第26話 初めての休日
ある朝、リゼルは目を覚ますと――。
「あれ……」
体が重い。
「疲れてる……?」
ここ数日、張り切りすぎていたのかもしれない。
「でも、やることが……」
起き上がろうとする。
*
「リゼル」
婆さんが部屋に入ってきた。
「今日は、休みな」
「え……でも……」
「いいから」
婆さんは優しく言った。
「お前、頑張りすぎだよ」
「でも、みんなの手伝いを……」
「みんなは大丈夫。お前は休め」
*
リゼルは、困った顔をした。
「でも……何もしないなんて……」
「それが休日だよ」
婆さんは笑った。
「たまには、何もしない日があってもいい」
「何も……しない……」
リゼルには、それが想像できなかった。
*
聖女時代は、休日なんてなかった。
毎日、何かしらの仕事があった。
「何もしないって……どうすれば……」
「好きなことをすればいい」
婆さんは言った。
「本を読むとか、散歩するとか」
「好きなこと……」
リゼルは考え込んだ。
*
結局、リゼルは丘に登った。
「何もしない……か」
草の上に座る。
風が心地よい。
「でも、何もしないって……落ち着かない」
手持ち無沙汰。
*
「畑の手伝い、行こうかな……」
立ち上がりかける。
でも、婆さんの言葉を思い出す。
「休め……か」
また座る。
「うーん……」
落ち着かない。
*
その時、蝶が飛んできた。
「あ……」
白い蝶。
ひらひらと、リゼルの周りを舞う。
「綺麗……」
リゼルは蝶を見つめた。
「こんなに……ゆっくり蝶を見るの……いつぶりだろう」
*
蝶は、花に止まった。
リゼルも、その花に近づく。
「この花……何だろう」
小さな青い花。
「綺麗……」
初めて気づいた。
「こんな花、咲いてたんだ」
*
リゼルは、草の上に寝転がった。
「空が……広い」
青空が、どこまでも続いている。
「こんなにゆっくり空を見るのも……久しぶり」
雲が流れていく。
「あの雲……うさぎみたい」
�*
時間が、ゆっくりと流れる。
何もしない時間。
「これが……休日……」
リゼルは呟いた。
「悪くない……かも」
体が、少しずつ楽になっていく。
「疲れてたんだ……私」
*
午後、リゼルは村の図書室を訪れた。
「本……読もうかな」
小さな図書室。
村人が寄付した本が並んでいる。
「これは……詩集」
手に取る。
*
窓際の椅子に座り、本を開く。
『風は優しく、花は静かに』
詩が、心に沁みる。
『何もない日こそ、宝物』
リゼルは目を見開いた。
「何もない日こそ……宝物……」
*
「そうか……」
リゼルは本を閉じた。
「休むことも……大切なんだ」
婆さんの言葉が、やっと理解できた。
「何もしない日があるから、また頑張れる」
涙が浮かぶ。
「私……今まで、それを知らなかった」
*
夕方、リゼルは川辺を散歩していた。
「綺麗……」
夕日が、水面を照らしている。
「こんな景色……見たことなかった」
いや、見ていたはずだ。
「でも、見てなかった」
*
「いつも、次の仕事のことばかり考えてた」
リゼルは呟く。
「目の前の美しさに、気づいてなかった」
水に手を浸す。
「冷たい……」
でも、心地よい。
「生きてるって……こういうことなんだ」
*
家に戻ると、婆さんが夕食を用意していた。
「おかえり」
「ただいま」
リゼルは微笑んだ。
「婆さん、ありがとう」
「何が?」
「休むことを、教えてくれて」
*
「そうかい」
婆さんは嬉しそうに笑った。
「分かったかい? 休日の大切さが」
「はい。やっと分かりました」
リゼルは頷いた。
「何もしない日があるから、また頑張れる」
「その通りだよ」
*
夕食を食べながら、リゼルは言った。
「今日、色んなことに気づきました」
「ほう」
「蝶の美しさ、雲の形、夕日の輝き」
リゼルは続ける。
「今まで、見ていたはずなのに、見えてなかった」
「忙しすぎたんだね」
「はい」
「でも、今日は違いました」
リゼルは微笑んだ。
「ゆっくり時間が流れて、色んなものが見えた」
「それが、休日の魔法さ」
婆さんは言った。
「何もしないことで、見えてくるものがある」
「はい……」
リゼルは深く頷いた。
その夜、リゼルは日記を書いた。
『今日、初めての休日を過ごしました』
『最初は、落ち着きませんでした』
『何かしなきゃって、焦ってました』
ペンを走らせる。
『でも、少しずつ分かりました』
『休むことの大切さ』
『何もしない時間の価値』
『目の前の美しさに気づくこと』
リゼルは微笑んだ。
『これが、本当の豊かさなんですね』
窓の外、月が輝いている。
「神様、ありがとう」
呟く。
「休むことを、教えてくれて」
風が吹く。
「明日から、また頑張れます」
リゼルは満足そうに目を閉じた。
「おやすみなさい」
翌朝、リゼルは元気に目を覚ました。
「体が軽い!」
昨日の疲れが、嘘のように消えている。
「休むって……すごい」
窓を開ける。
清々しい朝。
「さあ、今日も頑張ろう」
朝食の後、トムが訪ねてきた。
「リゼル、今日は畑を手伝ってくれるか?」
「はい、喜んで!」
リゼルは元気よく答えた。
「昨日休んだから、今日は頑張れます!」
「そうか。なら、頼むぞ」
畑で働きながら、リゼルは思った。
「休日があるから、こうやって働ける」
鍬を振るう。
「バランスが大事なんだ」
汗を流す。
「働く日と、休む日」
「リゼル、調子いいな」
トムが声をかける。
「はい! 昨日休んだので!」
「そうか。なら、よかった」
トムは笑った。
「無理すんなよ」
「はい、気をつけます」
昼休み、リゼルは木陰で休んでいた。
「気持ちいい……」
風が心地よい。
「こうやって休むのも、悪くない」
空を見上げる。
「働いて、休んで、また働く」
「これが……普通の人の生活」
リゼルは微笑んだ。
「私、やっと普通になれた」
聖女じゃない。
ただの人間。
「これでいいんだ」
午後、作業を終えたリゼルは満足そうだった。
「今日も、よく働いた」
「ああ、助かったぞ」
トムが礼を言う。
「明日も、頼めるか?」
「はい! でも……」
「ん?」
「週に一日は、休みたいです」
トムは笑った。
「当たり前だ。ちゃんと休め」
「ありがとうございます」
リゼルは嬉しそうに頭を下げた。
「じゃあ、また明日」
「おう」
家に帰る途中、リゼルは思った。
「私、変わったな」
前なら、休むなんて考えもしなかった。
「でも今は、ちゃんと休める」
それが、嬉しかった。
「自分を大切にできてる」
その夜、リゼルは早めに寝た。
「明日のために」
ベッドに入る。
「おやすみなさい」
すぐに、深い眠りに落ちた。
安らかな、休息の眠り。
(第26話・終)




