
「祝福……」
リゼルの顔が青ざめた。
*
「私が……聖女を辞めたから……?」
「いや、お前のせいじゃない」
トムは首を振った。
「祝福には期限がある。それが切れただけだ」
「でも……」
「気にすんな。何とかする」
トムは村人たちに呼びかけた。
「みんな、焚き火を焚こう!」
*
村人たちが動き出す。
「薪を集めろ!」
「広場に火を起こすぞ!」
「急げ!」
皆が協力して、焚き火の準備を始める。
リゼルも手伝おうとした。
「私も……」
*
しかし、婆さんが止めた。
「リゼル、お前は休んでな」
「でも……」
「いいから」
婆さんは優しく言った。
「お前のせいじゃない。だから、気に病むな」
「婆さん……」
リゼルは涙を堪えた。
*
一時間後。
広場に大きな焚き火が焚かれた。
「できたぞ!」
「明るい!」
炎が、村を照らす。
人々が焚き火の周りに集まる。
「暖かいな」
「これなら、大丈夫だ」
*
リゼルも、焚き火の傍に座った。
「ごめんなさい……」
小さく呟く。
「私が聖女を辞めたから……」
「聞こえてるぞ」
トムが隣に座った。
「謝るな。お前のせいじゃない」
「でも……」
*
「いいか、リゼル」
トムは真剣な顔で言った。
「確かに、聖女様の祝福は便利だった」
「はい……」
「でも、それがなくても生きていける」
トムは焚き火を見つめた。
「昔はこうやって、焚き火で明かりを取ってたんだ」
「そうなんですか……」
「ああ。奇跡に頼る前は、自分たちでやってた」
*
「なら……」
リゼルは顔を上げた。
「また、そうすればいいんですね」
「その通りだ」
トムは笑った。
「人間は、適応する生き物だ。きっと大丈夫」
「トムさん……」
「だから、お前は何も気にすんな」
*
その時、子供の一人が言った。
「ねえ、暗いけど……星が綺麗だね」
「本当だ……」
皆が空を見上げる。
満天の星空。
普段は街灯の明かりで見えなかった星が、くっきりと輝いている。
「すごい……」
*
「こんなに星があったのか……」
「知らなかった……」
村人たちが感動している。
「綺麗だな……」
「ああ……」
リゼルも、星を見上げた。
「本当……綺麗……」
*
一人の老人が言った。
「そういえば、昔はこうやって星を見てたな」
「そうなのか?」
「ああ。街灯がなかった頃は、夜空がこんなに明るかった」
老人は懐かしそうに語る。
「星を見ながら、色んな話をしたもんだ」
*
「それって……いいですね」
リゼルが言った。
「ええ、とてもいいことよ」
老婆も頷いた。
「便利さを追い求めて、大切なものを忘れてたのかもしれないね」
「大切なもの……」
「そう。この美しい星空とか」
*
その言葉に、村人たちが頷いた。
「確かに……」
「便利になりすぎてたのかもな」
「たまには、こういう夜もいいかも」
少しずつ、雰囲気が変わっていく。
不安から、受容へ。
*
リゼルは、ほっとした。
「みんな……強い……」
涙が浮かぶ。
「奇跡がなくても、前を向いてる」
トムが肩を叩いた。
「だろ? 人間は、強いんだ」
「はい……」
リゼルは頷いた。
*
その夜、焚き火を囲んで、村人たちは語り合った。
「昔話をしようか」
「いいね」
「俺が子供の頃はな……」
老人たちが、昔の話を始める。
子供たちは、目を輝かせて聞いている。
*
「奇跡がなかった時代の話だ」
「へえ」
「人々は、自分の力で生きていた」
老人は続ける。
「大変だったけど、充実してたよ」
「どんな風に?」
「みんなで助け合ってた。一人じゃできないことも、みんなでやればできた」
*
子供たちが感心している。
「すごい……」
「じゃあ、俺たちもそうすればいいんだね」
「そうだ。みんなで協力すれば、何でもできる」
老人は笑った。
「奇跡なんて、なくても大丈夫さ」
*
リゼルは、その会話を聞きながら思った。
「本当に……大丈夫なんだ」
安心が、胸を満たす。
「みんな、強い」
そして――。
「私も、強くならないと」
*
夜が更けても、焚き火は燃え続けた。
人々は帰らず、語り合い続ける。
「こういうの、久しぶりだな」
「ああ。最近は、みんな忙しくて」
「たまには、ゆっくり話すのもいいもんだ」
笑い声が響く。
*
リゼルは、その輪の中にいた。
「幸せだな……」
心から思えた。
「光がなくても」
「こうやって、みんなで集まれば」
「温かい」
*
翌朝、村人たちは対策を話し合った。
「魔法の街灯は、もう使えない」
「なら、普通の街灯を作ろう」
「油を使った灯りでいいだろう」
「ああ。昔ながらの方法だな」
皆が前向きだった。
*
「じゃあ、早速作り始めるか」
「おう!」
村人たちが動き出す。
リゼルも手伝おうとした。
「私も……」
「リゼル、お前は学校の準備をしてろ」
トムが言った。
「でも……」
「いいから。お前の仕事は、子供たちを教えることだ」
*
リゼルは頷いた。
「分かりました」
「頼んだぞ」
トムは笑って、作業に戻った。
リゼルは学校へ向かう。
「私の役割……」
それは、子供たちを教えること。
「頑張ろう」
*
学校では、子供たちが待っていた。
「先生、昨日の夜すごかったね」
「星が綺麗だった!」
「焚き火も楽しかった!」
皆、明るい顔をしている。
リゼルは安心した。
「そうね。綺麗だったわね」
*
「先生、今日は何を勉強するの?」
「今日は……」
リゼルは考えた。
「昔の人の生活について、勉強しましょう」
「昔の人?」
「ええ。奇跡がなかった時代の人たち」
*
子供たちが興味津々の顔をする。
「どんな生活だったの?」
「教えて!」
リゼルは微笑んだ。
「みんなで助け合って、工夫して生きていたのよ」
「へえ」
「それを、今日は学びましょう」
*
授業が始まる。
リゼルは、昔の人々の知恵を教えた。
「火の起こし方」
「水の浄化方法」
「食料の保存技術」
子供たちは、真剣に聞いていた。
*
「すごい! 昔の人って賢い!」
「奇跡がなくても、色んなことができたんだね」
「うん! 僕たちもできるかな?」
「もちろんよ」
リゼルは頷いた。
「人間には、知恵がある。それがあれば、何でもできるわ」
*
授業後、一人の少年が言った。
「先生、僕、分かった」
「何が?」
「奇跡がなくても、大丈夫だって」
少年は笑顔だった。
「だって、人間には知恵があるもん」
「そうね」
リゼルは嬉しそうに頷いた。
「その通りよ」
*
その夜、新しい街灯が完成した。
「できたぞ!」
「灯りをつけてみよう」
油に火をつける。
温かい光が、村を照らした。
「おお……!」
「明るい!」
歓声が上がる。
*
「これなら、大丈夫だな」
「ああ。昔ながらの方法だが、十分だ」
村人たちが満足そうだった。
リゼルも、その光を見上げる。
「魔法の光じゃないけど……」
「温かい光だ」
*
婆さんが隣に来た。
「どうだい?」
「はい。とても温かいです」
「そうだろう。人の手で作った光だからね」
婆さんは微笑んだ。
「奇跡の光より、ずっと温かい」
「はい……」
リゼルは頷いた。
*
その夜、リゼルは日記を書いた。
『昨夜、村の灯りが全て消えました』
『聖女の祝福が切れたからです』
『最初は不安でしたが』
ペンを走らせる。
『村の人たちは、すぐに立ち直りました』
*
『焚き火を焚き、星を見上げ』
『昔の知恵を思い出しました』
『そして今日、新しい街灯ができました』
リゼルは微笑んだ。
『奇跡がなくても、人は生きていけます』
*
『それを、改めて実感しました』
『人には知恵があります』
『協力する力があります』
涙が浮かぶ。
『だから、大丈夫なんですね』
*
窓の外、新しい街灯が輝いている。
「ありがとう、みんな」
呟く。
「強く生きてくれて」
風が吹く。
「私も、もっと強くならないと」
決意を新たにした。
*
翌日、リゼルは授業で言った。
「みんな、昨日の夜のこと覚えてる?」
「うん!」
「灯りが消えたこと」
「そうね。でも、村の人たちはどうした?」
「新しい街灯を作った!」
「その通り」
リゼルは微笑んだ。
*
「奇跡がなくても、人には知恵がある」
「だから、諦めなければ何でもできる」
リゼルは力強く言った。
「これを、忘れないでね」
「はーい!」
子供たちの元気な返事。
リゼルは満足そうに頷いた。
(第31話・終)




