表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/39

第24話 焚き火とパンの香り

 リゼルが完全に自由になってから、一週間。

 村の生活は、穏やかに流れていた。

 冬が近づき、夜は冷え込むようになった。

「寒いね」

 エルナ婆さんが、暖炉に薪をくべる。

「はい……でも、心は温かいです」

 リゼルは微笑んだ。


 *

 ある日の夕方。

 村の広場で、焚き火が焚かれた。

「今夜は、みんなで集まろう」

 トムの提案だった。

「冬支度の前に、親睦を深めよう」

「いいね!」

 村人たちが集まってくる。


 *

 リゼルも、焚き火の傍に座った。

「温かい……」

 炎が、体を温めてくれる。

「こういうの、久しぶり……」

 聖堂にいた頃は、こんな時間はなかった。

「幸せだな……」


 *

「リゼル、これ食べな」

 エルナ婆さんが、焼きたてのパンを渡してくれた。

「わあ、ありがとうございます!」

 パンを一口齧る。

「美味しい……!」

 温かくて、ふわふわで。

「こんなに美味しいパン、初めてです」

「そうかい。なら、よかった」

 婆さんは嬉しそうに笑った。


 *

 焚き火を囲んで、人々が語り合う。

「今年の冬は、厳しくなりそうだな」

「ああ。薪を多めに用意しないと」

「食料も、備蓄が必要だ」

「みんなで協力しよう」

 村人たちの会話。

 リゼルは、それを聞きながら思った。

「こういう会話……好き」


 *

「リゼル」

 トムが隣に座った。

「調子はどうだ?」

「いいです。とっても」

「そうか。なら、よかった」

 トムはパンを齧りながら言った。

「お前、村に馴染んでるな」

「はい。みんな優しくて」

「そりゃ、お前が頑張ってるからだ」


 *

「頑張って……ますか?」

「ああ。畑も手伝ってくれるし、子供の面倒も見てくれる」

 トムは笑った。

「村の一員として、ちゃんと働いてる」

「ありがとうございます」

 リゼルは嬉しくなった。

「認めてもらえて……」

「当たり前だ。お前は、仲間だからな」


 *

 その時、子供たちが駆け寄ってきた。

「リゼルお姉ちゃん!」

「遊ぼう!」

「ごめんね、今はちょっと……」

「えー」

 子供たちが残念そうにする。

「じゃあ、お話して!」

「お話?」

「うん! 聖女様だった時のお話!」


 *

 リゼルは、少し困った顔をした。

「聖女様だった時……」

 あまり思い出したくない記憶。

「でも、聞きたい!」

 子供たちが目を輝かせている。

「分かった……じゃあ、少しだけ」

 リゼルは語り始めた。


 *

「私が聖女だった時ね、毎日色んな人を助けてたの」

「すごい!」

「病気の人を治したり、畑に祝福をかけたり」

「かっこいい!」

 子供たちが興奮している。

「でもね」

 リゼルは続けた。

「とっても疲れたの」

「疲れた?」

「うん。休む時間がなくて、毎日働いて」


 *

「それは……大変だね」

 一人の子供が言った。

「うん。だから、逃げちゃった」

「逃げたの?」

「ええ。自分を守るために」

 リゼルは微笑んだ。

「それって、悪いこと?」

「悪くないよ」

 子供たちが口々に言う。

「だって、疲れたら休まないと」

「そうだよ!」


 *

 リゼルは涙を堪えた。

「ありがとう……みんな」

「どういたしまして!」

 子供たちは笑顔で走り去った。

 リゼルは、その背中を見送る。

「子供は……優しいな……」

 トムが隣で言った。

「ああ。大人より、よっぽど分かってる」


 *

 夜が更けて、人々が帰り始める。

「じゃあな、リゼル」

「おやすみなさい」

「また明日な」

 次々と別れを告げる。

 リゼルも、婆さんと一緒に家に戻ろうとした。


 *

 その時、焚き火の傍に一人残っている少年がいた。

「あれは……」

 レオだった。

 森で出会った、あの少年。

「レオ!」

 リゼルが駆け寄る。

「リゼル!」

「どうしたの? こんな時間に」

「会いたくて」

 レオは照れくさそうに笑った。


 *

「会いたくて……?」

「うん。リゼル、元気かなって」

「ありがとう。元気よ」

 リゼルは微笑んだ。

「レオは?」

「俺も元気!」

 レオは焚き火を見つめた。

「ねえ、リゼル」

「何?」

「俺、決めたんだ」


 *

「決めた?」

「うん。将来、人を助ける仕事がしたい」

 レオは目を輝かせた。

「リゼルみたいに」

「レオ……」

「だって、リゼルはかっこよかったもん。自分を守るために逃げて、でもみんなを助けて」

「私は……そんな立派じゃ……」

「立派だよ!」

 レオは力強く言った。


 *

「俺、リゼルを見て思ったんだ」

 レオは続ける。

「人を助けるのに、奇跡はいらないって」

「え……」

「大切なのは、心だって」

 レオは微笑んだ。

「リゼルが教えてくれた」

 リゼルは涙を流した。

「ありがとう、レオ……」


 *

「じゃあ、俺帰るね」

「気をつけてね」

「うん! またね、リゼル!」

 レオは手を振りながら、森へ消えていった。

 リゼルは、その姿を見送る。

「レオ……ありがとう……」

 心が温かくなった。


 *

 家に戻ったリゼルは、ベッドに横になった。

「今日も……いい一日だった」

 窓の外、月が輝いている。

「神様、ありがとう」

 呟く。

「私に……こんな幸せをくれて」

 風が優しく吹いた。


 *

「明日は……何しようかな」

 リゼルは考える。

「畑を手伝おうかな。それとも、子供と遊ぼうかな」

 選択肢がある。

 それが、嬉しかった。

「自分で決められる……」

 自由の喜び。

「幸せだな……」

 そう呟いて、リゼルは眠りについた。


(第24話・終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ