第28話 花咲く畑と祈りの手
春が訪れた。
村の畑には、色とりどりの花が咲いていた。
「綺麗……」
リゼルは感動していた。
「こんなに……」
菜の花、チューリップ、水仙。
「まるで、楽園みたい」
*
「これも、お前が育てたんだぞ」
トムが横に来た。
「え……私が?」
「ああ。去年の秋、種を蒔いただろう」
「そうでした……」
リゼルは思い出す。
「でも、こんなに綺麗に咲くなんて……」
「お前が、ちゃんと世話したからだ」
*
リゼルは花に触れた。
「柔らかい……」
花びらが、優しい。
「命って……温かいんですね」
「ああ」
トムは頷いた。
「花も野菜も、全部生きてる」
「はい……」
リゼルは涙を流した。
「私……やっと分かりました」
*
「何が?」
「奇跡の意味です」
リゼルは続ける。
「奇跡は、一瞬で結果を出すこと」
「ああ」
「でも、本当の奇跡は……」
リゼルは花を見つめた。
「こうやって、時間をかけて育つことなんです」
*
トムは微笑んだ。
「いいこと言うな」
「聖女時代は、分からなかったんです」
リゼルは俯いた。
「すぐに結果を出さなきゃって、焦ってた」
「それは……」
「でも今は、分かります」
リゼルは顔を上げた。
「ゆっくり育つことの、美しさが」
*
その日の午後、リゼルは一人で花畑にいた。
「綺麗……」
花に囲まれて座る。
「こんな場所……夢みたい」
風が吹き、花が揺れる。
「幸せだな……」
*
その時、ふと思い出した。
「そういえば……」
聖女時代、花畑で祈ったことがあった。
「豊穣の祝福のために」
でも、その時は花を見ていなかった。
「ただ、奇跡を起こすことしか考えてなかった」
*
「花の美しさに、気づいてなかった」
リゼルは苦笑する。
「もったいないことしたな……」
でも、今は違う。
「今は、ちゃんと見える」
花の一つ一つが、かけがえのない命。
「ありがとう」
花に向かって呟く。
*
その時、小さな声が聞こえた。
『リゼル』
「え……?」
リゼルは周りを見回す。
誰もいない。
『こっちだよ』
声は――花から聞こえた。
「花が……喋ってる?」
*
『私たち、あなたに感謝してるの』
花の声。
「感謝……?」
『あなたが、大切に育ててくれたから』
別の花も言った。
『だから、こんなに綺麗に咲けたの』
「私……」
リゼルは涙を流した。
「ありがとう……」
*
『あなたの手は、優しいね』
花が続ける。
『祈る手じゃなく、育てる手』
「育てる手……」
『そう。命を大切にする手』
花が揺れる。
『だから、私たち幸せ』
*
リゼルは自分の手を見た。
「この手……」
土で汚れ、荒れている。
「でも……」
温かい。
「花たちを、育てた手」
涙が零れる。
「ありがとう……」
*
花の声は、もう聞こえなくなった。
でも、リゼルは確かに聞いた。
「花の声……」
それは、幻聴じゃない。
「命の声だ」
リゼルは立ち上がった。
「私……決めた」
*
家に戻ったリゼルは、婆さんに言った。
「婆さん、お願いがあります」
「何だい?」
「もっと、花を育てたいんです」
「花を?」
「はい。この村を、花でいっぱいにしたいんです」
*
婆さんは微笑んだ。
「いいね。素敵だ」
「本当ですか?」
「ああ。花があれば、村が明るくなる」
婆さんは頷いた。
「やってみな」
「はい!」
リゼルは嬉しそうに笑った。
*
翌日から、リゼルは村中に花の種を蒔き始めた。
「ここにも」
「あそこにも」
空いている場所を見つけては、種を蒔く。
「みんな、綺麗に咲いてね」
愛情を込めて。
*
村人たちも、協力してくれた。
「リゼル、うちの庭にも植えてくれ」
「私も!」
「俺も手伝うぞ」
皆が、花作りに参加する。
「ありがとうございます!」
リゼルは嬉しそうだった。
*
一ヶ月後。
村は、花でいっぱいになっていた。
「すごい……」
リゼルは感動していた。
「こんなに……」
どこを見ても、花。
「夢みたい……」
*
「リゼルのおかげだな」
トムが言った。
「村が、明るくなった」
「みんなのおかげです」
リゼルは謙遜する。
「いや、お前の功績だ」
トムは続ける。
「お前が、花の種を蒔いたんだ」
*
村人たちも、喜んでいた。
「綺麗だね」
「気分が明るくなるわ」
「子供たちも、喜んでる」
笑顔が溢れている。
「花の力って、すごいな」
*
その夜、リゼルは花畑で祈っていた。
「神様、ありがとう」
両手を合わせる。
「私に、この手をくれて」
月明かりが、花を照らす。
「祈る手じゃなく、育てる手」
*
「この手で、花を育てられる」
リゼルは微笑んだ。
「村を、明るくできる」
涙が零れる。
「これが、私の本当の役割なんですね」
風が優しく吹いた。
*
「聖女時代は、間違ってたわけじゃない」
リゼルは続ける。
「でも、私には合ってなかった」
「今の方が、ずっと幸せです」
花が揺れる。
「ありがとう、神様」
*
その時、花が淡く光った。
『リゼル』
神の声。
「神様……!」
『君は、本当の奇跡を見つけたね』
「本当の奇跡……」
『そう。時間をかけて、命を育てること』
*
『それが、一番美しい奇跡だ』
神は続ける。
『君は、聖女を辞めて正解だった』
「神様……」
『今の君の方が、ずっと輝いている』
涙が止まらない。
「ありがとうございます……」
*
『これからも、花を育てなさい』
神の声が遠くなる。
『そして、人々を笑顔にしなさい』
「はい……!」
『それが、君の使命だ』
光が消えた。
*
リゼルは、花畑の中で泣いていた。
「神様……」
嬉しくて、涙が止まらない。
「認めてくれたんだ……」
今の私を。
「ありがとう……」
*
翌朝、リゼルは元気に目を覚ました。
「さあ、今日も花を育てよう」
窓を開ける。
村中に、花が咲いている。
「綺麗……」
この景色を、ずっと守りたい。
「頑張ろう」
リゼルは笑顔で、一日を始めた。
(第28話・終)




