第12話 奇跡部門の混乱
聖堂・奇跡管理部門。
そこは今、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「また申請が却下された!」
「どうすればいいんだ!」
神官たちが右往左往している。
「東の村から、治癒の緊急要請が!」
「無理だ! 聖女様がいないと、大規模治癒はできない!」
「じゃあ、どうするんだ!」
「分からない!」
*
部門長のフェリクスは、頭を抱えていた。
「これは……もう限界だ……」
机の上には、処理できない申請書の山。
全て、奇跡を求める声。
「聖女様……どこへ行かれたんだ……」
その時、部下の神官が飛び込んできた。
「部門長! 大変です!」
「今度は何だ!」
「南の辺境で、大干ばつが! このままでは、数千人が飢餓に!」
「くそ……!」
フェリクスは拳で机を叩いた。
「豊穣の祝福が必要だが……我々では力が足りん!」
「どうすれば……」
「聖女様を……見つけ出すしかない……」
*
一方、別の部屋では。
若い神官たちが、秘密の会議を開いていた。
「このままじゃ、駄目だ」
「ああ。聖女様に頼りすぎていた」
「これを機に、システムを変えるべきじゃないか?」
一人の神官が提案する。
「奇跡に頼らない、新しい方法を」
「新しい方法……?」
「ああ。例えば、医療技術を発展させる。農業技術を改良する」
「なるほど……」
「奇跡は便利だが、それに頼りすぎた。だから、こうなった」
神官たちが頷く。
「なら、これから我々が……」
「ああ。人の力で、国を支える」
*
しかし、その動きを快く思わない者もいた。
保守派の神官、ガブリエル。
「馬鹿な……!」
彼は怒りに震えていた。
「奇跡を否定するなど……神への冒涜だ!」
彼は枢機卿の元へ向かった。
「枢機卿様! お聞きください!」
「何だ、ガブリエル」
「若い神官たちが、奇跡を否定し始めています!」
「何だと……」
「このままでは、信仰が崩壊します!」
ガブリエルは叫んだ。
「何としても、聖女様を連れ戻さなければ!」
*
枢機卿は、深く息を吐いた。
「ガブリエル、落ち着け」
「落ち着いてなどいられません!」
「聞きなさい」
枢機卿は静かに言った。
「若者たちの言うことも……一理ある」
「何を……」
「我々は、奇跡に頼りすぎていた」
枢機卿は窓の外を見た。
「聖女一人に、全てを背負わせていた」
「ですが……」
「それが間違いだったのだ」
*
「枢機卿様……まさか、聖女様を見捨てるおつもりですか!」
「見捨てるのではない」
枢機卿は振り返った。
「解放するのだ」
「解放……」
「ああ。彼女は、自由に生きる権利がある」
枢機卿の目には、決意が宿っていた。
「我々は、それを尊重すべきだ」
「しかし、国が……!」
「国は、人の力で守る」
枢機卿は力強く言った。
「それが、本来あるべき姿だ」
*
ガブリエルは、信じられない顔をしていた。
「枢機卿様……あなたまで……」
「ガブリエル」
「はい……」
「時代は変わる。我々も、変わらなければならない」
枢機卿は優しく言った。
「それを、受け入れなさい」
ガブリエルは、何も言えずに去っていった。
*
その夜、聖堂では緊急会議が開かれた。
全ての神官が集まる。
「諸君」
枢機卿が演台に立った。
「これより、聖堂の方針を変更する」
どよめきが起こる。
「奇跡依存から、人の力へ」
枢機卿の声が響く。
「我々は、奇跡なしで人々を支える方法を模索する」
「枢機卿様、それは……」
「聖女を諦めるということか!」
保守派の神官たちが叫ぶ。
*
「諦めるのではない」
枢機卿は静かに言った。
「尊重するのだ」
「尊重……?」
「ああ。聖女リゼルは、自分の人生を選んだ」
枢機卿は続ける。
「我々は、それを尊重し、支持する」
「ですが……」
「そして、我々は我々の力で、国を支える」
枢機卿の目が輝いた。
「それが、本当の信仰だ」
*
会議室は、静まり返った。
やがて、若い神官の一人が立ち上がった。
「枢機卿様の方針に、賛成します」
次々と、若い神官たちが立ち上がる。
「私も!」
「僕も賛成です!」
しかし、保守派は座ったままだった。
「我々は、認められない」
ガブリエルが言った。
「奇跡こそが、神の証。それを捨てるなど……」
「ガブリエル」
枢機卿は悲しそうに見た。
「お前は、まだ分からないのか」
「何がです」
「奇跡は、神が起こすものではない」
枢機卿の言葉に、会議室がざわめく。
「人の心が起こすものなのだ」
*
その言葉の意味を、誰も理解できなかった。
ただ、ミナだけが微笑んでいた。
「枢機卿様……やっと気づかれたのですね」
彼女は小さく呟いた。
「リゼル様が伝えたかったこと」
会議は、深夜まで続いた。
賛成派と反対派が、激しく議論する。
でも、結論は出なかった。
「明日、もう一度話し合おう」
枢機卿の言葉で、会議は終わった。
*
会議室を出たミナは、夜空を見上げた。
「リゼル様……」
呟く。
「あなたは今、どこで何を……」
星が瞬く。
まるで、答えるように。
「きっと、幸せでいてください」
ミナは祈った。
神にではなく。
友のために。
(第12話・終)




