第13話 同僚たちのざわめき
聖堂の食堂。
昼食時、神官たちが集まっている。
「聞いたか? 枢機卿様が方針を変えるって」
「ああ。奇跡に頼らないとか」
「本気なのか?」
ざわめきが広がる。
「でも、どうやって?」
「分からないな……」
不安が支配している。
*
その中で、一人の若い神官が言った。
「俺は、賛成だな」
「何だって?」
「だって、今までがおかしかったんだ」
彼は真剣な顔で言った。
「聖女様一人に、全部押し付けて」
「それは……」
「俺たちは、何もしてなかった」
彼の言葉に、皆が黙り込んだ。
「ただ、聖女様の後ろで書類を処理するだけ」
「それが、俺たちの仕事だっただろ」
「違う」
彼は首を振った。
「俺たちの仕事は、人を救うことだ」
*
「人を救う……」
「ああ。奇跡じゃなくてもできることはある」
彼は立ち上がった。
「病人の看護、畑仕事の手伝い、困ってる人の話を聞く」
「それは……神官の仕事じゃない」
「なぜ?」
彼は問い返した。
「神官は、人を救う者だろ?」
「それは……そうだが……」
「なら、方法は問わないはずだ」
彼の言葉に、何人かが頷いた。
「確かに……」
「俺も、そう思う」
賛同の声が広がり始める。
*
しかし、保守派の神官が立ち上がった。
「待て!」
ガブリエルだった。
「お前たちは、神を冒涜している!」
「冒涜……?」
「そうだ! 奇跡こそが神の力の証明だ!」
ガブリエルは声を荒げた。
「それを否定するなど……」
「誰も否定してない」
若い神官が反論する。
「ただ、奇跡『だけ』に頼るのをやめようって言ってるんだ」
「同じことだ!」
「違う!」
*
食堂が騒然となる。
賛成派と反対派が、激しく言い合う。
「奇跡は必要だ!」
「でも、聖女様はもういない!」
「だから、連れ戻すべきだ!」
「それは聖女様のためにならない!」
罵声が飛び交う。
その時――。
「静まれ!」
ミナの声が響いた。
*
皆が、ミナを見る。
「ミナ……」
「皆さん、聞いてください」
ミナは真剣な顔で言った。
「リゼル様は、限界でした」
「それは……」
「五年間、一度も休まず働き続けた」
ミナの声が震える。
「朝から晩まで、奇跡を起こし続けた」
「……」
「その結果、心も体も壊れかけていた」
ミナは涙を堪えた。
「だから、逃げたんです」
*
「でも……」
ガブリエルが言いかける。
「聖女の務めだろう」
「務めでも、限界はあります」
ミナは真っ直ぐ見た。
「リゼル様は人間です。神の道具じゃない」
「しかし……」
「もし、あなたが同じ立場だったら?」
ミナの問いに、ガブリエルは黙った。
「休みもなく、毎日働かされて。倒れても、まだ働けと言われて」
「それは……」
「耐えられますか?」
*
長い沈黙。
ガブリエルは、何も言えなかった。
「私は……」
やがて、小さく呟いた。
「分からない……」
ミナは優しく言った。
「分からなくていいんです。ただ、想像してください」
「想像……」
「リゼル様の苦しみを」
ミナは続ける。
「そうすれば、分かるはずです。なぜ逃げたのか」
*
食堂は、静まり返っていた。
皆が、考え込んでいる。
やがて、一人がぽつりと言った。
「俺……聖女様に、感謝したことなかったな」
「え?」
「いつも当たり前だと思ってた。奇跡が起きるのは」
彼は俯いた。
「でも、それって……聖女様の努力だったんだよな」
「ああ……」
別の神官も頷く。
「俺たちは……何も考えてなかった」
「ただ、奇跡が起きればいいって……」
罪悪感が広がっていく。
*
「だから」
若い神官が立ち上がった。
「俺たちが変わらなきゃいけない」
「変わる……」
「ああ。奇跡に頼らず、自分たちの力で人を救う」
彼は拳を握りしめた。
「それが、聖女様への恩返しだ」
その言葉に、多くの神官が頷いた。
「そうだな……」
「俺も、協力する」
賛同の声が広がる。
*
しかし、ガブリエルは立ち去った。
「私は……認められない……」
呟きながら、食堂を出る。
廊下を歩きながら、彼は思った。
「神なき世界など……」
拳を握りしめる。
「あってはならない……」
彼の心に、暗い決意が芽生えていた。
*
一方、食堂では。
神官たちが集まり、話し合いを始めていた。
「じゃあ、何から始める?」
「まずは、街に出よう」
「街に?」
「ああ。困ってる人を、直接助けるんだ」
若い神官が提案する。
「病人がいれば看護する。畑仕事が大変なら手伝う」
「なるほど……」
「奇跡は起こせないけど、手はある」
彼は笑った。
「それで十分だ」
*
「でも……受け入れてもらえるかな」
不安そうに言う者もいる。
「大丈夫だよ」
ミナが微笑んだ。
「人は、誠意を分かってくれます」
「ミナ……」
「リゼル様が教えてくれました」
ミナは遠くを見た。
「奇跡よりも大切なのは、心だって」
「心……」
「はい。相手を思いやる心」
ミナの言葉が、皆の胸に響いた。
「なら、できるかもしれない」
「ああ、やってみよう」
希望が生まれ始めていた。
*
その日の午後。
若い神官たち十数人が、街に繰り出した。
「すみません、何かお手伝いできることは?」
店を営む老人に声をかける。
「え? 神官様が?」
「はい。奇跡は起こせませんが、手伝いならできます」
「そうか……なら、この荷物を運んでくれるか?」
「もちろんです!」
神官たちは、喜んで荷物を運び始めた。
*
別の場所では。
病人の家を訪れた神官が、看護をしていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……ありがとう……」
「水を持ってきました。ゆっくり飲んでください」
「すまないね……」
「いえ、当然のことです」
神官は優しく微笑んだ。
「少しでも、楽になってください」
*
畑では。
神官たちが、農民と一緒に働いていた。
「ここを耕せばいいのか?」
「ああ、頼む」
慣れない手つきで、鍬を振るう。
「神官様が、こんなことを……」
「いいんです。これも、神に仕える道ですから」
神官は汗を拭った。
「それに……楽しいです」
「そうか。なら、よかった」
農民は笑った。
*
夕方、神官たちは聖堂に戻った。
「疲れた……」
「でも、気持ちいいな」
皆、満足そうな顔をしている。
「人に感謝された」
「ああ。奇跡じゃなくても、役に立てるんだな」
「うん」
若い神官は笑った。
「これが、本当の神官の仕事かもしれない」
*
しかし、その活動を快く思わない者もいた。
ガブリエルは、窓から神官たちを見ていた。
「愚か者どもめ……」
呟く。
「神の尊厳を汚している……」
彼は拳を握りしめた。
「こんなことは……許されない……」
暗い決意が、より強くなっていく。
「私が……正さなければ……」
ガブリエルの目に、狂気が宿り始めていた。
(第13話・終)




