第15話 小鳥の導き
森の中。
リゼルは道に迷っていた。
「おかしい……こっちのはずなのに……」
地図を見ても、現在地が分からない。
「困った……」
日は傾き始めている。
このままでは、森で夜を過ごすことになる。
「どうしよう……」
*
その時だった。
頭上から、鳥のさえずりが聞こえた。
「あれは……」
見上げると、白い小鳥。
淡く光る羽を持つ、あの小鳥。
「あなた……」
小鳥はリゼルを見つめ、そして飛び立った。
「待って!」
リゼルは小鳥を追いかける。
*
小鳥は、ゆっくりと飛んでいく。
時々止まり、リゼルを待つように。
「道を……教えてくれてるの?」
そう思えるほど、小鳥は意図的に飛んでいた。
「ありがとう」
リゼルは小鳥についていく。
木々の間を抜け、小川を渡り。
やがて、開けた場所に出た。
「ここは……」
*
そこには、小さな泉があった。
透き通った水が、静かに湧き出ている。
周りには色とりどりの花が咲いている。
「綺麗……」
リゼルは息を呑んだ。
小鳥は泉の傍に止まり、リゼルを見ている。
「ここで休めってこと?」
まるで頷くように、小鳥は羽を広げた。
「ありがとう」
*
リゼルは泉の傍に座り込んだ。
手で水をすくい、口に含む。
「美味しい……」
冷たくて、澄んでいて。
疲れた体に染み渡る。
「生き返る……」
荷物を下ろし、ゆっくりと休む。
小鳥は、リゼルの隣に降り立った。
「あなた……何者なの?」
*
小鳥は首を傾げる。
そして、リゼルの手に乗った。
「軽い……」
羽を撫でる。
柔らかくて、温かい。
「ありがとう。助けてくれて」
小鳥は小さく鳴いた。
まるで、「どういたしまして」と言っているように。
「あなたは……神の使い?」
リゼルは尋ねた。
*
小鳥は、少し悲しそうに鳴いた。
そして、光の粒がこぼれ落ちる。
粒は地面に落ち、花になった。
「これは……」
白い小さな花。
リゼルは花を摘む。
その瞬間――記憶が流れ込んできた。
*
それは、遠い昔の記憶。
神がまだ、この世界に降り立っていた頃。
一人の少女が、神に問うた。
「神様、私はどう生きればいいの?」
神は微笑んで答えた。
「好きに生きればいい」
「でも、みんなは神様の教えに従えって……」
「従う必要はない」
神は優しく言った。
「私が望むのは、君が幸せであること」
*
「でも、私が幸せになったら……他の人が困るかもしれない」
少女は心配そうに言った。
「それでもいい」
神は少女の頭を撫でた。
「君が壊れてまで、他人を救う必要はない」
「神様……」
「自分を大切にしなさい。それが一番の祈りだから」
少女は涙を流した。
「ありがとう……」
*
記憶が途切れる。
リゼルは、呆然としていた。
「これは……神の記憶……?」
小鳥が鳴く。
肯定するように。
「神様は……自分を大切にしろって……」
涙が溢れた。
「じゃあ、私は……間違ってなかったの?」
小鳥は、リゼルの頬に止まった。
涙を拭うように、羽で撫でる。
「ありがとう……」
*
リゼルは花を胸にしまった。
「これ……大切にする」
小鳥が再び飛び立つ。
泉の上を旋回し、森の奥を指す。
「あっちに行けばいいの?」
小鳥は頷くように鳴いた。
「分かった。ありがとう」
リゼルは立ち上がる。
*
小鳥について、森を進む。
だんだんと、道が見えてきた。
「街道だ!」
リゼルは喜んだ。
「これで、迷わずに済む!」
小鳥は、満足そうに鳴いた。
「本当にありがとう」
リゼルは小鳥に手を振った。
「また、会えるかな?」
*
小鳥は一度、リゼルの周りを回った。
そして、光の粒を残して消えていった。
「さよなら……」
リゼルは呟く。
「また、会おうね」
光の粒が地面に落ちて、また花になる。
「道標……」
リゼルは微笑んだ。
「あなたは、私を導いてくれるのね」
*
街道に出たリゼルは、南へ向かって歩き始めた。
「もうすぐ……」
故郷まで、あと半日。
「明日には、着ける」
夕日が沈んでいく。
リゼルは振り返り、森を見た。
「ありがとう、小鳥」
そして、再び歩き出した。
*
その夜、リゼルは街道沿いの宿に泊まった。
部屋で、あの白い花を見つめる。
「神様の記憶……」
花びらを撫でる。
「自分を大切に、か……」
窓の外、月が昇っている。
「神様……ありがとう」
呟く。
「私、頑張ります」
*
その時、花が淡く光った。
そして、声が聞こえた。
『リゼル』
「神様……!」
『君は、正しい道を歩いている』
優しい声。
『だから、迷わないで』
「はい……」
『そして……』
声が遠くなる。
『幸せに、なりなさい』
光が消えた。
*
リゼルは涙を流した。
「ありがとう……」
花を胸に抱く。
「必ず……幸せになります」
窓の外、星が瞬く。
まるで、祝福するように。
「おやすみなさい、神様」
リゼルは安らかに眠りについた。
(第15話・終)




