表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/49

第18話 雨の止まない村

 フェルナ村に帰って三日目。

 リゼルは朝、雨の音で目を覚ました。

「また……雨……」

 窓の外を見る。

 灰色の空から、容赦なく雨が降っている。

「もう、五日も降り続いてる……」


 *

 エルナ婆さんの家で世話になっているリゼル。

 居間に降りると、婆さんが朝食を用意していた。

「おはよう、リゼル」

「おはようございます」

「雨、止まないねぇ」

 婆さんは窓の外を見た。

「こんなに降り続くの、珍しいよ」

「そうなんですか……」

「ああ。畑が心配だ」


 *

 朝食を食べながら、リゼルは尋ねた。

「村は……大丈夫ですか?」

「んー、まあ何とかね」

 婆さんは曖昧に答えた。

「でも、川が増水してる。このままじゃ、氾濫するかもしれない」

「それは……」

「昔なら、聖女様に治水の祝福をお願いしてたんだけどね」

 婆さんは苦笑した。

「今はそれもできないし」


 *

 リゼルの胸が痛んだ。

「ごめんなさい……私が……」

「何言ってんだい」

 婆さんは首を振った。

「お前のせいじゃないよ」

「でも……」

「いいかい、リゼル」

 婆さんは真剣な顔で言った。

「奇跡がなくなったのは、確かに不便だ。でも、それで誰かを責めちゃいけない」

「婆さん……」

「人は、自分の力で生きていくもんだ」


 *

 その日の午後、村の集会所で会議が開かれた。

 村長を中心に、村人たちが集まっている。

 リゼルも、隅で聞いていた。

「川の水位が、あと二メートル上がったら危険だ」

 村長が言う。

「土嚢を積んで、堤防を補強しよう」

「でも、人手が足りないぞ」

「なら、総出でやるしかない」


 *

「待って」

 一人の男が立ち上がった。

 トムだった。

「土嚢だけじゃ足りない。水路を掘って、水を別の場所に流すべきだ」

「水路……?」

「ああ。昔、爺さんがやってた方法だ」

 トムは説明し始める。

「川から少し離れた場所に溝を掘って、水を分散させる」

「なるほど……」

「時間はかかるが、効果はあるはずだ」


 *

「よし、じゃあそれでいこう」

 村長が決断した。

「男は水路掘り、女は土嚢作り、子供は物資運び」

「総力戦だな」

「ああ。村を守るんだ」

 人々に活気が戻る。

 奇跡がなくても、やれることはある。


 *

 リゼルは、その様子を見て感動していた。

「みんな……」

 涙が浮かぶ。

「奇跡なしで……頑張ってる……」

 婆さんが隣に来た。

「すごいだろう?」

「はい……」

「人ってのはね、追い詰められると強くなるもんさ」

 婆さんは笑った。

「奇跡があった時は、それに頼りきりだった。でも、なくなったら自分で考え始めた」

「……」

「これが、本来の人間の姿なのかもしれないね」


 *

 翌日、村人たちは作業を開始した。

 男たちは、川沿いで水路を掘り始める。

「よいしょ!」

「頑張れ!」

 泥だらけになりながら、必死に掘る。

 女たちは、土嚢を作る。

「もっと砂を詰めて」

「しっかり結んで!」

 子供たちは、物資を運ぶ。

「重い……でも、頑張る!」

 村全体が、一つになっていた。


 *

 リゼルは、土嚢作りを手伝っていた。

「リゼル、無理すんなよ」

 トムが声をかける。

「大丈夫です。私も、役に立ちたい」

「ありがとな」

 トムは笑った。

「でも、お前は聖女だったんだから、もっと楽な仕事を」

「いえ」

 リゼルは首を振った。

「私も、村の一員です。みんなと同じように働きます」


 *

 その言葉に、周りの人々が微笑んだ。

「リゼル、変わったな」

「ええ……」

 リゼルも笑った。

「私、やっと普通の人間になれた気がします」

「普通の人間……ね」

 トムは空を見上げた。

「それが一番、幸せなのかもな」


 *

 三日間、作業は続いた。

 雨の中、泥まみれになりながら。

 でも、誰も文句を言わない。

「もう少しだ!」

「頑張れ!」

 励まし合いながら、働く。

 リゼルも、必死に土嚢を作り続けた。

「手が……痛い……」

 でも、止まらない。

「みんなのために……」


 *

 四日目の朝。

 水路が完成した。

「やった! 水が流れてる!」

「川の水位が下がってきたぞ!」

 歓声が上がる。

 村人たちは抱き合って、喜んだ。

「やった……やったぞ!」

「俺たちの力で!」

 リゼルも、涙を流していた。

「すごい……奇跡なしで……」


 *

 その夜、村では祝宴が開かれた。

「村を守ったぞ!」

「乾杯!」

 人々が笑い合う。

 リゼルは、その輪の中にいた。

「リゼル、よく頑張ったな」

「いえ、私は……」

「謙遜すんな」

 トムが笑った。

「お前も、村の一員だ」

「トムさん……」

「これからも、よろしくな」

「はい!」


 *

 祝宴の後、リゼルは一人で丘に登った。

 雨はまだ降っているが、弱まっている。

「奇跡がなくても……」

 呟く。

「人は、やれるんだ」

 村を見下ろす。

 小さな灯りが、温かく輝いている。

「みんな……ありがとう」


 *

 その時、雨が止んだ。

 雲の切れ間から、月が顔を出す。

「雨……止んだ……」

 リゼルは空を見上げた。

「神様……見てましたか?」

 風が吹く。

「人は……強いんです」

 リゼルは微笑んだ。

「だから、もう大丈夫」


 *

 翌朝、村は晴れていた。

 久しぶりの青空。

「気持ちいい!」

 子供たちが外で遊んでいる。

 大人たちは、畑の手入れを始める。

「作物、無事だったぞ!」

「よかった!」

 喜びの声が響く。


 *

 リゼルは、婆さんと一緒に洗濯物を干していた。

「いい天気だね」

「ええ、本当に」

「リゼル」

「はい?」

「お前、幸せそうだね」

 婆さんが微笑んだ。

「はい……幸せです」

 リゼルは頷いた。

「ここに帰ってきて、本当によかった」


 *

 しかし、その平和は長くは続かなかった。

 午後、村に一人の旅人が訪れた。

「すみません、聖女様はこちらに?」

 村人たちの顔が強張る。

「聖女……?」

「はい。リゼル・アルティナ様を探しています」

 旅人は王都の紋章をつけていた。

「王都の使者だ……」

 ざわめきが広がる。


 *

 リゼルは、家の中からその様子を見ていた。

「見つかった……」

 顔が青ざめる。

「どうしよう……」

 婆さんが手を握った。

「大丈夫。村のみんなが守ってくれる」

「でも……」

「信じなさい」


 *

 外では、村長が使者と話していた。

「聖女様はおられません」

「しかし、情報では……」

「知りません」

 村長は毅然と答えた。

「お引き取りください」

「ですが……」

「帰れ」

 トムも前に出た。

「ここには、聖女なんていない。いるのは、俺たちの仲間だけだ」


 *

 使者は、諦めたように頷いた。

「分かりました……では、失礼します」

 使者が去っていく。

 村人たちは、安堵の息を吐いた。

「よし……」

「何とか……」

 リゼルは涙を流していた。

「みんな……ありがとう……」


 *

 その夜、リゼルは婆さんに言った。

「私……迷惑かけてますね」

「何を言ってんだい」

「だって、王都の人が来て……」

「気にすんな」

 婆さんは笑った。

「お前は、村の家族だ。家族を守るのは当然だろう」

「婆さん……」

「さあ、寝な。明日も、いい天気だよ」


 *

 リゼルはベッドに横になった。

「みんな……優しい……」

 涙が零れる。

「私……守られてる……」

 でも、不安もあった。

「このままで……いいのかな……」

 窓の外、月が輝いている。

「神様……」

 呟く。

「私……どうすればいいですか……」

 答えは返ってこなかった。


(第18話・終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ