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第17話 馬車の中で眠る聖女

 ――回想・三日前の馬車の中。

 行商人ジョンの馬車に乗せてもらったリゼル。

 荷台の毛布にくるまりながら、彼女は初めて安心して眠った。

「気持ちいい……」

 揺れる馬車。

 でも、その揺れが心地よかった。


 *

「お嬢さん、大丈夫か?」

 ジョンが声をかけてくる。

「はい……ありがとうございます」

「無理すんなよ。ゆっくり休んでな」

「はい……」

 リゼルは目を閉じた。

 久しぶりの、安らかな眠り。


 *

 夢を見た。

 村の夢。

 子供の頃の自分が、畑で遊んでいる。

「リゼル! こっちおいでー!」

 友達が呼んでいる。

「今行くー!」

 笑いながら、走る。

 何も心配することなんてない。

 ただ、楽しい。


 *

 場面が変わる。

 聖堂の執務室。

 机の上には、申請書の山。

「まだ……終わらない……」

 リゼルは必死に書類を処理している。

 でも、減らない。

「もっと……もっと……」

 手が震える。

「休みたい……」

 でも、休めない。

「誰か……助けて……」


 *

「起きて!」

 声がした。

「え……?」

 リゼルは顔を上げる。

 そこには、子供の頃の自分がいた。

「あなた……」

「どうして、そんなに頑張ってるの?」

 子供のリゼルが尋ねる。

「それは……みんなのため……」

「みんなって、誰?」

「国の……人々の……」

「じゃあ、あなたは?」


 *

 リゼルは答えられなかった。

「あなたは……どうしたいの?」

 子供のリゼルが問い続ける。

「私は……」

「本当は、休みたいんでしょ?」

「うん……」

「なら、休めばいいじゃん」

 子供のリゼルは笑った。

「簡単だよ。逃げればいいの」

「でも……」

「でも、じゃないよ」

 子供のリゼルが手を差し伸べた。

「さあ、行こう。私たちの場所へ」


 *

 リゼルは、その手を取った。

 瞬間、景色が変わる。

 村の丘。

 一面の花畑。

「ここは……」

「私たちが、一番好きだった場所」

 子供のリゼルが言った。

「覚えてる?」

「うん……」

 リゼルは涙を流した。

「ここで、よく遊んだ……」


 *

「ね え、もう一度ここで遊ぼうよ」

 子供のリゼルが誘う。

「でも……」

「いいから」

 手を引っ張られる。

「さあ、走ろう!」

「待って……」

「いいから!」

 二人は、花畑を駆け抜けた。


 *

 風が心地よい。

 花の香りが満ちている。

「気持ちいい……」

 リゼルは笑った。

「こんなに……楽しいなんて……」

「でしょ?」

 子供のリゼルも笑っている。

「これが、本当のあなただよ」

「本当の……私……」

「そう。聖女じゃない、ただのリゼル」


 *

 二人は花畑の中央で座り込んだ。

「ねえ」

「何?」

「約束して」

 子供のリゼルが真剣な顔で言った。

「もう、自分を犠牲にしないで」

「……」

「あなたの人生は、あなたのもの」

 子供のリゼルが手を握る。

「誰かのためじゃなく、自分のために生きて」

「でも……それって、わがまま……」

「わがままでいいの」


 *

「人は、わがままに生きていいんだよ」

 子供のリゼルは微笑んだ。

「だって、自分の人生なんだから」

「自分の……人生……」

 リゼルの目に涙が浮かぶ。

「いいの……?」

「いいの」

 子供のリゼルが頷く。

「さあ、帰ろう。私たちの村へ」

「うん……」


 *

「お嬢さん、着いたぞ」

 ジョンの声で目が覚めた。

「はっ……」

 リゼルは跳ね起きる。

「夢……」

「よく眠ってたな。三時間も」

「三時間……」

 リゼルは驚いた。

「こんなに眠ったの、久しぶり……」


 *

「ここで降りるかい?」

「はい、ありがとうございました」

 リゼルは馬車から降りた。

 体が軽い。

「不思議……」

 さっきまでの疲れが、嘘のよう。

「夢の……おかげ……?」

 子供の頃の自分が言った言葉。

「自分のために、生きていい」

 その言葉が、胸に残っている。


 *

「お嬢さん」

「はい?」

「元気出せよ」

 ジョンが笑った。

「人生、長いんだ。焦ることないさ」

「ありがとうございます」

 リゼルは深く頭を下げた。

「本当に……助かりました」

「気にすんな。じゃあな」

 馬車が去っていく。


 *

 リゼルは一人、街道に立っていた。

「さあ、行こう」

 呟く。

「私の人生へ」

 故郷まで、あと少し。

「待っててね、みんな」

 リゼルは歩き出した。

 軽い足取りで。


(第17話・終)

第17話を読んで頂きありがとうございます!!

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