第20話 病を癒せぬ子供
その夜、村では緊急会議が開かれた。
「王都から、また追手が来るかもしれない」
村長が重い声で言う。
「リゼルを守るために、見張りを立てよう」
「賛成だ」
「俺も手伝う」
村人たちが次々と手を挙げる。
*
リゼルは、その様子を申し訳なさそうに見ていた。
「ごめんなさい……私のせいで……」
「何を言ってんだ」
トムが笑った。
「お前は、村の仲間だ。仲間を守るのは当然だろう」
「でも……」
「いいから」
婆さんも優しく言った。
「心配しないで、ゆっくり休みな」
*
その夜、リゼルは眠れなかった。
「みんなに……迷惑かけてる……」
ベッドの上で、膝を抱える。
「私……ここにいていいのかな……」
窓の外、月が輝いている。
「神様……」
呟く。
「教えてください……」
でも、答えは返ってこない。
*
翌朝、リゼルは早くに目を覚ました。
「眠れなかった……」
疲れた顔で、居間に降りる。
婆さんが、心配そうに見た。
「リゼル、顔色が悪いよ」
「大丈夫です……」
「無理すんな」
婆さんは温かいスープを出してくれた。
「これ、飲みな」
「ありがとうございます……」
*
昼過ぎ、村に悲鳴が響いた。
「誰か! 助けて!」
リゼルは飛び出した。
「何事!?」
村の中心で、一人の女性が泣いていた。
「娘が……娘が……!」
「どうしたんですか!」
「高熱で……苦しんでて……!」
*
リゼルは女性の家に駆け込んだ。
ベッドには、七歳くらいの少女が横たわっていた。
「熱い……熱いよ……」
少女は苦しそうに呻いている。
「これは……」
リゼルは額に手を当てた。
「高熱……四十度は超えてる……」
「お願いします……助けてください……」
母親が懇願する。
*
リゼルの手が震えた。
「私なら……治癒の奇跡で……」
でも――。
「使ったら……バレる……」
ガブリエルに、居場所が。
「でも……」
少女の苦しむ顔を見る。
「この子は……死んじゃうかもしれない……」
葛藤が、胸を引き裂く。
*
「リゼル」
婆さんが肩に手を置いた。
「無理しなくていい」
「でも……」
「お前が奇跡を使えば、追手が来る。それは分かってるね」
「はい……」
「なら、使っちゃダメだ」
婆さんは静かに言った。
「お前を守ることが、優先だ」
*
「でも……!」
リゼルは涙を流した。
「この子が……死んじゃうかもしれないのに……!」
「それは……仕方ない」
婆さんも辛そうだった。
「昔は、こうやって子供が死ぬことも……あったんだ……」
「そんな……」
リゼルは少女を見た。
「そんなの……嫌です……」
*
その時、トムが駆け込んできた。
「医者を呼んだ!」
「医者……」
「ああ。隣町から、すぐに来る」
トムは額の汗を拭った。
「だから、リゼル。お前は奇跡を使うな」
「トムさん……」
「頼む」
トムは真剣な顔で言った。
「お前を失いたくないんだ」
*
リゼルは何も言えなかった。
ただ、少女の手を握る。
「ごめんね……」
小さく呟く。
「私……あなたを救えない……」
涙が零れる。
「ごめんね……」
少女は、苦しそうに呼吸している。
*
一時間後、医者が到着した。
「診せてください」
老医者が、少女を診察する。
「これは……風邪がこじれたようですね」
「治りますか……?」
母親が震える声で尋ねる。
「薬を処方します。それで、様子を見ましょう」
「お願いします……!」
*
医者は薬を調合し、少女に飲ませた。
「これで、熱が下がるはずです」
「本当ですか……」
「ええ。でも、時間はかかります」
医者は母親に言った。
「一晩、看病してください」
「はい……!」
*
リゼルは、その様子を見守っていた。
「医者の力で……治るんだ……」
少し、安心した。
「奇跡じゃなくても……」
でも、罪悪感は消えない。
「私なら……すぐに治せたのに……」
拳を握りしめる。
*
その夜、リゼルは少女の家に残った。
「私も、看病します」
「リゼル……」
「いいんです。させてください」
母親は涙を流して頷いた。
「ありがとう……」
*
夜通し、リゼルは少女の傍にいた。
額を冷やし、水を飲ませ、手を握る。
「頑張って……」
呟き続ける。
「あなたは……強い子……」
少女は、時々目を開ける。
「お姉……ちゃん……」
「私よ。大丈夫、傍にいるから」
「ありがとう……」
少女は微笑んだ。
*
夜明け前。
少女の熱が下がり始めた。
「下がって……きた……!」
リゼルは安堵の涙を流した。
「よかった……」
母親も泣いていた。
「ありがとう……リゼル……」
「いえ……私は何も……」
「いいえ」
母親は首を振った。
「あなたが、傍にいてくれたから。それが、一番の薬でした」
*
朝、少女は目を覚ました。
「ママ……」
「起きたの!?」
母親が抱きしめる。
「よかった……よかった……!」
少女は、リゼルを見た。
「お姉ちゃん……ありがとう……」
「どういたしまして」
リゼルは微笑んだ。
「元気になって、よかった」
*
家を出たリゼルを、婆さんが待っていた。
「お疲れ様」
「婆さん……」
「よく頑張ったね」
「でも……私……奇跡を使わなかった……」
リゼルは俯いた。
「それで……よかったのかな……」
*
「いいんだよ」
婆さんは優しく言った。
「お前は、ちゃんと看病した。それで十分だ」
「でも……」
「奇跡がなくても、人は救える」
婆さんは微笑んだ。
「お前が、それを証明したんだよ」
「婆さん……」
「さあ、帰ろう。朝ご飯にしよう」
*
家に戻る途中、リゼルは考えていた。
「奇跡がなくても……救える……」
少女の笑顔が浮かぶ。
「そうかもしれない……」
でも、まだ迷いは残る。
「私は……本当にこれでいいのかな……」
答えは、まだ見つからない。
(第20話・終)




