第21話 村人たちの噂
少女が回復してから三日。
村では、リゼルについての噂が広がっていた。
「聞いたか? リゼルが一晩中、看病したらしい」
「ああ。奇跡を使わずに」
「でも、使えたんだろ?」
「多分な。でも、使わなかった」
井戸端で、女性たちが話している。
*
「なぜ、使わなかったんだろうね」
「追手が来るからじゃないか?」
「ああ、そうか……」
一人の女性が複雑な顔をした。
「でも……もし使っていたら、すぐに治ったのに」
「それは……そうだけど……」
「あの子、一晩も苦しんでたのよ。可哀想に」
*
別の場所では、男たちが話していた。
「リゼルのせいで、村に追手が来た」
「ああ。面倒なことになった」
「このまま、ここにいてもらっていいのか?」
「それは……」
男たちは顔を見合わせる。
「村を危険に晒すのは……」
「でも、追い出すわけにもいかないだろ」
*
リゼルは、そんな噂を耳にしていた。
「やっぱり……」
家の中で、膝を抱える。
「迷惑かけてる……」
罪悪感が胸を締め付ける。
「私……ここにいちゃダメなのかな……」
婆さんが部屋に入ってきた。
「リゼル、聞いてたのかい」
「はい……」
*
「気にすんな」
婆さんは座り込んだ。
「みんな、不安なだけだ」
「でも……」
「大丈夫。すぐに慣れる」
婆さんは笑った。
「人間ってのはね、最初は警戒するけど、時間が経てば受け入れるもんさ」
「本当に……?」
「ああ。だから、焦るな」
*
しかし、リゼルの不安は消えなかった。
午後、村の広場を歩いていると。
「あ……」
人々の視線が集まる。
そして、ひそひそと話し始める。
「あれが、元聖女様……」
「奇跡を使わなかったらしいね」
「王都から追手も来たし……」
リゼルは俯いて、足早に通り過ぎた。
*
「やっぱり……嫌われてる……」
家に戻ったリゼルは、泣きそうになった。
「私……ここにいちゃダメなんだ……」
荷物をまとめ始める。
「出て行こう……」
でも、その時――。
「リゼル!」
子供の声がした。
*
振り返ると、あの少女が立っていた。
「あなた……」
「お姉ちゃん、どこ行くの?」
「え……それは……」
「荷物まとめてるでしょ? 出て行くの?」
少女は悲しそうな顔をした。
「嫌だよ……行かないで……」
「でも……私がいると、みんな迷惑で……」
「迷惑じゃないよ!」
少女は叫んだ。
*
「お姉ちゃんは、私を助けてくれた!」
少女は涙を流した。
「一晩中、傍にいてくれた!」
「それは……」
「だから、お姉ちゃんは優しい人なの!」
少女はリゼルに抱きついた。
「だから……行かないで……」
リゼルは、少女を抱きしめた。
「ありがとう……」
*
その時、扉が開いた。
トムと、何人かの村人が入ってくる。
「リゼル」
「トムさん……」
「話を聞いた。出て行くつもりなのか?」
「はい……私がいると、村に迷惑で……」
「誰がそんなこと言った」
トムは真剣な顔で言った。
「お前は、村の仲間だ」
*
「でも……噂が……」
「噂なんて、気にすんな」
トムは笑った。
「みんな、最初は戸惑ってるだけだ」
「本当に……?」
「ああ」
別の村人も頷いた。
「俺たちは、お前を受け入れてる」
「だから、出て行くな」
次々と、村人が声をかける。
*
リゼルは涙を流した。
「ありがとう……みんな……」
「泣くなよ」
トムは優しく言った。
「さあ、荷物をほどけ。ここが、お前の家だ」
「はい……!」
リゼルは荷物を置いた。
「私……ここにいます」
「当たり前だ」
村人たちが笑った。
*
その夜、村では再び会議が開かれた。
「リゼルについて、話し合おう」
村長が言う。
「彼女を、どう守るか」
「見張りを増やすべきだ」
「それと、追手が来たら、全員で立ち向かう」
村人たちが次々と提案する。
「リゼルは、俺たちの仲間だ」
「守るのは、当然だ」
*
しかし、一人の男が言った。
「でも……本当にこれでいいのか?」
「何が?」
「リゼルがいることで、村が危険に晒される」
男は続ける。
「王都は、本気で取り戻そうとしている。もし軍が来たら……」
「それは……」
村人たちが黙り込む。
*
「確かに……」
「村が、戦場になるかもしれない」
不安が広がる。
「じゃあ、どうするんだ。リゼルを追い出すのか?」
「それは……」
「俺は嫌だ」
トムが立ち上がった。
「リゼルを見捨てるくらいなら、戦う」
*
「トム……」
「俺も、同じだ」
別の男も立ち上がる。
「リゼルは、村のために働いてくれた。今度は、俺たちが守る番だ」
「ああ、そうだ」
次々と、村人が立ち上がる。
「リゼルを守ろう」
「村のために戦おう」
決意が、広がっていく。
*
村長は、満足そうに頷いた。
「決まりだな」
「ああ」
「なら、準備を始めよう。もし軍が来ても、追い返せるように」
「おう!」
村人たちの士気が上がる。
リゼルを守るために。
*
その頃、リゼルは丘の上にいた。
「みんな……ありがとう……」
村を見下ろしながら、呟く。
「でも……本当にこれでいいのかな……」
不安は消えない。
「私のせいで……みんなが危険に……」
風が吹く。
「神様……教えてください……」
*
その時、また白い小鳥が現れた。
「あなた……」
小鳥は、リゼルの肩に止まった。
そして、光の粒をこぼす。
粒が地面に落ちて、花になる。
「これは……」
リゼルは花を摘んだ。
*
花に触れた瞬間、また記憶が流れ込んできた。
神の記憶。
『人は、共に生きる生き物だ』
神の声が響く。
『一人では弱いが、共にいれば強くなる』
「共に……」
『だから、恐れるな。人を信じなさい』
*
記憶が途切れる。
リゼルは、呆然としていた。
「人を……信じる……」
村を見る。
小さな灯りが、温かく輝いている。
「みんな……私を信じてくれてる……」
涙が溢れた。
「なら……私も信じよう」
*
「みんなを」
リゼルは立ち上がった。
「そして、自分を」
小鳥が飛び立つ。
リゼルの周りを一周して、森へ消えていく。
「ありがとう」
リゼルは手を振った。
「私……頑張る」
決意を新たに、村へ戻る。
*
村に戻ると、婆さんが待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
リゼルは微笑んだ。
「婆さん、私……決めました」
「何を?」
「ここで、生きていく」
リゼルは力強く言った。
「みんなと一緒に」
「そうかい」
婆さんは嬉しそうに笑った。
「なら、よかった」
*
「でも、迷惑かけるかもしれません」
「気にすんな」
「追手も来るかもしれません」
「来たら、追い返す」
婆さんは笑った。
「だから、お前は何も心配するな」
「婆さん……」
「さあ、夕飯にしよう。今日は、お前の好物だよ」
「はい!」
二人は笑い合った。
*
その夜、リゼルは安らかに眠った。
不安はまだある。
でも、一人じゃない。
「みんながいる……」
呟く。
「だから、大丈夫」
窓の外、月が優しく輝いていた。
(第21話・終)




