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え?クズだった婚約者が激重になるなんて聞いてないんですけど?

作者: 佐藤かなめ


 「クリス様、あなたと、婚約破棄します!」

 


 学園の裏庭に呼び出したヴェナ・クリストファー公爵家子息に、リリアナは一方的に言い放った。


 「はっ………………?」


 クリスは想定外のことだったのか、美しい紫眼を見開く。いつもの軽薄そうな笑顔は消えうせ、啞然とした表情だ。先ほどまで、「マリンちゃんと約束があるから早くして?」なんてリリアナを急かしていたのが嘘のようだ。


 (ふふふふ……!ついに言った……!コレが憧れのざまぁ……!)


 クリスがするならまだしも、リリアナがクリスを婚約破棄するだなんて、クリスにとったら屈辱もいいところだ。


 甘いルックスで高身長。頭脳は明晰で、騎士としても問題がないほどの身体能力。おまけに地位も高く、公爵家子息という高スペック。女子が10人いたら9人は好きになるだろう。

 

 そんな男でも、女好きな婚約者はいらない。

 こちらから捨ててやるのだ。


 「それでは、御機嫌よう……!」

 

 「まっ……………………!!」


 クリスの声が聞こえたけれど、リリアナは捨て台詞を告げてクリスの元から立ち去る。

 

 この婚約破棄はリリアナのマルトン伯爵家は勿論、クリスのヴェナ公爵家まできちんと根回ししたものだから、覆らない。


 リリアナの人生に彼はもう必要ないのだ。




◆◇◇◇◇




 教室の窓から見える中庭には、今日も誰もいない。この時間帯はいつもクリスと女子生徒が仲よさげにベンチに座ってお昼ご飯を食べていたのに。


 クリスに婚約破棄を告げてから早一ヶ月。それからリリアナはクリスの姿を一度も見ていなかった。


 「リリアナ嬢、どうした?クリスが暫く学園に来ていないのが気になるのか?」


 リリアナに話しかけてきたのは、この国の王太子、アレクだった。クリスとアレクは気が合うのかよく一緒にいた。公表はしていないが、婚約破棄のこともクリスから直接聞いているのかもしれない。

 

 「いいえ……」

 「リリアナ嬢はクリスと離れたのを後悔しているのか?」

 「後悔はしていません」


 親が勝手に決めた婚約者のクリス。思えばリリアナはクリスに釣り合ってなかった。何度、「あなたとクリス様は似合わない」と女子生徒に言われただろうか。

 クリスはリリアナに、何もしてくれなかった。他の人にするようにリリアナに笑いかけてくれてたら何かが違っていたのかもしれない。でも、もう終わったことだ。


 「そうか…。なんだか責任を感じるな」

 「えっ……?どういうことですか?」

 

 アレクは痛ましい顔をしてリリアナのことを見てくる。クリスとアレクの間で何かあったのかもしれない。


 「いや、なんでもない。リリアナ嬢は、この件は覚悟の上なんだよな?」

 「勿論です!何が起きても、納得の上です!」

 「それだったらいいけど、多分、リリアナ嬢、これから大変なことになるかもしれん。俺でも止めれなくてな…。すまん」

 「えっ……?」


 リリアナがアレクに聞いても詳しいことは教えてくれず、ただただ不穏な言葉を残していった。




◇◆◇◇◇




「お父様、わざわざ私を執務室に呼ぶなんて何事ですか?」

「いや〜、リリアナに護衛を用意しようと思ってな」


 リリアナの父親は夏でもないのに、顔の汗をハンカチで拭きながらリリアナに伝えてくる。父親の後ろには、見慣れない青年が1人控えていた。


「護衛!?私に護衛が必要なんですか?」

「いろいろあって危ないかもしれないからなぁ〜」

「危ないことってなんですか?」

「いや〜危ないは危ないだろ?」


 父親からは益々汗が出てきていて、汗を拭き取るはずのハンカチが役に立っていない。護衛なんて、リリアナが産まれてから18年間、一度もいたことがないのに。


 (お父様のこの様子…。断れない案件…!?)


 「この方………いやいや、これがお前の身の回りの護衛をすることになったカインだ」


 父親に紹介された青年は、前髪が異常に長いため顔の半分が見えず表情が分かりにくい。銀髪なのは元婚約者のクリスと同じだけれど、クリスとは違ってカインは短髪だ。すらっと引き締まった体形も好ましい。リリアナと同い年ぐらいだろうか。 


 「……………カインです。よろしくお願いします」


 カインはリリアナに向かって手を差し出してきた。リリアナは護衛の必要性に疑問を感じながらも、アレクの「大変なことになる」の言葉も思い出し、自身の手をおずおずとカインの手に合わせる。


 「私はリリアナっていうの。よろしくね」


 リリアナがカインを見て軽く微笑んだとき、カインの透明感のある白い肌が色づいた。握手だけで顔が赤くなるなんて、純情な人なのかもしれない。


 なぜか父親は、ほっとしたように大きく頷いている。


 「カインは我が伯爵家内でリリアナを護衛してもらう」

 「………はっ?学園では護衛しなくていいのですか?」


 カインが不服そうな声を上げた。


 「いやいや、君はリリアナの通っている学園には行けないだろう?いろいろあるからね?ねっ?そうだろ?」

 「そうそう、学園には護衛を連れてきてる人はいないの!王太子様だって連れてきてないから!」

 「いいからうんと言ってくれたまえ!ほら!」


 リリアナ親子は護衛にすぎないカインの機嫌を何故か必死に取っていた。カインから出てくる謎の圧が凄いのだ。


 「…………………………………………分かりました」


 カインは不本意そうに了承した。




◇◇◆◇◇




 カインと過ごすようになって2週間。最初の寡黙な青年のイメージはあっという間にどこかへ消え、ただのリリアナのストーカーになっていた。今日の朝も「何でオレを置いてくの……?」と学園に着いてきたがっていたカインを制止するのがほんっっとうに大変だった。

 学園で過ごす時間は、リリアナにとって、一息つける大切な時間となっていた。


 

 学園の朝の始まりのホームルーム。教師は1人の男子生徒を連れて教壇に立った。

 

 「この学園は貴族のみならず、市民も在籍している。とはいえ、基本的には裕福な子女だ。それでは真に平等とはいえない。そこで、一般市民の受け入れを開始することにした。君、前に来なさい」


 教師に告げられ黒板の前に立ったのは、1人の男子生徒だった。重めの黒髪の前髪で瞳が全く見えないが、色白の肌とすっきりとしたフェイスラインが印象的だ。


 (あれは………!!!カイン……!?)


 リリアナは驚きのあまり言葉がでない。銀髪か黒髪かの違いはあるものの、あの男子生徒はまさしくカインだ。リリアナを追いかけて学園まで来るなんて。


 「オレはカインと言います!ただの一般市民です!よろしくお願いします!!」


 カインはよく通る声で嬉々と自己紹介をした。


 「嘘だろ……………!?」


 アレクが驚きの声を上げる。


 「善良な市民に対してその発言は……?オレが学園に通うのに反対とか…?」

 「いやっ、そういう訳ではないが、その、あれがあれでな、驚いてしまって」

 「あなたは王太子さま……?初めまして?」


 カインはアレクに近づき、不遜な発言をする。

 

 (どうして初対面なのに、アレク様が王太子って分かったんだろう?……それよりも……!)


 「相手は王太子!!!駄目でしょーーー!!」

 

 リリアナは思わず大声を出していた。

 



◇◇◇◆◇




 「カインのせいで、私と知り合いってすぐみんなに伝わったじゃない!」

 「オレのせい?アレはリリアナのせいでしょ」

 「うっ…………」

 

 リリアナはカインに正論を言われて口籠る。

 

 「オレはこれで学園でもリリアナと一緒にいれることができて嬉しい」

 

 カインはリリアナにまた真っ直ぐな言葉を伝えてくる。何で来たのかとかもう来ないでとか言いたかったのに、リリアナは文句を言えなくなってしまった。


 カインに出会ってから2週間、うっとおしく思いながらもどこかカインを拒めないリリアナがいた。


 「……!恥ずかしいから学園内でそんなこと言わないで!」 

 「ふぅん?だったらお家だったらいいんだ?早く一緒に帰ろ?」


 リリアナは、カインに急に肩に手を回された。


 「ふふっ、リリアナ顔が赤くなって可愛い」

 「うるさい……!!」


 リリアナはカインに振り回されっぱなしだ。カインに指摘され、ますます顔が赤くなるのが分かる。


 「今からご飯を食べるんでしょ?ほら、座って!」


  カインとリリアナが来たのは、クリスと女子生徒がよく昼食を食べていた、あの中庭だった。内緒話をするならと選択した場所だったけれど、クリスのことを思い出しリリアナの顔が暗くなる。


 「リリアナ?どうかしたの?」

 「ううん……、昔の嫌なこと思い出しちゃって」

 「リリアナ……、昔の嫌なことは忘れて、オレを見て?」


 カインはそっとリリアナを抱き締めた。


 (待って待って心臓がヤバい……!)


 カインから暖かい体温が伝わってくる。背中にまわされた手がリリアナを優しく包み込む。程良い筋肉質な身体に包まれ、リリアナは緊張でどうにかなってしまいそうだ。



 ――――――――バシャッ!



 あれ、何か冷たいと思ったら、リリアナとカインに水がかけられた。カインの黒髪が一部元の銀髪に戻っている。リリアナはカインに抱きしめられていて、ほとんど濡れていないけれど、カインはびしょ濡れだ。 


 「クリス様がいなくなってすぐに新しい男を側に置くだなんて、男好きもいいところだわ!」

 

 3階の窓から、水をかけてきたのは、マリン伯爵令嬢だった。犯行を自白するなんて、なんと浅ましい。


 「なんてことを…………」


 リリアナがカインの抱擁から顔を出そうと思った――その時だ。



 隠されていたカインの眼が、見えた。


 美しすぎる〚紫眼〛。



 ――――紫眼はヴェナ公爵家の証。


 

 「貴方は、クリス様………?」


 「違う、違う、私は、クリスなんて男じゃない……!私はカインで、リリアナの護衛だ……!身分もない、ただの一般市民だ……!私のことはカインと思ってくれ……!カインじゃなくなったら、またリリアナが私を遠ざける……!!お願い、お願いだから……」


 カインもといクリスは、美しい顔を歪ませリリアナに必死に訴えてくる。


 「クリス様なのですね……?びしょ濡れになってしまいましたし、伯爵家に帰りましょう……?」

 「嫌だ……!帰らない……!!帰ったらどうせリリアナはまた私を突き離すんだ……!もう、私は、リリアナにとっていらない男になってしまう……」


 クリスの両眼から涙が零れ落ち、頬を伝う。


 「クリス様……?どうして……?私のことは気にも止めてなかったのでは……?」

 「逆だよ……!私は、ずっと、君のことが気になって気になって仕方がなかった!!!だけど、君は全然私に興味を示してくれなくて、悲しくてどうしようもなかった!!アレクに相談したら、他の女と話してるのを見せて嫉妬させたらいいって言ったから、いやいや他の女と話してたのに……逆効果だったと分かったのは、君に婚約破棄された時だった……君を沢山傷つけたよね……ごめん………」 

 「いえ……私もクリス様と話し合うこともせず、婚約破棄しましたから……」

 「私のこと……、捨てないでくれる……?」

 「…………………はい」


 リリアナは、クリスのことを見て微笑んだ。クリスではなくカインとして一緒に過ごした2週間。クリスには振り回されっぱなしだったけど、嫌な時間では決してなかった。


 「クリス様、一旦伯爵家へ戻りましょう?」

 「うん……」


 クリスは捨てられた仔犬のような目でリリアナを見てくる。カインとして偽っていたことを問い詰めたかったけれど、言葉が出てこない。


 「リリアナ、手をつないでもいい……?」


 クリスがあまりにも寂しそうに言ってくるので、思わずリリアナから手を繋いでしまった。




 ◇◇◇◇◆




 リリアナは伯爵家の応接間にクリスを呼び出した。大事な話をするためで、父も同席している。そして何故か伯爵家へとやってきた王太子のアレクもいる。


 「これからの私たちのことなんですが…」

 「何かな?」

 「婚約破棄した関係でもありますし…」

 「こっ婚約破棄!!!!????」 


 クリスとリリアナの会話を聞いていたアレクが、驚きのあまり声を発した。


 「婚約破棄したの御存知でなかったんですか?」

 「知らない!知ってたら絶対止めてた!!コイツのリリアナ嬢への思いを知らないだろ?クリスを刺激するな!暴走する!俺は、クリスがリリアナ嬢に叱られてメソメソしてるだけかと思ってたんだ!」

 「王家へ知られると困るからね、特に言わなかったんだ。だから、私たちは婚約中なんだよ?」


 にこやかな笑顔でクリスはリリアナに伝えてくる。


 「勿論、リリアナのご両親にもうちの両親にも婚約破棄なのは思い違いだったって伝えてあるからね?リリアナのお父様には、私たちの関係を修復するためにお力添えいただいたから、感謝の思いでいっぱいだよ」

 「えっ………!?婚約破棄したのではなかったんですか……!?」

 「してないよ?リリアナと私は両思いだもんね?そんな2人を引き裂くなんてできないでしょ?」

 「りょっ……両思い……!???」


 クリスからは愛を語られた気もしないでもないが、リリアナは愛を伝えたことはない。


 「うん!言ってくれたでしょ?〚捨てない〛って!もうこれは愛してると同意語だよね?嬉しかったなぁ〜!!」


 クリスは顔を赤面させながら横に座っているアレクの肩をバンバン叩いている。

 

 「リリアナに聞きたかったんだけど、長い髪がチャラチャラしてると思われたかなと思って、ばっさり切っちゃったけど良かった?髪色は銀髪のままでいい?銀髪は色が入りやすいからどんな色でも対応できるよ!見た目もさ、リリアナの好みに近づきたいんだよね〜!身体もどんどん鍛えていくよ!強いほうカッコいいでしょ?あっ、そうだ、身分は?公爵家子息のままがいい?お金はたくさんあるし、優雅な生活ができると思う!それとも伯爵家の婿に入ったほうが?リリアナも実家で過ごしたほうが自由に過ごしやすいかな?婿としても私は優秀だから苦労はさせないよ!いや、いっそ貴族なんて身分を捨てて平民として新しい世界に飛び込んでみる?リリアナ、どっちにする?」


 「いや、身分を捨てるのは無しだろ……」


 「うるさい!アレクは黙ってて?アレクの頓珍漢なアドバイスのせいで、私とリリアナの仲がいったん拗れちゃったんだからね?寡黙な方がウケるとか言うからさ〜、リリアナと話すのを躊躇しちゃったじゃん!まっ、リリアナの可愛さに緊張しすぎて、話しかけられなかったかも?そういえば初めてリリアナに会ったときのことが忘れられないな〜!リリアナ、あの時、私の瞳の色のドレスを着てくれてたんだよねぇ……!!一目惚れって信じてなかったけど、まさか自分が一目惚れするなんてなぁ……!」

 

 「あの、クリス様……、」


 「えっ!!??なになに?なんでも聞いて!好きな人が自分に興味を持ってくれるなんて最高じゃない???」


 クリスはリリアナをキラキラとした瞳で見つめてくる。


 「クリス様は元からこんな性格なんですか……?」

 「リリアナ嬢、残念ながらクリスは元からこんなやつだ」


 クリスに叩かれた肩を擦りながらアレクはどこか遠い目をしながら答える。


 「君が婚約破棄をしなければもっと上手く猫を被っていたかもしれないがな……、もう手遅れだ」

 「リリアナが気付いてないだけで、ワシの前ではクリストファー殿はこんな感じだったよ……。今回も護衛をすると言い出して止まらなくてな……」


 リリアナの父も疲れた表情でリリアナに告げる。


 「リリアナ、こんな俺は嫌い?」


 クリスはまたあの仔犬のようなうるうるとした瞳でリリアナのことを見てくる。リリアナはどうもこの眼に弱い。


 「……………嫌いじゃないです」

 「そっかぁ!良かったぁ!!婚約破棄してたっていう誤解も解けたことだし、早く二人っきりになろ?」


 ―――――――――――――バシッ!


 アレクがクリスの後頭部を思いっ切り叩く。


 「いったぁ……!何するんだよ!アレク!良いところだったのに!!!」

 「おまえなぁ〜〜〜〜〜!仲を深めるのも順序があるだろ!!段階を踏め!段階を!」

 「………………分かったよ」


 「ふふふふっ」


 クリスとアレクの掛け合いが面白くて、リリアナは思わず笑ってしまった。クリスも、アレクもこんな人だなんて知らなかった。これからクリスのことを知ったら、好きになるかもしれない。


 「これから宜しくお願いしますね?婚約者様」

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