第11話 枢機卿、激昂す
王都・聖堂。
枢機卿エルヴィンの執務室。
机を拳で叩く音が響く。
「見つからないだと!」
枢機卿の怒号。
「三日も探して、何の手がかりもないとは!」
「申し訳ございません……」
聖騎士団長が頭を下げる。
「王都周辺は全て探しましたが……」
「足りん! もっと範囲を広げろ!」
「はっ!」
*
騎士団長が去った後、枢機卿は椅子に座り込んだ。
「リゼル……どこへ行ったのだ……」
疲れた顔で呟く。
「お前がいなければ……国が滅ぶぞ……」
机の上には、各地からの嘆願書が山積みになっていた。
『東の村で疫病が蔓延。至急、治癒を』
『辺境の畑が枯れています。豊穣の祝福を』
『川が汚染されました。浄化をお願いします』
全て、奇跡を求める声。
「どうすればいい……」
枢機卿は頭を抱えた。
*
その時、扉がノックされた。
「入れ」
ミナが入ってくる。
「枢機卿様、王城から使者が」
「王城から?」
「はい。王太子殿下が、お呼びです」
枢機卿の顔が強張った。
「分かった。すぐに向かう」
*
王城・謁見の間。
王太子アレクシスが、玉座に座っていた。
「遅いぞ、枢機卿」
「申し訳ございません」
枢機卿は跪く。
「さて」
王太子は冷たい声で言った。
「聖女はまだ見つからないのか」
「はい……鋭意捜索中でございますが……」
「鋭意捜索?」
王太子は嘲笑した。
「もう四日も経っているのだぞ」
「申し訳……」
「言い訳はいい」
王太子は立ち上がった。
「このままでは、国が持たん」
*
「既に、各地で暴動が起きている」
王太子は窓の外を見た。
「奇跡が止まったことで、民は不安に駆られている」
「それは……」
「このままでは、王権すら揺らぎかねん」
王太子は枢機卿を睨んだ。
「お前の責任だぞ」
「……はい」
「では、どうする?」
王太子が問う。
「聖女を見つけ出し、連れ戻す……それしかございません」
「当然だ」
王太子は冷たく言った。
「一週間以内に見つけろ。さもなくば……」
「さもなくば……?」
「お前の地位を剥奪する」
*
枢機卿は、青ざめた顔で聖堂に戻った。
「一週間……」
呟く。
「一週間で、見つけなければ……」
執務室に入り、椅子に座り込む。
「私は……どうすれば……」
その時、扉が開いた。
「枢機卿様」
ミナだった。
「何だ、ミナ」
「お疲れのようですね」
「……ああ」
枢機卿は力なく頷いた。
「王太子殿下から、最後通告を受けた」
「そうですか……」
ミナは複雑な表情をした。
*
「ミナ、聞きたいことがある」
「はい」
「私は……間違っていたのか?」
枢機卿は真剣な顔で尋ねた。
「聖女を……あのように扱ったこと」
ミナは、しばらく沈黙していた。
そして――。
「はい。間違っていました」
はっきりと答えた。
「ミナ……」
「リゼル様は、限界でした。でも、枢機卿様は気づかなかった」
「……」
「いえ、気づいていても、見ないふりをした」
ミナの声が震える。
「だから、リゼル様は逃げたんです」
*
枢機卿は、深く頭を下げた。
「すまなかった……」
「謝るべきは、私ではありません」
ミナは言った。
「リゼル様です」
「ああ……そうだな」
枢機卿は顔を上げた。
「だが……今は見つけ出さなければ……」
「それは、リゼル様のためですか?」
ミナの鋭い質問。
「それとも、国のためですか?」
枢機卿は答えられなかった。
*
「私は……」
枢機卿は呟く。
「国のため……だと思っている」
「では、リゼル様の幸せは?」
「それは……」
「二の次、ですか」
ミナの言葉が突き刺さる。
「違う! 私は……」
「なら」
ミナは真っ直ぐ枢機卿を見た。
「リゼル様を、自由にしてあげてください」
「何だと……」
「あの方は、もう戻りたくないんです」
ミナは涙を流した。
「だから……探すのを、やめてください」
*
「やめる……だと?」
枢機卿は信じられない顔をした。
「国が滅びてもいいのか!」
「滅びません」
ミナは毅然と答えた。
「人々は、自分の力で生きていけます」
「だが……」
「奇跡がなくても、人は生きてきました」
ミナは続ける。
「また、そうすればいいんです」
「しかし……」
「枢機卿様」
ミナは深く頭を下げた。
「お願いです。リゼル様を……解放してあげてください」
*
枢機卿は、長い沈黙の後――。
「……分かった」
静かに言った。
「え……?」
「お前の言う通りだ。私は……間違っていた」
枢機卿は立ち上がった。
「聖女を……道具のように扱った」
「枢機卿様……」
「だから、もう追わない」
枢機卿は窓の外を見た。
「リゼルには……自由に生きてもらおう」
ミナは涙を流した。
「ありがとうございます……!」
*
しかし、その決意は長くは続かなかった。
翌日、王太子が直々に聖堂を訪れたのだ。
「枢機卿!」
怒号が響く。
「聖女の捜索を中止したと聞いたが、本当か!」
「はい……それは……」
「ふざけるな!」
王太子は枢機卿の胸倉を掴んだ。
「国が滅びかけているんだぞ!」
「し、しかし……」
「しかし、ではない!」
王太子は枢機卿を突き飛ばした。
「いいか。聖女を見つけ出し、連れ戻せ。それが命令だ」
*
「で、ですが……聖女様にも、人権が……」
「人権?」
王太子は冷笑した。
「聖女に人権など必要ない」
「何を……」
「聖女は、神の道具だ。国のための道具だ」
王太子は冷たく言い放った。
「道具に、自由など不要だ」
枢機卿は、唇を噛んだ。
「……分かりました」
「よろしい」
王太子は背を向けた。
「一週間だ。それまでに見つけろ」
*
王太子が去った後、枢機卿は崩れ落ちた。
「私は……何をしているのだ……」
涙が零れる。
「リゼル……すまない……」
でも、選択肢はなかった。
「捜索を……再開しろ……」
その命令が、聖堂中に響き渡った。
(第11話・終)




