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第1話 幼馴染とエッチとレモン色の放課後

勉強会……それは二人きりの心地よく普遍的な愛のレッスン。

 石畳の上に描かれた魔法陣に魔力が流されると空間が切り裂かれ異世界への扉が開かれる。


 ダダダダダッ!


 大賢者エマーリンは背後から無数の魔法の矢に撃ち抜かれてもなお魔法陣に魔力を流し続けた。ゆらりと揺れた異世界への扉は、やがて彼が息を引き取ると同時に消滅した。命の灯が消える間際、閉じゆく扉に向かって彼は震える手を伸ばした。


「生き延びてくれ、我が愛する……」


 彼の手は地面に落ちビクリとも動かなくなった。


「大賢者エマーリンを討ち取ったぞ!」


 魔術師達の歓声は死人たる彼の耳には届かなかった。



 * * *



「エッチしよ」


 試験前の恒例の勉強会の最中に、吹守(フイス)雨乃(アメノ)はそんなことを言いだした。


「今は試験勉強中だろ」


 テーブルの上には教科書とノートと水分補給用のレモン色のペットボトルが並んでいる。


湊斗(ミナト)はエッチしたくないの?」


雨乃(アメノ)


 僕はペンを置いて幼馴染を見据えた。


「この会合の趣旨(しゅし)はなんだ?」


種子(しゅし)? 子種のこと? つまりエッチのことだよね」


「少しはエッチから離れてくれ」


「以前から不思議に思ってたんだよ。どうして湊斗はエッチをしないの? 幸い今日は家にいるのはあたしたちふたりきりだしチャンスだよ」


 僕は諭すように言った。


「勉強が苦手な幼馴染のためにわざわざ放課後に勉強会を開いているんじゃないか、僕の部屋で。忘れたのか?」


「勉強よりも大事なことだってあると思うの」


「学生にとって一番大事なのは勉強だろ。それよりも大事なことってなんだ?」


「エッチとか、セックスとか、子作りとか、交尾とか、臥所を共にするとか」


 これまでも何度も一緒に試験勉強をしてきたが、今回はどういうわけかやたらとエッチにこだわっているな。


「誰かに唆されたのか?」


「そういうわけじゃないけど。あたしたちもう17歳になったんだよ。なのに湊斗(ミナト)ったらちっともエッチしようとしないし。やっぱりオッパイが大きい女の子は嫌いなのかなって」


「どこをどうすればそんな結論になるんだ?」


 雨乃がベッドの下を見つめる。なんだか嫌な予感がした。


「あそこに隠してあるエッチな薄い本の女の子はみんなペッタンコだったから」


「なっ! いつのまに!」


 なんてことだ。僕の秘かな愉しみが幼馴染に知られてしまっていた。


湊斗(ミナト)はペッタンコとツルツルが大好きなんだよね。あたしのことはもう嫌いになっちゃった?」


「ちょ、話が性急すぎてついていけない。そもそも、僕が雨乃を好きじゃないなんて一度でも言ったことがあるか?」


「ないけど、だんだん距離が開いていってる気がするんだよね。子供の頃はあたしの裸をガン見してたのに最近はちっとも見てくれないんだもん」


「お互い成長したからな、いつまでも子供のままではいられないんだよ」


「それはわかるよ。見て、あたしの成長したカラダ。ピチピチだよ。オッパイもおしりもふとももも、友達が言うには男子垂涎もののスタイルなんだって」


「ふむ」


 雨乃は美少女だ。学校一、いや、街で一番と言ってもいいくらいの。そんな彼女の幼馴染ポジションがこの僕で、主に勉強面でのサポートを担当している。


 今日の雨乃はTシャツにミニスカートというラフな格好でやってきた。Tシャツの胸には乳首のふくらみが浮き出ていることから察するにノーブラだ。


 まさかノーパンじゃないだろうなとミニスカートを見る。


 視線を感じたのか雨乃はスカートの裾を指でつまんだ。


「スカートの中が気になるの? 見たい?」


 観念して僕は言った。


「わかった。キスまでならしてもいい」


「エッチしたいのに……」


「今日はムリだ。コンドームを買ってない」


「コンドームは使わないくていいよ」


「僕たちはまだ高校二年生なんだ。将来の展望も何もない状況で子供を作ってみろ、待っているのは悲惨な未来だけだ」


「子供ができたらあたしが育てる、湊斗は学校に通って」


「そんな無責任なことできるわけないだろ」


「もしものときの選択肢の一つだよ」


「とりあえず今日はキスまででガマンしてくれ。続きはまたこんどな」


「わかった、ガマンする。次はちゃんとエッチしてね、約束だよ」


「ああ、約束する」



 * * *



 僕は立ち上がり雨乃の隣に移動した。彼女の顔に自分の顔を近づけていった。瞳をじっと見つめると、彼女も瞳をじっと見つめ返した。唇と唇が触れそうなほど近づいても、雨乃は瞳を閉じなかった。


 躊躇っている僕に彼女は言った。


「好きにしていいよ」


 唇を彼女の唇に押し当てた。


 ピンク色のやわらかな唇が開き、二人の舌と舌が絡みあった。雨乃の唇はレモンの味がした。彼女の唾液は蜜のように甘かった。


 雨乃はずっと目を開いたままで僕も目を閉じるタイミングを逸してお互いを見つめ続けていた。


「ぷはああぁぁーーっ!」


 唇を離し二人して大きく深呼吸した。息をするのをすっかり忘れていたようだ。


「あはははは」


 よほど可笑しかったのか雨乃は肩を揺らして笑った。



 * * *



「さて、試験勉強の続きだ」


「キスだけで子供できないかな?」


「雨乃、切り替えろ、今は勉強が最優先事項だ」


「キスだけでもがんばれば子供が出来ちゃいそうな気がするんだよね」


「気のせいだ。残り三教科、いっきにおさらいするぞ」


「湊斗って鬼教官みたい」


「サボり癖のある幼馴染にあえて厳しく接しているんだ」


「勉強は苦手なんだよね」


「言ってみろ、どこが苦手なんだ?」


「数式。全く意味がわかんない。湊斗はわかるの?」


「僕にもわからん。わからんものは丸暗記だ。暗記に勝る勉強方法なし」


「暗記しても試験が終われば忘れちゃうのに意味あるのかな」


「それが勉強というものだ。他にわからんところはあるか?」


「国語全般。行間を読めとか全く意味不明」


「同人誌だと考えれば理解しやすくなると思う。書かれてない内容を想像力をたくましくして補完するってのが行間を読むだ」


「ベッドの下にあるエッチな薄い本みたいなやつね?」


「ああ。そういうことだ」


 自分の秘かな愉しみまで持ち出して幼馴染に勉強を教える僕は、幼馴染の鑑と言っても差し支えないのかもしれない。



 * * *



「大賢者が死んでしまった」


 雨乃の帰宅後ひとりきりになった部屋でベッドにゴロンと寝転んだ。


「東の大賢者エマーリン」と「西の大魔女ニニアンナ」は、魔法世界エストガルドの二大魔法使い。


 とある『赤ん坊』を逃がすために大賢者エマーリンは異世界への扉を開いたが、敵対勢力の攻撃を受けて絶命してしまった。だが、二人の弟子によって『赤ん坊』は異世界に渡って生き延びた。


 弟子たちの名前はレイク&パーメラ。大賢者エマーリンとともに時々夢に出てくる。


 まるで連続ドラマか何かのように夢を見る。昨夜の夢はエマーリンの死というかなり衝撃的な内容だった。


「まさか死んでしまうとはな」


 大賢者の死の余韻がいまだに尾を引いているせいか頭がぼんやりしている。


 目を閉じると途端に睡魔が訪れストンと夢の中に落ちて行った。


ベッドの下に隠したエッチな薄い本……思春期の忘れえぬ思い出。

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