第24話 焚き火とパンの香り
リゼルが完全に自由になってから、一週間。
村の生活は、穏やかに流れていた。
冬が近づき、夜は冷え込むようになった。
「寒いね」
エルナ婆さんが、暖炉に薪をくべる。
「はい……でも、心は温かいです」
リゼルは微笑んだ。
*
ある日の夕方。
村の広場で、焚き火が焚かれた。
「今夜は、みんなで集まろう」
トムの提案だった。
「冬支度の前に、親睦を深めよう」
「いいね!」
村人たちが集まってくる。
*
リゼルも、焚き火の傍に座った。
「温かい……」
炎が、体を温めてくれる。
「こういうの、久しぶり……」
聖堂にいた頃は、こんな時間はなかった。
「幸せだな……」
*
「リゼル、これ食べな」
エルナ婆さんが、焼きたてのパンを渡してくれた。
「わあ、ありがとうございます!」
パンを一口齧る。
「美味しい……!」
温かくて、ふわふわで。
「こんなに美味しいパン、初めてです」
「そうかい。なら、よかった」
婆さんは嬉しそうに笑った。
*
焚き火を囲んで、人々が語り合う。
「今年の冬は、厳しくなりそうだな」
「ああ。薪を多めに用意しないと」
「食料も、備蓄が必要だ」
「みんなで協力しよう」
村人たちの会話。
リゼルは、それを聞きながら思った。
「こういう会話……好き」
*
「リゼル」
トムが隣に座った。
「調子はどうだ?」
「いいです。とっても」
「そうか。なら、よかった」
トムはパンを齧りながら言った。
「お前、村に馴染んでるな」
「はい。みんな優しくて」
「そりゃ、お前が頑張ってるからだ」
*
「頑張って……ますか?」
「ああ。畑も手伝ってくれるし、子供の面倒も見てくれる」
トムは笑った。
「村の一員として、ちゃんと働いてる」
「ありがとうございます」
リゼルは嬉しくなった。
「認めてもらえて……」
「当たり前だ。お前は、仲間だからな」
*
その時、子供たちが駆け寄ってきた。
「リゼルお姉ちゃん!」
「遊ぼう!」
「ごめんね、今はちょっと……」
「えー」
子供たちが残念そうにする。
「じゃあ、お話して!」
「お話?」
「うん! 聖女様だった時のお話!」
*
リゼルは、少し困った顔をした。
「聖女様だった時……」
あまり思い出したくない記憶。
「でも、聞きたい!」
子供たちが目を輝かせている。
「分かった……じゃあ、少しだけ」
リゼルは語り始めた。
*
「私が聖女だった時ね、毎日色んな人を助けてたの」
「すごい!」
「病気の人を治したり、畑に祝福をかけたり」
「かっこいい!」
子供たちが興奮している。
「でもね」
リゼルは続けた。
「とっても疲れたの」
「疲れた?」
「うん。休む時間がなくて、毎日働いて」
*
「それは……大変だね」
一人の子供が言った。
「うん。だから、逃げちゃった」
「逃げたの?」
「ええ。自分を守るために」
リゼルは微笑んだ。
「それって、悪いこと?」
「悪くないよ」
子供たちが口々に言う。
「だって、疲れたら休まないと」
「そうだよ!」
*
リゼルは涙を堪えた。
「ありがとう……みんな」
「どういたしまして!」
子供たちは笑顔で走り去った。
リゼルは、その背中を見送る。
「子供は……優しいな……」
トムが隣で言った。
「ああ。大人より、よっぽど分かってる」
*
夜が更けて、人々が帰り始める。
「じゃあな、リゼル」
「おやすみなさい」
「また明日な」
次々と別れを告げる。
リゼルも、婆さんと一緒に家に戻ろうとした。
*
その時、焚き火の傍に一人残っている少年がいた。
「あれは……」
レオだった。
森で出会った、あの少年。
「レオ!」
リゼルが駆け寄る。
「リゼル!」
「どうしたの? こんな時間に」
「会いたくて」
レオは照れくさそうに笑った。
*
「会いたくて……?」
「うん。リゼル、元気かなって」
「ありがとう。元気よ」
リゼルは微笑んだ。
「レオは?」
「俺も元気!」
レオは焚き火を見つめた。
「ねえ、リゼル」
「何?」
「俺、決めたんだ」
*
「決めた?」
「うん。将来、人を助ける仕事がしたい」
レオは目を輝かせた。
「リゼルみたいに」
「レオ……」
「だって、リゼルはかっこよかったもん。自分を守るために逃げて、でもみんなを助けて」
「私は……そんな立派じゃ……」
「立派だよ!」
レオは力強く言った。
*
「俺、リゼルを見て思ったんだ」
レオは続ける。
「人を助けるのに、奇跡はいらないって」
「え……」
「大切なのは、心だって」
レオは微笑んだ。
「リゼルが教えてくれた」
リゼルは涙を流した。
「ありがとう、レオ……」
*
「じゃあ、俺帰るね」
「気をつけてね」
「うん! またね、リゼル!」
レオは手を振りながら、森へ消えていった。
リゼルは、その姿を見送る。
「レオ……ありがとう……」
心が温かくなった。
*
家に戻ったリゼルは、ベッドに横になった。
「今日も……いい一日だった」
窓の外、月が輝いている。
「神様、ありがとう」
呟く。
「私に……こんな幸せをくれて」
風が優しく吹いた。
*
「明日は……何しようかな」
リゼルは考える。
「畑を手伝おうかな。それとも、子供と遊ぼうかな」
選択肢がある。
それが、嬉しかった。
「自分で決められる……」
自由の喜び。
「幸せだな……」
そう呟いて、リゼルは眠りについた。
(第24話・終)




