第25話 小さな笑顔
翌朝、リゼルは早くに目を覚ました。
「いい天気」
窓から差し込む朝日が、部屋を照らしている。
「今日は……何をしようかな」
考えるだけで、楽しい。
「そうだ、パンを焼こう」
リゼルは思いついた。
*
エルナ婆さんに教わりながら、パン作りを始めた。
「まず、粉をこねるんだよ」
「こう、ですか?」
「そうそう。力を入れて」
リゼルは一生懸命、生地をこねる。
「難しい……」
「最初はそんなもんさ。慣れだよ」
*
二時間後。
焼きたてのパンが完成した。
「できた……!」
リゼルは嬉しそうに見つめる。
「初めて作ったパン……」
「よくできたね」
婆さんが褒めてくれた。
「これ、みんなに配りたいです」
「いいねえ。喜ぶよ」
*
リゼルは籠にパンを入れて、村を回り始めた。
「トムさん、良かったらどうぞ」
「おお、リゼルが作ったのか」
トムは嬉しそうに受け取った。
「ありがとな」
「どういたしまして」
次の家へ。
*
「これ、私が焼きました」
「まあ、ありがとう!」
村人たちが喜んでくれる。
「美味しそうね」
「後で食べるわ」
感謝の言葉が、リゼルの心を満たす。
「嬉しい……」
*
最後に、あの少女の家を訪れた。
「こんにちは」
「リゼルお姉ちゃん!」
少女が飛びついてくる。
「元気そうね」
「うん! もう全然平気!」
少女は笑顔だった。
「これ、お姉ちゃんが焼いたの。良かったら」
「わあ! ありがとう!」
*
少女は、すぐにパンを齧った。
「美味しい!」
「本当?」
「うん! すっごく美味しい!」
少女の笑顔が、眩しかった。
「良かった……」
リゼルも笑った。
「また、作るね」
「やった!」
*
家に戻る途中、リゼルは思った。
「これが……幸せなんだ」
誰かの笑顔を見ること。
感謝されること。
「奇跡じゃなくても……」
人を幸せにできる。
「私……やっと分かった」
*
午後、リゲルは村の子供たちと遊んでいた。
「鬼ごっこしよう!」
「いいわよ」
「リゼルお姉ちゃんが鬼!」
「えー、私?」
「うん!」
子供たちが逃げ出す。
「待って~!」
リゼルも追いかける。
*
広場を走り回る。
笑い声が響く。
「捕まえた!」
「きゃー!」
子供たちが笑う。
リゼルも笑う。
「楽しい……」
心から楽しいと思えた。
*
聖女時代には、こんな時間はなかった。
いつも仕事。
いつも予定。
でも今は――。
「自由……」
リゼルは空を見上げた。
「これが、私の人生……」
*
夕方、疲れて丘に座り込んだ。
子供たちは、まだ遊んでいる。
「元気だなあ」
リゼルは微笑む。
「私も、あんな風に無邪気だったのかな」
遠い記憶。
*
その時、一人の子供が登ってきた。
「お姉ちゃん、疲れた?」
「ちょっとね」
「じゃあ、これあげる」
子供は、小さな花を差し出した。
「わあ、ありがとう」
リゼルは花を受け取る。
「綺麗……」
*
「お姉ちゃん、いつも遊んでくれてありがとう」
「どういたしまして」
「お姉ちゃん、優しいね」
子供は笑顔で言った。
「だから、好き」
その言葉に、リゼルの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう……」
*
子供が去った後、リゼルは花を見つめた。
「小さな笑顔……」
この花のように。
「こんな小さなことが……こんなに嬉しいなんて」
涙が零れる。
「私……幸せだ……」
*
その夜、リゼルは日記を書いた。
『今日、初めてパンを焼きました』
『みんな喜んでくれました』
『子供たちと遊びました』
『小さな花をもらいました』
ペンを置く。
『こんな小さなことが、こんなに幸せだなんて』
*
『聖女時代は、大きな奇跡を起こしていました』
『でも、幸せじゃなかった』
『今は、小さなことしかできません』
『でも、とても幸せです』
リゼルは微笑んだ。
『これが、本当の幸せなんですね』
*
窓の外、星が瞬いている。
「神様、見てますか」
呟く。
「私、今、すごく幸せです」
風が吹く。
「小さな笑顔が、私を満たしてくれます」
星が、優しく輝いた。
*
翌日、リゼルはまたパンを焼いた。
「今日は、もっと美味しく作ろう」
一生懸命、こねる。
「みんなの笑顔が見たいから」
そんな思いで。
*
焼き上がったパンを、また配る。
「ありがとう、リゼル」
「美味しいよ」
「また作ってね」
感謝の言葉。
それが、リゼルの糧になる。
「はい、また作ります」
*
こうして、リゼルの日々は続いていく。
小さな幸せを積み重ねながら。
「これでいいんだ」
リゼルは思う。
「大きなことじゃなくても」
小さな笑顔が、世界を明るくする。
「それが、私の奇跡」
*
ある日、トムが言った。
「リゼル、お前変わったな」
「変わった……?」
「ああ。最初に会った時より、ずっと明るい」
トムは笑った。
「本当の笑顔になった」
「本当の……笑顔……」
「ああ。前は、どこか悲しそうだった」
*
「でも今は、心から笑ってる」
トムは続ける。
「それが、嬉しいんだ」
「トムさん……」
リゼルは涙を流した。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちだ」
トムは優しく言った。
「お前が来てくれて、村が明るくなった」
*
その言葉が、リゼルの心を温めた。
「私……役に立ててるんだ」
「当たり前だ」
「嬉しい……」
リゼルは笑った。
「ここが、私の居場所なんですね」
「ああ。お前の家だ」
*
その夜、リゼルは丘に登った。
満月が綺麗だ。
「神様、ありがとう」
呟く。
「私に、この場所をくれて」
風が吹く。
「小さな笑顔をくれて」
月が輝く。
「私……もう大丈夫です」
*
リゼルは立ち上がった。
「これから、もっと頑張ります」
決意を新たに。
「みんなを笑顔にするために」
村を見下ろす。
小さな灯りが、温かく輝いている。
「私の家……」
リゼルは微笑んだ。
「帰ろう」
そして、丘を下りた。
(第25話・終)




